hi-kun のすべての投稿

安全保障と経済成長のためのエネルギー転換(脱原発)

ここ数日でいくつかの面白い記事や本を読みました.そのうちエネルギー政策のもので面白かったものを1つ紹介したいと思います.

ふくもとまさお,ドイツ・メルケル政権の脱原発の現状,月間「社会主義」12月号

以下はこの記事を読みながら私が考えたことです.

福島第一事故と世界の脱原発を考えた時,事故の起きた国の首相の菅氏と比べられることがあるのがドイツのメルケル氏です.当時メルケル氏が脱原発を決定し,それを世界にアピールする中,菅氏にはそれができなかったというふうに私は単純に思っていました.当時,メルケル氏が作った委員会の名前は,「エネルギー安定供給のための倫理委員会」[1] と言います.私の印象としては最後の「倫理委員会」が一人歩きして,まるでドイツは倫理や道徳で原発を止めたように思っていました.つまり,メルケル氏は福島から学んで倫理から脱原発をし,菅氏はできなかった.私はこう誤解していました.しかし話はそう簡単ではなかったのです.誤解を恐れずに言ってしまえば,「安全や倫理だけで原発を止めたわけではない」のです.この委員会には原発という文字が入っていないことにも注意がいると思います.「脱原発のための倫理委員会」でもなかったのです.反原発の記事の中には,この決断からメルケル氏はすごい,というものもありますが,逆に,いや,日本とドイツは違うから参考にならない,だから日本では脱原発は無理だという論調もみかけます.しかしそれは表面的です.ドイツにも当然利権の問題はありますし,メルケル氏は20年前には原発推進派でした.2011年のこの決断だけを見て判断するのは早計にすぎることをこの記事は教えてくれます.

メルケル氏はもともとは原発の推進派で1997年には原子力発電所の安全規制を緩める法律を作成しました.しかし,翌年の選挙で社会党と緑の党の政権となり,この法律は撤回されました.その後,ドイツの脱原発は2000年頃に決定されました.その計画の延長などの紆余曲折はありました.しかし,2011年のメルケル氏の決断はその計画を多少前倒しにしたにすぎず,基本的な計画の変更はないのです.実際のこの政策の原動力として,もちろん大きな市民の努力はありましたが,コストと安全保障と経済成長の戦略の一部であることが書かれています.簡単に言いすぎかもしれませんが,安全保障と国際権力と金のためには原発が邪魔だっただけなのです.

まずは安全保障です.どうして発電方法が安全保障に関係するのでしょうか? たとえば石油です.石油の輸入に頼る国では石油の輸送の安全や産油国の影響を受けます.輸送路の安全を確保するためには軍隊も負担しなくてはいけないのかということになることもあります.しかしもし,エネルギーを自分達の国の中で作れたらどうでしょうか? 自分の生活の基盤を他の国の資源にほとんど頼ってしまうと,世界のどこかで紛争が起きたらその度に戦争に巻き込まれてしまうかもしれません.それは国内でコントロールがきかないという意味で,国の安全としてはあまり良いことではありません.ではウランはどうでしょうか.石油と同じくウランを産出する国は限られています.ですからウランも石油と同じ問題があります.そして石油もウランも限られた枯渇する資源ですから,いつかは足りなくなって値段が上がり,そこでまた争いが起こるかもしれません.近年,ガスのパイプラインが政治に利用されることがありました.「あんまり私達の言うことに耳を貸さないのなら,ガスの通りが悪くなるかもしれない」という事件も起きました.国民の生活が海外の政治圧力におびやかされてしまう.自分達の生活を自分達でどうにかすることができない.国民生活の安全保障の問題です.だからと言ってその度に軍事力でどうにかしようというのもとても高くつきますし,命が失なわれます.誰かの生活を守るために誰かが死ななくてはならない世界を未来として考えていくのは時代後れのように私は思います.

エネルギーの独立性に対して,かつて世界で注目された技術の1つが高速増殖炉でした.もしこれができたら安全性はともかく,エネルギーの生産は国内でできそうです.しかし,あまりにも難しい.アメリカ,ドイツなど撤退する国があいつぎ,今は4ヶ国しか残っていません.今でも実用化はまだまだというのが現状です.

いくつかの国は他の方法を考えました.自然エネルギーもその1つです.太陽,風,バイオマス,地熱,水力,などなどです.これらのエネルギーは比較的地球上のどこでも入手できます.つまり,自然エネルギーの利用は,エネルギーの問題で他の国の戦いにまきこまれにくくなります.安全保障を守りやすくなります.また,戦争やテロを考えると原子力発電所は攻撃目標になった時には危険なものですが,太陽電池パネルや風力発電は原子力発電所に比べれば危険さは少ないです.これが理由で新規の原発を作るべきではないとしている国もあります.[2]

そこに経済成長戦略が持ちこまれました.しかし成長戦略と自然エネルギーの関係もすぐには見えません.特に,自然エネルギーは集中して大量生産することに向きません.ですからそれぞれの土地で作らなくてはいけません.それは集中型のトップダウンの方式には合いません.集中型のトップダウンの方式では誰かが集中的に作ってそれを分けることになります.これはお金を集中させることで効率良くできる利点がありますが,しっかりと社会が監視しないと「あんまり私達の利益を考えないのなら,電気が止まってしまうかもしれないよ」と言われる危険性があります.集中方式は誰か特定の人が利益を得る仕組みを作りやすいのです.かつての産業はお金を集中させて道路や鉄道という生活の基盤を作って都市に人を集中させて効率を上げました.自然エネルギーは集中が難しいので,そういうモデルには合いません.だから上手くいかないのだという考えがあります.

しかし,それでは地方はさびれる一方です.お金はどんどん大都市に集中してしまいます.地方を活性化させるのはどうするのでしょうか.かつての集中方式は当然働きません.集中方式はどこかへの集中をモデルとしているから,分散した地方に適用しても無理があります.田舎が東京のまねをしても,東京にはなれません.分散化の方法はないのかと考えてみると,自然エネルギーがそうではありませんか.都会は集中をすればいい.自然エネルギーは地方の経済発展に使おう.という適材適所の考えがでてきます.分散しなくてはいけない自然エネルギーは,集中型ではないという不利さを持つという考えから,分散型を利点として使うという考えの転換があります.集中させられないから,適切に発展させることで分散した地方の雇用へとも結びつけるという考えがでてきました.ドイツは連邦制をとっていて,地方の分権が強いという背景もあります.この考えで政府と産業界が話しあってエネルギーの転換がすすめられました.エネルギーの転換によって産業界にもお金が行くような方策が考えられました.だから2011年にメルケル氏が突然脱原発を決めたわけではないのです.脱原発は既に10年以上行なわれた計画で,今回の早くなった計画でも2022年までかかるものです.そういう意味ではドイツの決断は 2011 年に一朝一夕でできたものという考えは誤解と言えるでしょう.

ドイツでは脱原発とは言いません.「エネルギーの転換(Energiewende)」です.なぜなら,脱原発は目的ではないからです.ドイツでは脱原発というのは単なる副作用で起きたことです.「安全とか倫理だけで原発を止めたわけではない」のです.国の独立を守り,国の安全を守り,産業界を潤し,経済を成長させること.そこででてきた戦略が「エネルギーの転換」です.たまたまその戦略では石油とウランへの依存が邪魔でした.脱原発はおまけだったのです.

石油やウランを生産する国の問題で自分の国民の生活がおびやかされないようにすること.地方の経済を含めて経済を活性化させる成長戦略,そしてこれ以上の原発の安全のコストや核廃棄物の負担のコストという経済の足をひっぱる部分から抜けでること.長期的には枯渇してしまうものへの依存をなくす.それがエネルギー転換の一面です.ですから脱原発だけではありません.石油と石炭への依存からの脱却もその中に含まれます.その時に電気を使わないようにして,国民の生活の質を落とすという選択はありませんでした.最初の2011年の脱原発を決めたという委員会の名前に戻りましょう.「エネルギー安定供給のための倫理委員会」です.これを脱原発が主だとみてしまうと意味が通りませんが,将来的な安全保障と経済成長の一環とみれば妥当な委員会名ではないでしょうか.

ここで紹介した記事は紆余曲折がありながら,ドイツではどうして脱原発ができたかのということが解説されています.私の理解では,ドイツで起こったのは「脱原発ではなく,エネルギー転換だった」ということ.そして結局は「脱原発は国としての独立性を強め,安全保障を高め,国富を増やす方法」として行なわれたということです.これが良いのかどうかの議論はまた別の機会にゆずりますが,少なくとも福島の教訓を学んだとか,倫理であったというのはほんの一面でしかないことはうかがえます.

私は,地産地消になる自然エネルギーは特定のエネルギーの輸出国や,国際的なマネーの変動の影響を受けにくいという意味で成長戦略と安全保障に有利という点を考えたことがありませんでした.ドイツでは,安全を求める市民による自然エネルギーへの投資額が大きいという市民の力も1つの柱で無視できないものですが,もしかしたらそれだけでは脱原発にはならなかったかもしれません.これに加え,国家の成長戦略と安全保障を追求した結果,エネルギー転換を行なったことを考慮した方が良いと思います.機会があったらぜひ読まれることをおすすめします.

  1. Wikipedia de, エネルギー安定供給のための倫理委員会, https://de.wikipedia.org/wiki/Ethikkommission_f%C3%BCr_eine_sichere_Energieversorgung
  2. Amory Lovins, A 40-year plan for energy, TEDSalon NY2012, http://www.ted.com/talks/amory_lovins_a_50_year_plan_for_energy

SNBメンバーと菅直人氏との意見交換会

2015年10月14日(水)には,SNB (Sayonara Nukes Berlin) の中から 6 人が菅氏と話をする機会があった.

まずは SNB が2013 年に 5人のメンバーでデモを始めたこと,再生エネルギーの象徴としてかざぐるまを使った「かざぐるまデモ」を行なっていること.そして今年はフクシマ 5 周年であり,またチェルノブイリ 30 年であるのでいくつかの計画を練っていることなどを説明した.

我々と菅氏の意見が様々に交錯する形で活発に交換された.そのいくつかを以下に示す.

  • 脱原発はエネルギー転換の1つのプロセスでしかなく,エネルギー転換としてみることが重要であること
  • 再生エネルギーの普及には何か重要なことなのか: たとえば,優先買取制度の充実の必要性
  • ドイツは脱原発ができたのに,日本でできないのはなぜなのか.外圧は強いのか.政治的な圧力か,産業界の圧力なのか.日米合同の原子力産業界の圧力はある.しかし,政治的には比較的にない.というのも,アメリカは政治的には日本を含む他国が大量のプルトニウムを保持することへの警戒がある.また,アジアの国々が日本は持つ許可があるのに,なぜ自国は持てないのかとアメリカに疑問を呈することに答えにくくなって政治的求心力が低下する.
  • 日本は自由化などで今後,既得権者の力は減ることがあるのか? 現時点では上手くいっていないかもしれない.しかし小売の自由化が始まるのは一歩ではあろう.
菅氏が宿泊するホテルのロビーで。次の講演会に向かう合間の時間を取ってくださった。
菅氏が宿泊するホテルのロビーで。次の講演会に向かう合間の時間を取ってくださった。

原発はそもそもなくすことができるのかという話題には,菅氏は政治的な立場は違うと前置きした上で,比較的楽観的に考えていると答えた.というのも,結局はわかってくると長い目で原発は金にならない.他の技術と違い,年々安くなることもない.工業技術で金にならないものは残らない.世界的に見て今世紀中にはなくなっていくのではと考えている.しかしそれで間に合うのかという方が問題である.我々の中にも同様,地産地消の経済(里山経済)に競争で負けていくことを予想する意見もあった.

原子力爆弾を持ちたいという人々の圧力は,という質問もあった.我々にも現実的に考えれば,たとえそうでも現在日本の保有するプルトニウムで既に大量に作れる.これ以上持つ必要もないし,50基も持つ意味がないという意見があった.では,イデオロギーの問題かということには,菅氏はイデオロギーですらなく,既得権者が利権にしがみついている問題と考えているとのことであった.したがって自然エネルギーなどへの転換が1つの柱になる.

また,市民運動をしてきた先人としてアドバイスをという質問に菅氏は,まず楽観的に考えること.そしてしつこく,あきらめないこと.市民の運動は簡単に上手くいくものではない.また,菅氏は自身には鈍感力が強いのではと分析された.たたかれてもあまり気にならないそうである.そして,基本的に市民運動は大変ではあっても楽しいことも多々あるということである.

原発・エネルギーの技術に非常に精通しておられ、また元首相であることを忘れさせる気さくさである。
原発・エネルギーの技術に非常に精通しておられ、また元首相であることを忘れさせる気さくさである。

事故当時に一人になるとどうでしたかという質問には,チェルノブイリではソ連は軍を投入して,最初の10日間で急性被曝が原因で30人近くの死者を出すという,命を省みずに処理したという報告を読んだことがあった.そのため,福島でも同じことをしなくてはいけない状態になったら,と考えると寝られなかった.ということである.

1時間半ほどのミーティングは様々な意見交換があり,時間を忘れてしまった.最後に記念写真をとってミーティングは終了した.

今後も原発をない世界を目指し,少しづつ,しかししつこくあきらめないで行こうと思った.

最後に記念撮影。今回ドイツ語にも訳された菅氏の著書「東電福島原発事故ー総理大臣として考えたこと」をいただいた。
最後に記念撮影。今回ドイツ語にも訳された菅氏の著書「東電福島原発事故ー総理大臣として考えたこと」をいただいた。

菅氏の一言 blog

シュピーゲル・オンラインが菅直人とおこなったインタビューの日本語訳(無限遠点ブログ)

 

講演: 菅直人氏「危機管理-2011年3月の東日本大震災および福島原子炉発電所事故から得た教訓」

2015年10月13日(火) にハインリヒ・ベル財団とベルリン日独センターによる菅直人氏の「危機管理-2011年3月の東日本大震災および福島原子炉発電所事故から得た教訓」と題する講演があった.

講演会告知(ベルリン日独センター)

まずはドイツ側がこの講演の背景,脱原発の状況などを説明した.

  • メルケル首相の過去の発言「日本のような世界有数の技術を持つ国ですらあれほどの事故と損害が起きることを考えると,ドイツのためには脱原発は理にかなっている」
  • 日本の方が自然エネルギーの可能性が高い.風,太陽光,バイオに追加して,地熱や潮力など,ドイツよりも可能性があり,そして世界有数の技術がある.欠けているのは,おそらく政治的判断だけであろう.
緑の党の核・エネルギー政策担当、Sylvia Kotting-Uhl氏
緑の党の核・エネルギー政策担当、Sylvia Kotting-Uhl氏

菅氏からは以下のような事故や事故後の政策についての話があった.

事故直後,原発は安全であるという前提に基づいていたため,危機管理は考慮されていなかったことが次々に明るみになった.3月22日頃,最悪のシナリオを専門家に作成してもらうよう依頼した所,250 km 圏内の避難が数十年間必要であると言われた.これは東京を含む 5000 万人に影響がでることを知り,もし5000 万人の避難民が生まれたらどうなるのか,日本が存続できるかどうかの危機と認識した.

初動では政府側も東電でも上層部はほとんど情報を把握できない状況であった.一方で現場の吉田所長はマニュアルにはない独創的な方法を使って炉を冷す努力をしたこと,消防,東電,警察,自衛隊などの,現場の努力が日本を救った大きな力であったことを述べた.メルトダウンした燃料は東電の発表によれば70Sv/h の放射線を出し,人間が浴びれば 5 分と生きられないものである.格納容器は高圧で壊れて穴が開いたが,幸いこの燃料が飛び散る自体にはならなかった.しかし,安全であるとされていたため,事故のシミュレーションもなかったので,格納容器がもし破裂したら燃料はどうなっていたのか不明である.また,4号機の燃料プールには格納容器もなく空焚きによるメルトダウンが心配された.しかし,当時ないはずの水が工期の遅れなどでたまたま存在してその事態は避けられた.「政治家らしい言葉ではないが,神の加護としか思えなかった」と事故について語った.

講演をする菅直人元首相 (撮影:矢嶋宰)
講演をする菅直人元首相
(撮影:矢嶋宰)

現在も 1 日 300 t の水を入れて冷やしている.しかし格納容器に穴があるので,その水は漏れている.それを汲み上げてタンクに貯めているが,全てを汲み上げることはできない.現在もとても Under control ではない.

福島原発は廃炉作業をしている,予定では 40 年ということだが,菅個人としてはさらに長い時間がかかることだと思っている.

なぜこのような事故になったかを考えると,その原因は以前からの積み重ね,そしてハードとソフトの両方にあった.福島の海岸はほぼ 35 m の高さがある.東電は原発を置く場所として 35 m の高さの高台を 20 m 削って低くした.東電はこれによって冷却水の汲み上げの電気代を安くしたことを利点とした.非常電源の設置場所を低い場所にするなど,ハード的に事故が起こりやすいものとなっていた.一方,ソフト的なこととしては,日本では事故は地震,津波などと同時に起こりやすいが,それが想定されていなかったこと.責任を持つ官僚にも専門家を配置していなかったこと.当時,政府の原発の事故の責任者は経済学者で原発については知らないということがあった.また原発の規制をする側と推進をする側が同一の組織であった.つまりハード,ソフト両面で事故を防げなかった.

3.11 前には,他国の首脳に会った時には日本の原発を買うように勧めていたが,3.11. 以降は考えを完全に変えた.

経産省が安全と推進の両方をしていたが,このソフト面の問題を解決するため,推進と安全の担当を分離し,再稼動の条件を厳しくした.

ドイツの FIT を参考にして,自然エネルギーの導入を推奨した.

将来は日本のエネルギーは原発のみではなく,化石燃料もやめて再生エネルギーにシフトしたい.地球上にふりそそぐ,太陽のエネルギーの 1万分の1で人間の現在の活動は全てまかなえるという研究もある.各国がそれぞれエネルギーを他国に依存しなくなれば,国際紛争の大きな原因の1つであるエネルギー問題を減らすことができる.つまり,世界の安全保障は,エネルギーのシフトによってより高まると考える.ドイツをその先人として見ている.ドイツの中でも様々な意見があるのは知っているが,福島の後の数ヶ月でメルケル首相が再生エネルギーへの転換を判断したことには感銘を受けた.

現在の日本の状況は再生可能エネルギーに向かう方向が遅くて残念な状況である.しかし経済的に考えても原発は安いものではないことが明るみになってきているので,今世紀中には経済的に立ち行かなくなってなくなるとは予想している.しかしそれまでに事故が再び起きない保証はなく,遅いかもしれないので,それを待つわけにはいかない.

最後に,「幸いにして国が壊滅することは避けられた.神の御加護があったと思う.しかし,もう一度事故があった時に,神の御加護はあるのか,私にはわからない.その前に日本の原発をなくすこと,そして世界の原発をなくすることが私の重要な課題である.」としめくくった.

この後,以下のような質疑応答があり,活発な議論が交わされた.

Q: なぜ,事故のあった日本がまだ脱原発できないのか.

A: 現在でも日本の世論調査をすると,過半数は脱原発を望んでいる.しかし,経済界,原子力ムラの力がまだ強く残っている.最終的には選挙によって脱原発を推進するしかないが,前回の選挙では経済政策が争点となって,原発推進の自民党が過半数以上を占めることになった.そのため脱原発は実現できていない.

さまざまな質問に答える菅氏 さまざまな質問に答える菅氏
さまざまな質問に答える菅氏
さまざまな質問に答える菅氏

Q: 東電などは事故があってもどうして原発の推進を続けるのか.

A: 原発推進には東電の意思よりも国の意思が強かった.電力会社自体は国の意思に沿う見返りに,かかった費用の 3% を上乗せして電力料金を決められる権限を持った.総括原価方式である.つまり,電力を生産するのが高コストになればなるほど,利益がでる仕組みが作られた.これは企業努力が不要で利益を生むことができる.したがって,利益を追求する会社は努力せずに利潤が増加できる原発の推進をすることになる.

この総括原価方式によって例えば電力会社がゼネコンにわざと高い注文をすることができる.そのコストは電気の利用者へと転嫁ができる.その一部をゼネコンからキックバックとして得ることで例えば年 2000 億円の政治資金を得る.たとえ,事故によって数兆円を越える負担が国に生じても,それは国民の負担であるので,この利権は魅力である.この力が日本ではまだ強い.そのため,電力会社に有利となるように政治家が活動することが多いことも原因であろう.

Q: 3.11 以前と以降で日本で変わったことは何か.

A: 様々あるが,私が思うことの1つは裁判所の姿勢の変化である.以前は原発の稼働は専門家が決めることであるということで,裁判所は判断をしなかった.しかし,一部とはいえ,裁判所の姿勢は変わりつつある.今後,日本は再生可能エネルギーなどの発展によって,原発が経済的には成り立たなくなると予想する.そして原発は少なくとも今世紀中には世界からなくなるとは思っている.しかしこの変化は政治的でなく,経済的に任せられることは残念である.

Q: 政治的には変化は起きないのか

基本的には草の根の運動の圧力から変化は起こると思う.しかしそれが日本では国政選挙に十分に反映できていない.ドイツは比例代表で決まる部分が高いが日本の小選挙区では,死票が多い.たとえ各地区に 10% の反対がいても,小選挙区制ではそれは死票となり 0 と見なされてしまう.国政選挙に反映されるだけの勢力となるかが重要だが,現在の日本はそこまでに至っていない.

Q: 当時の資料などはどのように検証されているか.

A: 当時は重要な情報が隠されていたし,現在も明るみになっていない部分が多いはずである.東電と福島のサイトの間は 24 時間接続されていた.しかしその情報は東電が選んだものしか出てこない.たとえば,3/15 日に私が東電に行った時に撤退はしないで欲しいと言ったことがある.その映像は公開されているが,その音声はない.東電は手違いで音声を消したと言うが,私個人としては信じられない.関係者の起訴が行なわれて,様々な状況がもっと明かになることを期待している.

Q: 講演にあった東電の事故を拡大させないために奔走した吉田所長とはどういう人か.

A: 吉田所長は残念ながら事故から 2 年後に癌で死亡してしまった.それが被曝の原因かどうかは不明である.事故直後に一度直接会うことができたが,吉田所長は信頼できる人であることがすぐにわかるような人であった.

Q: 避難や帰還はどのような判断で行なわれているのか.

A: 事故当時はモニタリング能力も低く,格納容器が破壊された時のため,避難区域を円状に決めた.その後,放射性物質が風などの影響でどう流れるかによって決めたが時間がかかった.どの程度で避難すべきかは専門家によって違う.現在は1ミリシーベルト/年.子どもに関しては患者の数が増えているが,調べ方が厳しいから増えているだけという考えもある.自治体の判断は帰ってきて欲しいので基準をゆるくしたいと考える傾向.基本的には専門家の意見を聞いて判断しているが,それが適切かどうかは疑問.

Q: なぜあなたの党(民主党)は勝てないのか.

A: 小選挙区制の影響が大きい.小選挙区制は1つの選挙区の中で1位にならないと議席がとれないために,全国で 10% の賛成があっても議席は1つもとれない.

筆者も他の多くの人達同様,事故当時の錯綜する様子,その後についてはinternet 等を通じて様々な情報に触れた.しかし,今回その渦中にいた人の講演を本人から聞くことができたのはまた違ったものであった.この講演を聞き,質疑を聞いている時,ふとその原点,世界の脱原発ということに戻って考えることができた.その原点へと戻ると,危機管理や事故の原因,法整備などは各論となる.最初の質問も,結局なぜこのような大惨事にもかかわらず脱原発が進まないのかへと立ち戻るものであった.私はその質問の最中,メルケル氏はフクシマを他山の石とし,即脱原発ができたのに,どうして菅氏には結果的にできなかったのかと考えた.しかし,実はこの二人の個人の違いではないのではないだろうか.結局これはドイツ国民にはできて日本国民にはできなかったということではないかと考えた.それはチェルノブイリを考えれば,当時のソ連も日本と同様,状況は様々異なるとは言え,即脱原発はできなかったということである.私はこの報告を書きながら,新たにその意味を考えている.

講演後、主催者、緑の党議員たちと。 会場はドイツ人、在ベルリン日本人などでほぼいっぱいであった。
講演後、主催者、緑の党議員たちと。 会場はドイツ人、在ベルリン日本人などでほぼいっぱいであった。

最終処分の話をしようや (10): 付録 4: 最終処分の保存期間10万年の根拠は?

前回は線量の単位のシーベルトについて,それが測定方法に注意が必要なことを述べました.また,放射線にはいくつも種類があること,その修正係数の違いなどから,国によってもシーベルトは異なるものになることがあることを述べました.いろいろと難しい話だったと思いますが,自分や家族の安全を判断するには必要な「(生体が影響を受ける)放射線の強さ」についての話でしたのでできるだけ詳しく調べたつもりです.

今回は最終処分の話によく出てくる10万年という保存期間の話についてです.いったいこの期間にはどんな根拠があるのでしょうか?

採鉱時のウランの安全性/危険性

最終処分での放射線のレベルと経過時間との関係では,採鉱時のウランのレベルを基準としています.しかし採鉱時のウランの放射線レベルが安全なのか危険なのかという話がなければその基準がいいのかどうかわかりません.自然のものだからいつも大丈夫というわけでもないので,この安全基準というのはどういうものかという疑問がでてきました.例えば毒蛇や毒茸,火山地帯などで噴出するガスなどは自然にあるものですが,自然にあるから安全というわけではありません.

Wikipedia の劣化ウランの医学的危険性の主張と反論を見ると,日本の文部科学省は劣化ウランの毒性は身の回りの海水や土砂中に存在するウランと同じ又は小さい」(平成14年11月)と発表しています.しかしこれではウランそのものの危険性がわからないので,比較になりません.一方,劣化ウランの危険性の項を短くまとめると,「劣化ウランは重金属であり,重金属中毒の原因となる.その毒性は砒素と同程度である.」という主張があります.また,アメリカ政府とWHOは危険性に対する証拠は不十分であると反対しています.ただし,子どもは口にしないよう WHO は警告しています.またアメリカの法律では劣化ウランは有害物質に指定されており管理下に置かれなくてはいけません.

どうもわかりにくいのですが,危険という主張の方々がいる一方,そうではないと主張される方々もいます.危険とは言えないと主張する方々の意見をまとめると,劣化ウランは危険ではないが,有害物質であり,法的に管理下に置くべきものであり(米政府),子どもは口にしてはいけないものです(WHO).そして,自然にとれるウランは,この劣化ウランと同程度に安全(文部科学省)か,それよりも危険な毒性を持つということだと思います.これに関しての議論は(Wiki [1])などをご覧になって御自身で御判断下さい.

また,燃料 1トンあたり 1000 GBq 相当,つまり 1GBq/kg (=10億ベクレル/kg)というのはかなり大きな値ですが,燃料 1トンあたり相当というものの意味がはっきりしません.食品の基準が 100 ベクレル/kg というようなレベルなのに,10億ベクレル/kg というのはとてつもなく感じます.

1つはっきりわかることは,核燃料の最終処分ではこの10億 ベクレル/kg になるまでに,現時点ではこれまでの記事の中にあったように,10万年を越える年月を必要とするというグラフがあることです.

では10万年後には安全なのか,というと,そういう議論は別にしていないことに気がつきます.10億 ベクレル/kg は食品の基準から言えば1000万倍の濃度ですから,これは私の素人判断ですが,安全とは言えないと思います.10万年という数字をよく見るのはどういうわけなのか,今後も機会があれば調べてみようかと思います.

おわりに

今回で最終処分の話は一度終了です.しかし,最終処分の話は現在も進行形のものです.今回勉強会を含めて私自身いくつか考えました.核のゴミは誰がどう負担するのか. 残念ながらこれは我々と我々の後の世代が既に持ってしまった負債です.現在の技術では処理が困難なゴミは,少なくともその技術のめどがたつまでは増やすのをやめるべきだと私は思います.負債や借金を先送りにしても,やがて支払わなくてはいけなくなります.我々は今日のために万年という単位の負担を子孫に押しつけ,国の未来の発展を妨げる世代になるのだろうか.そんなことを考えました.皆さんは何をお考えになりましたか? ここまで読んで下さった方,何かの参考となれば幸いです.

参考文献

  1. Wikipedia, 劣化ウラン: 医学的危険性の主張と反論, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A3%E5%8C%96%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%83%B3, (Online; accessed 2014-12-21)

最終処分の話をしようや (9): 付録 3: 測定方法で放射線の強さは変わること,放射線には種類があること

前回は放射能と放射線の違い,そしてそれについての単位の話をしました.それらは細かい話であまり違いがないように思うかもしれませんが,実はずいぶん違うもののため,どんな単位の値が基準になっているかを知らないと安全の判断を誤ってしまうことになります.日常では「割合」と「そのもの」は区別がしやすいですが,放射線などはなかなかなじみがないので難しいのだと思います.たとえば,速さと距離はそのような「割合」と「そのもの」の関係があります.50km/h (1時間に50km)の速さと 50km の距離というものを同じと間違える人はあまりいないと思いますが,100 mSv/h (1時間に 100 mSv)と 100 mSvとなるとなじみがないのでつい混乱してしまうことがあります.今回はシーベルトの話もしたいと思います.そして放射線量はその場の明るさと同じように,どう測定するかによって違うという話もありました.この続きを今回はお話ししていきます.

測定された放射線量の意味についての注意

私が 1 つ注意すべきだなと思ったことは,放射線量というのは場所で異なるものですから,それが測り方によっても変化することです.測る前に除染すればそこでの線量は落ちます.また,線量計の置く高さにもよって線量は変化します.線量の高いホットスポットはもちろん注意するべき場所ですが,その一ヶ所だけを問題にして,それを一般化しすぎるのも問題です.たとえば,一ヶ所のホットスポットのみをもって,この地域は全体的に危い,というような話はまたおかしいのです.その場合には危険性がある可能性があるということで,全体が危険かどうかはわかりません.場所によって線量の変化が大きいということは,ある少数の定点のみでの観測値では,測定の網が粗すぎて漏れがおきてしまうということです.線量の測定というものはこのようないくつもの注意が必要だと思います.もちろん,何らかの理由で,測定は細かくもしないし,正確にしていかないということがあれば,私としてはそのような危険の可能性のある所には近づきたくありません.しかし,十分に細かく測定をして(何をもって十分かも問題ですが),ある地域にほんの数カ所しかホットスポットがないとわかればそこを避けることができます.また,線量の監視を連続的に続けるのであれば,新たなホットスポットができてもみつけて避けることができます.

つまり問題は常にちゃんと安心できるだけの測定がされているかどうかです.もし危険性のある町で,測定が町に1〜2ヶ所となると,危険か安全かはどうとも言えないでしょう.そうなると私の心情としては避けてしまうことになるでしょう.

たとえば,もし駅前などで測定されている場合,そこを利用する人が多いという意味では良い測定点ですが,そこで掃除(除染)が頻繁にされているということがあれば,ちょっと離れた場所の線量とは異なるものを測っているかもしれません.ですから,今日の線量,というものが示されている場合,それがどこでどのように測った値なのかがわからなければ,あまり意味がないことでしょう.ある特定の場所だけ除染して測定してはその周辺の代表点として使えないでしょう.また反対に,もし人がある特定の場所にいなくてはならないような場合,その場所を覆って線量がどうかを測定することには意味があるでしょう.

もし放射線とつきあって生活することを決めたのであれば,どこかの線量というものが単に高い低いということよりも,何がその場所で重要なのかを考えることで,何をどう測るべきなのかが見えてくると思います.つまり,「測定された放射線の意味」を考える必要があると思います.あるどこか一ヶ所でこれだけ強かったということは,その近くに住み,その場所にアクセスする人には重要な情報かもしれませんが,それがある地域全体のことを示しているとは限らないからです.

この場合には測定する側とそこで暮らす側との信頼関係も必要になってきます.そのあたりを無視され,情報がでてこないとなると,各自が自分で判断できなくなるため,放射線とつきあって生活するということは難しくなると思います.

放射線には種類がある (シーベルトについて)

化学の入門を調べた方は,放射線には種類があることにもお気づきでしょう.放射線には α線,β線,γ線,などがあります.そして生体の受ける影響は,同じ吸収量(単位: グレイ)でも種類によって異なります.たとえば,α線の方が同じエネルギーの吸収量であっても生体にはより危険とされています.ですから,同じグレイ値では危険性が判断できません.これを補正しようとしたのがシーベルトです(図 9.1).補正する必要性については必要だということであまり議論はないようですが,その補正値がいくつか,たとえば,α線はγ線の何倍危いのか,という補正値にはいくつか議論があります.生体への危険性というのは重要なものである一方,その影響は複雑で正確にはわかっていないようです.そこでどうしてもおおざっぱな近似になります.そのためこの補正は,国によっても異なります.日本ではシーベルトの修正係数は,γ線,β線の影響を 1とすると陽子線は 5,α線は 20 となっています.これをグレイにかけたものがシーベルトです.シーベルトは生体への影響を考えていますが,注意することは,このように係数をどう決めるかで変化する量ということです.なぜ生体への影響を知ることが難しいかにはいくつか理由があるようです.たとえば,詳しい人体実験を行うのが難しいこと,年齢や性別などにも影響される可能性があること,などです.同じ攻撃を吸収しても(グレイ),その種類によってはダメージが違ってくるので,それを考慮した値がシーベルトです.

ちょっとゲーム好きな人にしかわかりにくいたとえかもしれませんが,先のゲームの例えに戻れば,異なる種類の放射線にさらされるということは,異なる属性の魔法攻撃,水の攻撃や火の攻撃など,を受けている状況と言えるかもしれません.それは同じ魔法の力(マジックポイント)を使っても効果が相手や場合によって異なることに似ています.しかし最終的にはヒットポイントがどれだけ減ったかが重要なのです.そのための補正がかかっているものがシーベルト,と考えることもできるでしょう.ゲームに詳しくない人にはわかりにくいたとえだったかもしれません.

radioactive_3

図 9.1 放射線には種類がある (α・β・γ・中性子線,...)

また,同じエネルギーでも,短期間で大量に浴びた場合と長期間で少しづつ浴びた場合には生体への影響は違ってきます.ですから,昨日と今日のシーベルトをたしていくら,というのは問題があるはずですが,現在の所は私達にはシーベルト以上の良いものさしがないので,シーベルトが最善の単位として利用されているようです.人間には影響に強い線形性があるわけではありませんが,シーベルトは線形性があると仮定しています.と,線形性と言ってもわかりにくいかもしれませんが.たし算が使えるという意味に考えればとりあえずは良いでしょう.

たとえば,人間は醤油を一気に1リットル飲めば命が危険ですが,毎日少しづつ料理に使って,一ヶ月で1リットルならば(ちょっと使いすぎとは思いますが),一気飲みほどの危険性はありません.一方,ある種の毒は排泄されずに蓄積され,たし算が効いたりしますし,特定の伝染病では,ほんのわずかでも爆発的に効果があり,毎日のたし算以上の効果があるものなど,線形性の効果を及ぼすものというのは限られています.

しかし,シーベルトは毎日少しづつ浴びた場合と強いものを一気に浴びた場合でも同じであり,たし算ができると仮定した単位というのは知っておいても良いと思います.こう考えると,シーベルトは長さの単位のメートルほどには強固な単位ではありません.

ここで 1 mSv/y というものと 1 mSv の違いについて述べておきます.1 mSv/yというのは1年間そこにいると 1mSv の線量を受けるというものです.ですから,1mSv/y の場所に 2年いれば,2mSv となります.現在の日本の強制避難勧告の基準は,20mSv/y です.もし 20 mSv/y の場所があり,線量が変化しない場合にはそこに 5 年留まれば,100 mSv となります.この mSv/y と mSv の違いには十分注意して下さい.たとえばあなたが 10 mSv までなら大丈夫と判断した場合,1mSv/y の場所に 10 年を越えて住めば10 mSv を越える可能性があります.特に若い人達や子どもは,放射線の影響をより受けやすいという注意もありますが,より長く滞在する可能性も考えなくてはいけません.年間10万円を毎年支払うことと,1回だけ10万円を支払うというのは,意味が違います.この例では,mSv/y と mSv には毎年払いと1回払いの違いがあります.

さてここでようやく廃棄物の基準にはシーベルトとベクレルがあるという話ですが,廃棄物が一種類の放射性物質である場合には,放射性物質ごとにベクレルで決めるのが合理的でしょう.放射性物質ごとに危険性は違いますし,半減期も異なるからです.ですから,核種ごとにベクレルでの廃棄物基準があります.しかし,これが混ざっていたらどうなるでしょうか.廃棄物を純粋な元素毎に分離するのは手間のかかることでしょう.ですから,そのような場合には,特定の手法で線量を測定し,線量としての基準で廃棄物かどうかを決めるということになるでしょう.その場合にはシーベルトを使うということになるかと思います.

報道などでベクレル値かシーベルト値なのかを見た際には,この違いを考える方が良いのではないかと思います.セシウムのベクレル値で廃棄物を決めている場合ですが,そこには他の核種はないのでしょうか.(例: [1])たとえば,ストロンチウム90 は入っていないのか.などの疑問が起こってくるこ
とと思います.

また,測定器が何を測れるのかも注意が必要です.γ線量のみを測るものが多いということですが,放射線はそれだけではありません.

化学入門では元素の後につく質量数が何かという話がありました.ですから,「放射性セシウム」と言われた場合,セシウム 134 なのかセシウム 137 なのかの違いがあります.これが興味ある理由は半減期がセシウム134 は2年程度,セシウム 137 では 30年程度と異なるからです.セシウム 134 なら20 年たてば,ベクレル値は 1000分の1以下になるのに,セシウム 137 なら半分程度にしかなりません.ほんの少し,高校の化学を勉強するだけで,こういう違いがわかってくると思います.そしてその目で報道を見るといろいろとわかってくると思います.報道する方も短い時間に様々な説明をしなくてはいけないので,基本的な知識については時には入れられないことも私は理解できます.この豆知識があなたの目を少し変える,報道が何を言っているのかを理解する助けとなることを希望いたします.

おそらくこれは細かいことではあるのですが,放射線の安全性の基準は様々な条件: 組織,国,時などによっても変化する [2] [3] ものです.たとえば,日本の首相官邸の「みなさまの安全確保」 [4] によると,避難すべき期間的避難区域は 20mSv/y が基準であり,ウクライナの基準では5mSv/yが基準[5] となっているなど,違いがあります.これはどこが間違っているというものではなく,それぞれの基準にはどれだけのリスクを考慮しているという前提条件があります.その前提条件はその時の政府などが判断しています.その政治的判断の違いがあるために,安全基準は国や組織などで異なります.

結局,放射線のある所,何かのリスクは必ずあります.絶対安全はなく,しかし,一方で十分受け入れられるようなリスクもあるはずです.政府はある仮定に基づく放射線のリスクの基準となる値を文書で我々に提示しています.問題はこのリスクを取るかどうか,前提条件が妥当かどうかの判断が我々にある場合が現時点ではいくつもあるということです.(ただし,その選択が何からの形で強制され,実質的に選択できなくなることがあれば私はおかしいと思います.)安全性を考えるためには,まず,私達はその基準となる値を理解し,その仮定の妥当性を検討しなくてはいけません.それでも危険性は最終的に確率でしかない部分もあり,それについては市民として妥協できるのか,政策を変化させる必要があるのかは個々の判断となるでしょう.

ここで述べた単位の解説はその判断基準となる一歩です.そんなに簡単ではないとは思いますが,あなたの判断の手助けになることを希望します.

次回

今回はシーベルトの単位や線量が測定方法などによって変化すること,放射線の種類などちょっと技術的な話でした.私自身,こんなに難しいことを考えなくてはいけないということ自体が何かおかしいとも思います.しかし,自然には通常ない危険性が既に拡散してしまったのですから,それに対抗するためには新しい概念を知らなくては,その危険に無力になってしまいます.できればそんな新しい概念を知らなくてもよい,もっと他の生産的なことに時間を使いたいと思ってもある意味,開かれたパンドラの箱はもう閉じられませんので仕方ありません.また,安全基準は国際的なものもありますが,様々なものが国によって違うことも調べるとわかりました.日本の基準に関しては参考文献にあげておきますが,国によって基準が異なることや,また,基準値が変更されることもあるというのはちょっと気になるところです.

次回は最終処分でどれだけ核燃料などを安全に保存しておかなくてはいけないのかの時間として良く言われる「10 万年」にはどんな根拠があるのか,ちょっと考えてこの話を終わりにしたいと思います.

参考文献

  1. 河北新報, 宮城県知事、詳細調査受け入れ 最終処分場, http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201408/20140805_11016.html, (Online; accessed 2014-12-26)
  2. 厚生労働省, 食品中の放射性物質への対応, http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/shokuhin.html, 2014, (Online; accessed 2014-12-21(Sun))
  3. 厚生労働省, 食品中の放射性物質の新たな基準値を設定しました, http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/dl/leaflet_120329_d.pdf, 2014, (Online; accessed 2014-12-21(Sun))
  4. 首相官邸, みなさまの安全確保 http://www.kantei.go.jp/saigai/anzen.html/, 「計画的避難区域」及び「緊急時避難準備区域」の設定について, http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110422004/20110422004-2.pdf, 2011, (Online; accessed 2014-12-21(Sun))
  5. オレグ・ナスビット, 今中哲二, ウクライナでの事故への法的取り組み, http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Nas95-J.html, 2011, (Online; accessed 2014-12-21(Sun))

最終処分の話をしようや (8): 付録 2: 放射能・放射線について

前回は,可能な限り安全性を自分で判断するためにいくつかの資料の参照先を書きました.もちろん,もっと他にも資料があると思いますので,御自分でお探しになって欲しいと思います.ここではそれらの資料を読む際に使える基本的用語などについて,補足していきたいと思います.

放射能・放射線について

前回紹介した Wikpedia や化学入門などの解説をご覧になられた方は原子というものが何かとか,放射線とは原子核の一部の陽子や中性子であったり,高エネルギーの電子であったり,あるいは高エネルギーの電磁波であったりということをご理解されたかと思います.これらが危険なのは,私達生命が生きていくために重要な私達の体の中の DNA 等を破壊することができるからです.どれだけ破壊するかというのは,放射線を放射する側のエネルギー,そして生体側がどれだけ吸収するか,などにかかわってきます.それは,どれだけ攻撃が強いのか,どれだけ守備が強いか,に似た感じです.これについて知るために,まずは,放射能と放射線と,その強さについての言葉について考えましょう.それを示す言葉がないと,なんだかわからない怖いもののままであったり,なんだかわからないから,権威の言うことを信じるしかないということになりかねません.そこで,ちょっと退屈かもしれませんが,放射能,放射線,ベクレル,シーベルトなどの言葉の意味をまとめてみます.

私がこれについて調べているうちに,放射能と放射線の関係は,光のアナロジーが使えそうだとわかりましたので,それを使って説明したいと思います.

radioactive_1
図1 電球と放射能のアナロジー

放射能というのは放射線を出す能力のことです.つまり能力のことです.先の攻撃,守備の話では攻撃側の武器の強さの話とも言えるでしょう.光で言えば電球は光を放射する能力がありますので,電球には光放射能があると言えるでしょう.そして光そのものが放射線に対応します.図 1 に電球と放射能の対応を示します.つまり放射能は物の性質,たとえば,電球の能力に対応します.注意して欲しいのは放射能は光には対応せずに,電球に対応するということです.電球は光を出す能力がありますが,光そのものではありません.私達は電球をつかんで移動して,箱に入れ,後で取り出すことができますが,光そのものをつかんで移動させて箱に入れて後で取り出すことはできません.音でもこれをたとえることができます.スピーカーは音を出す能力がありますので音放射能があると言えますが,スピーカーは音そのものではありません.放射能と放射線の違いはこれでおわかりでしょうか?

放射線は通常原子核が崩壊すると発生します.1回の崩壊でどのような放射線が出るかは原子核の種類によって違います.そして,ある単位質量の物質が1秒間にどれだけの崩壊を起こすかの数をベクレル(Bq)という単位で示します.これが攻撃武器側の強度です.単位質量というのは 1kg や 1t など,ある決まった量のことをちょっと難しく(しかし正確に)言っているだけで,何か決まった重さのことです.(正確には重さは場所,たとえば地球上と月の上では変化するものであり,質量は場所で変化しないものなので違うものです.しかし,とりあえずは重さと考えても通常はさしつかえないでしょう.)

どうして単位質量というものを考えるかというと,電球が沢山ついていれば明るくなるように,同じ放射能(Bq)の物質が多量にあればその分だけ多く放射線が出るからです.ですから,通常は 1kg の何かの中にこれだけの Bq という意味で,Bq/kg というような単位になっています.たとえば,ある放射性廃棄物 1kg あたり 8000 Bq とあれば,この 1kg の廃棄物は1 秒間に 8000 回の崩壊を起こします.そして,通常,それに対応する放射線を出します.これが 2 kg あれば16000 回の崩壊でその分の放射線を出すということで,量が増えると放射能であるベクレル値が増え,そして対応する放射線の量も増えます.しかし,1kg あたりは同じ 8000Bq/kg です.単位質量を言わずに,ベクレルしか言わないということは,それは全部の放射能の値になっているはずです.また,単位質量を小さくすれば,ベクレルの値はみかけ上小さくなります.1kg の放射性物質の出す放射線も,それを 1g にすれば 1000 分の 1 の強さになります.ある食べ物 1kgあたりの 1000 カロリーのものは,1g あたり 1 カロリーです.1000カロリーと1カロリーは聞いた感じではまったく違いますが,このようにまったく同じものを言いかえることができます.そしてここにはまったく嘘はありません.ですから細かい話のようですが,単位は注意しないといけません.同じカロリー密度の食べ物でも,2倍の量を食べれば2倍のカロリーになります.ですから同じ Bq/kgの廃棄物でも2倍の量があれば2倍の Bq になります.同じパーセントのアルコールでも2倍の量を飲めば2倍のアルコールが摂取されます.でも,パーセントは同じです.

何かの基準が Bq/kg の場合,元が同じ Bq/kg でも,他のものと混ぜて薄めることで基準値以下にするということが可能です.たとえば,8000 Bq/kg の廃棄物 1kg と,汚染されていない何かを 1kg 加えてよく混ぜれば,2 kg で 8000 Bqですから,4000 Bq/kg と汚染度が半分になったように見えます.たとえば汚染水を基準値以下にしたければ水を混ぜて薄めるだけで, Bq/kg で測った基準値以下にできます.もちろん汚染水が海に出れば薄まって基準値以下になるでしょう.それを言えばどんな水に解ける毒でも最初は海に投棄すればまず基準値以下になるでしょう.しかし,そのようなことを続けていけば公害となったことは過去にあったことです.ですからBq/kg の基準値以下の濃度なら良いというような議論には注意をする必要があります.私は以上の理由から,濃度だけではなく,どれだけの量を投棄するのかなどの情報も重要だと思います.このBq/kg という単位を理解することで,どういう情報が必要なのかがおわかりになったことと思います.たとえば,濃度しか言わない報道には注意が必要です.

放射線の量

ここまでの話で,直接に危険なものは,どちらかというと放射能ではなく,放射線そのものであることがおわかりでしょう.電球と違って放射性物質はスイッチを切れば放射線が出ないようにはできませんので,放射能を持つ物質に危険がないというわけではありません.しかし放射能を持つ物質を何かで覆って放射線を遮ったり,弱くすることはできます.ある放射能を持つ物質があっても,十分遮蔽されていれば,その周囲には放射線はなく,したがって生体の破壊が起こらないので,問題はありません.ですから,ある場所でどれだけ放射線があるのかは重要なことです.

そこで,ある場所にはどれだけの放射線があるかを考えるのが,放射線量になります.図 2 のように,光源から遠くに離れればその場の光(照度)が弱くなるように,放射線源から離れれば放射線量は弱くなります.また,放射線の測定では放射線のエネルギーそのものではなく,ちょっとややこしいのですが,吸収量を考えます.その単位はグレイやシーベルトです.吸収量というのは,同じエネルギーの放射線でも物体に吸収されなければ小さくなります.これは防御側の防具の性能がかかわってくる値です.安全性で問題になるのは,生体の受ける放射線の吸収量です.どれだけ吸収したかは,ある単位質量のものが吸収したエネルギーを基本とします.1 kg につき 1 J の仕事に相当するエネルギーが与えられた時に 1 グレイ(Gy) です.1 J (ジュール)の仕事とは何かなどは,中学,高校の物理の教科書などを参考にして下さい.イメージとしては,吸収量とはその場でどれだけダメージをもらったかに近いものと考えられるでしょう.

radioactive_2

図 2. 光の照度と放射線量のアナロジー

ゲームがあまり得意でない人にはよくないたとえかもしれませんが,多くのロールプレイングゲームでは同じ力で攻撃を受けても,装備や防御したかどうかによってダメージの蓄積,つまり,ヒットポイントの減り方は違います.重要なのはどれだけの攻撃を相手から受けたかではありません.どれだけヒットポイントが減ったかです.ここでは吸収量とはヒットポイントがどれだけ減ったかにたとえることができます.しかし本当に重要なのはヒットポイントの減少量ではなく,残りヒットポイントです.しかし,放射線に対する残りヒットポイントは人,年齢などによっても違うので吸収量だけでもまだ十分とは言えません.

次回

今回は放射能と放射線の違い,そしてそれについての単位の話をしました.また,単位質量あたりの Bq と,Bq の違いの話をしました.

単位質量あたりの Bq というのは濃度であり,それだけでは実際にどれだけの放射能を持つ物質があるのかはわかりません.ビールのアルコール濃度が 4% というだけでは,実際にどれだけアルコールがあるかわからないことと同じです.同じアルコール濃度のビールでも,100ml 飲むのか,1 リットル飲むのかでアルコールの量は違います.また同じ量のアルコールでも薄めれば濃度は下がります.たとえば,汚染水の話をしている時に,Bq/kg (濃度)の話をしているのか,Bq の話をしているのかは注意が必要です.

次回はもう少し放射線量の話を続けたいと思います.

最終処分の話をしようや (7): 付録 1: リスクを自分で判断するための知識を理解しよう

付録 (やまうちメモ) について

注: 付録は全てやまうちメモ(記録者やまうちの調べたものや,やまうちの個人的意見)です.

この節の目的: リスクを自分で判断するための知識を理解しよう

放射能というのは放射線を出す能力のことです.と言ってもしばらく前までは私は放射能と放射線の違いもよくわかっていませんでした.そのような方のために,ここでは放射能と放射線の違いについてまとめておきたいと思います.

市民としては結局「安全かどうか」という部分に関心があるのですが,放射能の問題の難しいところは,即時に目に見えてはわからないところです.また,科学的な安全性の実験データが乏しいこともあります.本当に安全性を確かめるには,何千もの被験者を何年かに渡って様々な放射性の環境に起き,どのような条件が安全なのかを人体実験する必要があります.しかし,そのような実験を行うことは困難です.実際に実験できないとなると,当然専門家の意見も一定ではありません.すると安全性の議論はどこかのグレイゾーンで水掛け論に終わることも多く,建設的な議論とならない傾向があります.したがって,現在我々ができることは,まずは危険を避けることですが,それが難しい場合には自分でリスクを考え,どこまでならば良いのかを自分で判断することとなります.誰かの言うことを盲目的に信じた結果を我々は既に福島で見ました.しかし,自分で可能な限り判断する必要があるとしても,まずは問題が理解できなくては同じことになってしまいます.

ですからここでは安全に関しては政府などの出しているいくつかの資料を参考にすることにとどめます.しかし,その資料にでてくる言葉,例えばベクレルとは何か,などが理解できなくては判断をしようにもできません.そこでこの付録では,そのような言葉について簡単な解説をします.

つまりこの節の目的はそれぞれが自分でリスクについて判断するための基礎知識を得ることです.提供されている資料を読むことができるようにすることです.それはベクレルとはどういう意味か,放射能とは何かというような基礎的な知識です.まずはここから始めることにしましょう.

放射能・放射線などの言葉について必要な知識

まず放射線とは何かというのは,原子とは何かという話にかかわってきます.原子や分子というものは現代の社会を支える工業でも基本になっています.そのため,中学の理科や高校の物理,化学で習います.しかし,私は,原子や分子に関して習った時には,それが社会の根幹となる産業や電気などの毎日の生活と密接にかかわっていることなどは知りませんでした.あるいはピンと来なかったのです.あなたもそうかもしれません.また電気とは何かという話も原子に密接に関係しています.電気は毎日使っていると思いますが,「それは何か」とお子さんに尋ねられてちゃんと答えられるでしょうか? 中学などで習ってはいるのですが,私同様,忘れてしまっていて,今回の事故のようなことになってあわててしまった方は,今からでも調べてみると良いのではないかと思います.まずは知ることではないでしょうか.昔の教科書をひっぱり出してみるとか,その年代のお子さんがいらっしゃるご家庭でしたらお子さんに尋ねてみるとかもいいかと思います.あるいはインターネットには資料は多くあるのでご覧になるのもよいでしょう.

原子などについての科学的知識の資料としては Wikipedia の記事[1]からはじめるのも1つの手です.また,化学のオンライン授業を提供するサイトなどに原子の話があります.これらのサイトは原子力発電とは関係ありませんので安全性などについてはほとんど述べられていません.しかし,「放射線とは何か」などについては,初学者向けに比較的容易な解説があり参考になると思います.手前味噌ですが,化学の初学者向けの解説ビデオとして [2] を挙げておきます.ただし,これは中学から高校生向けの一般的な化学入門なので,もっと簡単なものが知りたいとか,その反対にもっと高いレベルのものが詳しく知りたいという方々は,御自身でいろいろと調べてみて下さい.

安全性については日本政府の官邸から「みなさまの安全確保[3]」のような資料があります.このページからいくつかの安全基準をみつけることができます.しかし,そこには「内部被曝1mSv/y の前提における飲料水の基準は 10Bq/kg [4]」のような記述になっています.この言葉についての解説も[3] からたどれます.それを自力でおわかり頂ける方はこれ以上この記事を読まれる必要はありません.しかし,これではどういうものかわからないという方のためにここではその意味について,私なりにまとめてみたいと思います.たとえば,シーベルト(Sv) とは何か,ベクレル(Bq) とは何か,なぜ Bq/kg という単位なのか,mSv/y と mSv の違いは何か,そもそもその違いは個人にとってどう重要なのか,などについてです.ただし,たとえ意味がわかっても,その値が本当に安全かどうかについての判断は困難です.それでもその知識で報道を見ると,意味不明ではなくなり,ずっと理解がすすむと思います.そして御自分で判断できる可能性も出てきます.

ここでは私は記述にできるだけ間違いのないように努力し,ここで書いていることの根拠となった資料への参照もできるだけ載せておきます.しかし,私は核物理学等は素人であり,間違いもあるかと思いますので,あまり鵜呑みにすることはなく,御自分でもお調べになって,納得されるようにお願いいたします.

次回

今回は安全性をできるだけ自分で判断するため,どのような資料があるかなどをみてきました.次回はもう少し具体的な話をしていきます.この資料を自分でお読みになるというのも良いと思いますが,なかなか難しい部分もあると思いますので読むための基礎知識を少し補足したいと思います.少なくともできるだけ誤解しないようにするための基礎的な技術的知識について考えていきます.高校生までの知識で十分理解できるものだと思いますので,何かの間違いを鵜呑みにして後で「こんなはずではなかった」ということにならないようにしたいと思います.自分の命だけではなく家族の命を考えたら,ちょっとした科学的知識を理解する勉強はしてもいいのではないかと思います.理解,つまり,分かることがが目的ですから,私の言っていることが間違いであれば,その間違いが分かるとすばらしいと思います.

参考文献

  1. Wikipedia Ja, 放射線, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E7%B7%9A, (accessed 2014-12-26)
  2. 日本語版カーンアカデミー, 化学の基礎プレイリスト, https://www.youtube.com/playlist?list=PLhDDoRSjeQODO7kcf8hoqboFyuDY9uYJ7, (accessed 2014-12-26)
  3. 首相官邸, みなさまの安全確保 (http://www.kantei.go.jp/saigai/anzen.html/), 計画的避難区域」及び「緊急時避難準備区域」の設定について (http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110422004/20110422004-2.pdf), 2011, (accessed 2014-12-21) http://www.kantei.go.jp/saigai/20110411keikakuhinan.html
  4. 厚生労働省: 原子力被災者生活支援チーム, 原子力発電所外に適用されている放射能に関する主な指標例, http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/120427_01a.pdf, (accessed 2014-12-26)

最終処分の話をしようや (6): 最終処分の資金はどうなっているのか

前回は最終処分の方法についてみてきました.放射性廃棄物を処理するのは簡単ではなく,費用がかかります.その費用はどのようになっているのかが今回のお話です.

最終処分の資金

最終処分の資金は,国にもよりますが,原発を有する電力会社が徴収した電力料金からバックエンド資金として積み立てています.利用者負担原則にしたがって,原発で発電された電気を使用した者がそれによって発生する放射性廃棄物と老朽化して使えなくなった原発を処分するために必要な資金を負担します.

ドイツの場合にはバックエンド資金は電力会社が全体で300-360億ユーロを積みたてています.ドイツが世界で最もバックエンド資金を積み立てていると見られますが,それとてそれで足りるという保障はまったくありません.

日本でもバックエンド資金が積み立てられていますが,日本の場合は永久に核燃料サイクルが機能するとの前提で,最終的に残る使用済み(MOX)燃料を処分する資金は含まれていません.

いずれにせよ,積み立てられた資金が不足し,原発を使用しない世代にその負担を押し付けることになるのは間違いありません.

最終処分状況

高レベル放射性廃棄物の最終処分を実際に行なっているところは世界でもまだありません.現在フィンランドのオンカロで建設中,2020年稼動開始予定の最終処分場がおそらく世界最初のものになると思われます.以下ではドイツと日本の現在の状況をまとめました.

ドイツの最終処分状況

低中レベル放射性廃棄物のドイツの最終処分については以下のようにいくつかの計画がありましたが,様々な問題を今後解決していかねばなりません.

  • ジャハト・コンラート
    • 地下1000メートル
    • 元鉄鉱石鉱山で,その上に粘土層
    • すでに運転許可も出され,2017年からの運用が計画されているが,まだ技術的な問題があり,運用開始が遅れる可能性が大きいと見られる.
  • モアスレーベン(旧東ドイツ)
    • 地下約500メートル,岩塩層
    • 元石灰採掘場,元武器製造の強制収容所
    • 水漏れ,落盤の危険がわかり,2001年閉鎖が決定
    • 2014/2015 閉鎖完了の予定
  • アッセ(旧西ドイツ)
    • 地下約 1000 メートル
    • 岩塩層の適性試験用として運用が開始された
    • 水漏れが判明,高レベル放射性廃棄物の破棄発見
    • 全ての放射性廃棄物を取り出す予定

高レベル放射性廃棄物の最終処分場に関しては,ドイツはゴアレーベンで調査を開始していましたが,最終処分場の選定は白紙状態に戻されました.その後最終処分選定法が制定され,各界の代表を集めて最終処分場を選定するための委員会が設置されました.今後の予定は以下の通りです.

  • 2013年7月,最終処分場選出法が制定される
  • 最終処分庁が設置される
  • 2015年末までに最終処分場選出手順作成
  • 2035年まで運用開始予定 (勉強会後追記:委員会は現段階で,バックエン資金不足などを理由に,高レベル最終処分場の運用を2170年からにしなければならないとも発言しています.)

ゴアレーベンでは地下約1000メートルの岩塩層を調査してきましたが,今後どのように展開していくのかはまだ不明です.

ドイツでは当初永久貯蔵を計画していましたが,運用期間を 100 万年として,最初の 500 年間は放射性廃棄物を取り出す可能性を残すことに変更しました.取り出すというのは,その500年の間に,もしかしたら何らかの技術の進歩で放射性廃棄物の無害化が可能になる可能性を考えてのことです.

日本の最終処分状況

日本では,低レベルの放射性廃棄物については,六ヶ所村において最高地下100mの最終処分場が稼動中です.高レベルの放射性廃棄物のうち,使用済み核燃料そのものに関しては,現在ではまだめどの立っていない核燃料サイクルの確立が今後可能であることを仮定しており,再処理することが前提になっています.そのため,特に福島第一原発事故後使用済み核燃料の直接処分を求めるべきだとの議論が起こってきていますが,使用済み核燃料を直接最終処分することも,再処理後のガラス固化体を最終処分する具体的な計画はまだありません.

高レベルの放射性廃棄物のうち,ガラス固化体は2020年までに4万本が想定されています.これに関しては候補地を公募し,検討などは10数ヶ所ありましたが,公募の取り下げなどで消滅し,現在(2014年12月現在)未定です.(勉強会後追記:政府は公募を諦め,政府自らが選定することを決定 (2015年5月現在) [1])

日本では地層処理の研究施設の事例がいくつかあります.北海道の幌延(ほろのべ)町では,地下 350 メートル以上,堆積岩の地層処理について研究が行なわれています.岐阜県の瑞浪(みずなみ)市では,地下約 500メートルの花崗岩の地層処理について研究が行なわれています.

ただし日本では他の国に比較して,最終処分場として「水のない1万年を越えて安定した均一地層」というのは簡単ではありません.地震が頻繁に発生することや,地下水が豊富という最終処分には向いていない条件がそろっていることが問題になっています.

やまうちメモ

中低レベルの最終処分に関しては除染などで出た放射性廃棄物の最終処分場の検討が今後宮城県で行なわれます [2] (2014年12月の状況).


最終処分の大原則

最終処分の大原則は「国内処分,利用者負担」です.実際にエネルギーを使った人達が全ての処分の負担をすべきです.次の世代に負の遺産を残すべきではありません.しかし,今となってはそれは不可能です.

現在可能なこととしては,たとえば,自然エネルギーへの投資によって後の世代の負担を軽減することがあります.利用者の世代では原子力の負の遺産である廃炉や最終処分が完了しません.ですから,利用者の世代が次の世代のためにできるだけ多く自然エネルギーに投資して,その負担を軽減することを考えなければなりません.そうしなければ,世代間で負担が公平に分配されず,原発の利用者世代が残した負の遺産を次世代に押しつけ,次の世代の発展を阻害する可能性があります.

最終処分の現状に関するやまうちメモ

今回もまとめとして,私(やまうち)の個人的な感想をここに述べさせて頂きます.

原子力発電所は無限に稼動できるわけではなく,廃炉がやがて必要になり,そして最終処分が必要です.核燃料サイクルは40年以上の年月と10兆円以上の予算を使った現在でもまだだめどが立っておらず [3],これが前提の国策は考え直すべき時点に来ているのではないかと私は感じます.世界の他でもこの方法は撤退が続いています.たとえ燃料が再処理できたとしても,再処理の工程で高レベル放射性廃棄物は発生し,廃棄物はガラス固化体として増え続けています(電気事業連合会の資料 [4] より).ということは,廃炉と最終処分という負の遺産が将来に残ることは残念ながら避けられません.

ここでは利用者負担の原則ということを書きましたが,そうする理由は将来の発展のためです.利用者負担の原則を無視する考えもあるでしょう.自分がよければ,子孫や国が将来滅ぶのはかまわないという考えです.民主主義でそう判断することは可能です.しかし,それはいいのでしょうか? 借金を重ねる政策を民主主義で選択し,後に借金を返す時には皆で投票して借金を返したくないから,他の人に負担してもらおうと決めることもできます.民主主義的に決めることはできても,それで済むわけはありません.たとえば,景気を良くすると決めることと,景気が実際に良くなることは全然別のことだからです.明日から 1 + 1 = 3である.1 + 1 = 2 は禁止する.と投票で決めることはできます.しかしどんな決めかたであろうと,決めたことと,現実とは基本的には別のものです.責任をとらないと決めることはできます.しかし,現実はどうか.世界では責任をとらない人は信頼を失い,資本主義では信頼のない人には金はまわってこなくなります.つけがあれば,誰かがつけを払わねばならない.他人はそれを引き受けたくない.それを後世にまわそうとすれば,そのような人々の社会は後に行くほど弱くなることでしょう.利用者負担の原則を守る意味ということは少し考えても良いと思います.

利用者負担の1つである日本のバックエンド資金については,あまり情報がみつかりません.ドイツの積立てを300億ユーロとして本日(2015-7-3)では 1 ユーロ136 円なので,およそドイツにはバックエンド資金は4兆円があり,それで不足と考えられています.この記事[5]によると,日本の電力産業には廃炉費用として1兆4800億円の積立があるとあります.ただドイツの金額はバックエンド資金なので廃炉費用のみではありません.日本のこの金額が廃炉費用のみならば,バックエンドとしてはどれだけの積立があるのかが興味あります.ただ,金額を一概に比較することもできません.というのも現時点では日本の原子炉の数はドイツの2倍以上あるからです.また,日本で不足分を補うために廃炉後も積立てるということですが,廃炉の資金を廃炉後に積みたてるというのは原子炉がない状態で積立てることになります.つまり,原子力で生み出される電気では原子力にかかる費用がまかなえないので,それを水力や火力,あるいは太陽光に転嫁するという意味だと思います.利用者の意見を聞かずに,利用者負担にはせず,利用者の子孫に強制的に負担させることになるのは,どうも納得がいきません.「便利なのものがあるから使ってみて下さい,安くしておきます.」と言い,後で,「借金はあなたのお子さんにつけておきました.」というのは納得いかないです.特にその借金を背負わされる子は納得がいかないのではないでしょうか.バックエンド資金については今後も情報に気をつけたいと思っています.

私個人の意見ですが,日本の将来の発展を阻害する古いシステムの一時的な延命への投資は理解に苦しみます.短期的に多少のリターンがあるとしても,長期的に負となるものは,結果的に国家を衰弱させることが予想できるからです.負の遺産は可能な限り早めに清算してしまうのが良いと思います.

また,原子力発電所には安全保障における負の面もあります.たとえば,アメリカでの原子力発電所計画が躊躇すべき理由としてコストだけではなく,テロによるリスクが大きいという議論があります[6].この議論では,原子力発電所は国土を失なわせる効率的な攻撃目標であり,太陽光や風力などの自然エネルギーの安全性というのは,テロや戦争に対しても強いという議論です.私個人ではそういうリスクを数値としては評価できませんが,他の国で評価の進んでいるこのようなリスクも想定するべきではないでしょうか.

私達の欲しい未来とは何か,子孫達にどこまで負の遺産を作り続けるのか.私達の未来に何ができるのか今後も考えていきたいと思います.そして持続的な発展が私達の未来にあることを願ってやみません.

次回

今回で最終処分についての勉強会でのお話は終わりです.このお話を読むにあたって,いくつかの専門用語がでてきました.私自身,この勉強会に参加する前は,ベクレルとかシーベルトとかいう単位は報道などで聞いたことがあるけれどもどう違うのかよくわからない.ということもあり,このような用語や放射能とはそもそもどういうものなのか,ということを私自身が理解した形でもう少し説明したいと思います.そうすると報道などでどうして違う単位が使われているのかなどが少しわかってくるのではと思います.ですから次回は付録となります.

後記: 2015-6-26(Fri) 経済産業省(宮沢洋一経済産業大臣)は「核燃料サイクル事業」継続策を検討する作業部会の設置を了承しました.

参考文献

  1. 朝日新聞, 国主導で原発ごみ処分地選定、「有望地」提示 閣議決定 (2015-5-22), http://www.asahi.com/articles/ASH5Q335KH5QULBJ002.html
  2. 河北新報, 宮城県知事,詳細調査受け入れ 最終処分場 2014-8-5, http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201408/20140805_11016.html, (Online; accessed 2014-12-22)
  3. 東京新聞, 45年で10兆円投入.核燃サイクル事業めどなく, http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2012010502100003.html, (Online; accessed 2014-10-04)
  4. 電気事業連合会 (The Federation of Electric Power Companies of Japan), 原子力発電について(Nuclear): ガラス固化体(Vitrified radioactive waste), http://www.fepc.or.jp/nuclear/haikibutsu/high_level/glass/, 2014, (Online; accessed 2014-12-21(Sun))
  5. 西日本新聞, 原発解体費4割不足 廃炉後も電気料金で穴埋め 電力9社積立金調査, http://qbiz.jp/article/48036/1/ (Online; accessed 2015-7-3)
  6. Amory Lovins, A 40-year plan for energy, TEDSalon NY2012, http://www.ted.com/talks/amory_lovins_a_50_year_plan_for_energy, (Online; accessed 2014-12-22)
  7. 朝日,原発回帰 再稼働を問う:4核燃サイクル、再開にらむ,http://digital.asahi.com/articles/DA3S11852879.html

最終処分の話をしようや (5): 最終処分の方法

前回は中間貯蔵について話をし,核燃料の放射能減衰のグラフを見て,中間貯蔵の想定している 30 年から50年という短期間では不足であることを見てきました.数万年以上の貯蔵,それが最終処分です.どのようなことが考えられているのでしょうか?

最終処分の方法

地層処分

最終処分の方法として現在現実的なものは地層処分です.驚きですが,以前は核廃棄物を海に捨てる,海洋投棄があったようです.しかし,環境を汚染する海洋投棄は今では国際的に禁止されています.現在では核廃棄物を地中深く掘って埋める地層処分が最も現実的な方法と考えられています.

地層処分では放射線を以下の2つの方法で遮蔽します.

  • 人工バリア: 容器,コンクリート
  • 自然バリア: 地層

このうち,遮蔽効果のほとんどは地中深く埋める自然バリアによってもたらされます.

廃棄物のレベルと国によってどれだけ深く埋めるかには次のような分類があり,異なっています.

  • 低中レベル放射性廃棄物
    • 浅層 (数百メートルの深度(日本等))
    • 中層
    • 深層 (1000m 前後 (ドイツ等))
  • 高レベル放射性廃棄物(+TRU廃棄物)
    • 深層処理

高レベル放射性廃棄物の地層としては次のような候補があり,それぞれ特徴があります.

  • 粘土層:
    • 欠点: 熱伝導率が低く,熱が逃げないので,地層が高レベル放射性廃棄物の熱で乾燥して亀裂が入り,汚染が漏れる危険がある.
  • 花崗岩層:
    • 欠点: 岩盤が硬いので掘るのに莫大なコストがかかる上,地層に地下水がある可能性があり,地下水によって汚染が拡散される.
  • 岩塩層:
    • 利点: 熱伝導率が高く,熱を逃がしやすいので.高レベル放射性廃棄物の熱が拡散される.
    • 欠点: 過去海だったため,どこかに水がある可能性が高く,水によって汚染が拡散される危険がある.

最終処分の地層としては廃棄物を長期間安定に保存するために,以下の条件が求められます.

  • 地層が均一である (均一であれば亀裂などがない,または起こりにくい)
  • 地下水が流れこまない (地下水によって汚染が拡散してしまう可能性がある)
  • 地層の移動がない (移動があると廃棄物が安定して保存されない)

地下水が流れているとか,亀裂があるなどとなると,長期間の保存では保存している核廃棄物が環境を汚染する可能性があります.そのため水(地下水)の有無は重要な条件になります.

最終処分場の事例

地層処分とは,地上から2本の竪坑を掘って,地下に坑道を作って最終処分に適した地層に放射性廃棄物を保管できるようにすることです.

図 4 は,東ドイツ時代にモアスレーベン(Morsleben)で建設,使用されていた低中レベル放射性廃棄物の最終処分場です.地下に壮大な貯蔵場が必要なことがわかります.なお,モアスレーベンの最終処分場は岩塩層が落盤する危険があることから,使用を中断し,閉鎖されることが決定されました.morsleben_1511_3

図 4.写真: 独モアスレーベンの最終処分場構造図 (写真提供: ふくもと氏)

ドイツのゴアレーベン(Gorlben)は当初,放射性廃棄物の総合処理場にする計画がありました.まず,中央中間貯蔵施設が設置されました.そのうちに,そこに最終処分場を設置する目的でその地下岩塩層が高レベル放射性廃棄物に適するかどうかの調査施設が建設されました.ただ,その適性には疑問もあり,これまで調査を中断したり,再開するなどを繰り返してきました.現在は最終処分場の候補地を白紙に戻して,最終処分地を選定するための委員会が国会内に設置されています.gorlben_DSC_0018

図 5.写真: 地層内にある油 (独ゴアレーベン) (写真提供: ふくもと氏)

図 5 は,ゴアレーベン地下調査坑道内の地層の写真です.黒い部分は油のある層で,岩塩層が均一でないことがわかります.

次回

ここまでで最終処分の方法についてみてきました.実際の最終処分場はまだ世界にはほとんどありません.しかし核のゴミは既に存在し,増え続けています.我々の世代はこの負担をしなくてはいけません.でなければ危険なものが処理されずに存在することになります.実際にはどこかにほおっておくという手もありますが,負担そのものはなくなりません.やまうち個人としてはこのほおっておく,放置する,という形の負担はしたくありません.なぜなら,そちらの方が結局もっと高くつくためです.どうせ負担しなくてはいけないのなら安くして欲しいのです.放置しておくという解答は,それで死人が出たり病人が出たり,国土が汚染され利用できなくなるという形での負担になるからです.この負担はどのようになっているのでしょうか? 次回は最終処分の資金についてのお話です.

最終処分の話をしようや (4): 最終処分とは? 放射性廃棄物と放射能減衰の推移

前回は放射性廃棄物を安全になるまで長期間保存する前段階として 30年から 50年程度の短期間の貯蔵,中間貯蔵があるという話をしました.今回はそのお話です.

放射性廃棄物とその中間貯蔵までのまとめ

ここまでで最終処分の対象とする放射性廃棄物とはどのようなものか,放射性廃棄物はどのように発生するのか,最終処分の前までに,どのように処理をするのかの現状について概要を見てきました.現在ではコストなども考えた実用的な核種変換技術がないために,放射性廃棄物を長期間保存する方法が現実的と考えられています.次節では,その放射性廃棄物の特性についてもう少し詳しく見ていきます.それを知ることで最終処分の課題が見えてくるでしょう.

使用済み核燃料の放射能減衰の推移

放射能減衰の推移グラフ

使用済みの核燃料は,原子炉から取り出された時には高い放射能を持っているために,これを保管して放射能が落ちるのを待つ必要があります.勉強会ではここで放射能減衰の推移グラフが示され,減衰には長期間かかることが示されました.

やまうちメモ

使用済みの核燃料は,いつまでこれを保管する必要があるのかが問題になります.使用済みの核燃料が数ヶ月程度で安全なレベルにまでなるのであれば,最終処分もおそらくあまり問題はないのですが,そういうわけにはいきません. 次の図は使用済み核燃料の放射能減衰の時間推移を示しているものです.これは一般財団法人高度情報科学技術研究機構の資料[1]でみつけたもので,核燃料サイクル開発機構の資料が出典となっています.

radioactive_timeline_2図 3. ガラス固化体の放射能の時間的推移

図 3.の読み方:

まずはこのグラフの読み方をみていきましょう.グラフが両対数のグラフになっていることに注意して下さい.とは言ってもまず,両対数グラフとは何かの話をしたいと思います.それは縦軸も横軸も指数となっているようなグラフで普通のグラフとはちょっと違います.よく見慣れたグラフでは,1目盛り進むと +1 増えますが,ここにあるグラフではたし算ではなくかけ算で,1目盛り進むと 10 倍になります.つまり,2目盛り進むと 100 倍になるグラフです. 縦の軸ですが,核燃料を取り出した直後には核燃料 1 トンに相当する放射能がベクレル値で 1010 GBq となっています.1010 とは 1 の後に 0 が10 個つくという意味ですから,10000000000,つまり 100 億のことです.そして単位の Bq の前にある G というのはギガという単位につく補助の接頭辞で,109を示します.コンピュータに少し詳しい方であれば,GByte が,MByte の1000倍ということをご存知でしょう.するとこれは10億であることもご存知かもしれません.すると,1010 GBqというのは,100億ギガベクレルで,10000000000000000000 Bq,つまり,1000京ベクレルのことです. 政府の基準では,核種や食品にもよりますが,目安として食品は 1 kg あたり100 ベクレル以上のものは摂取しない方が良いということですから,核燃料を取り出した直後のベクレル値は,私には想像すら難しいレベルです. そして横軸にはほぼ中心に核燃料を使用しはじめた時点の 0 があります.右側に行くと時間が経過しています.ここで,軸の目盛りをみると,100年, 102年,104年, 106年,108年,と続いています.10 の指数の数は先程の GBqの時と同じく,0 がいくつ1の後に続くかと同じことですから,100年は 1 年,102年は 100年, 104年は 10000年(1万年),106年は100万年,108年は1億年の意味です. グラフをみると横に青の点線が引かれています.これが「ウラン鉱物として地質環境に賦存」と書かれている時の放射能を示している線です.赤の線がこの線を横切るのにかかる年月は,104 と 105 の間あたりですから,1万年から10万年の間ということが読み取れます.これでグラフの読み方がおわかりになると,嬉しいです. ところで,上記で数字の 100 と 1000京を比較するのは公平ではありません.食品は 1kg あたりの Bq で核燃料の場合には 1t あたりの Bq ですから,核燃料の方が数字が大きくなります.1t は 1000kg ですから,100 と 1京 の比較が公平です.こうやって数字を 1000 倍違うように見てしまうこともあります.報道でも,時々このように単位をそろえていないことがあります.ただし,普通,単位は言っているので間違いではありません.(しかし単位をそろえても 100 と 1 京はとても違います.) こういうとても大きさの異なる数を,指数を使って 0 がいくつつくのかということで示す方法を科学的表記法と言います.この場合 100 は 1 の後に 2 個の 0 があるので,102, 1 京(10000000000000000) は 1 の後に 0 が 16 個つくので,1016 です.(どうです? 指数は便利でしょう) 単位を変化させて表現にインパクトを与えるのは広告では普通にあります.たとえば,広告では○○ 1000 mgなどと言いますが,それは○○ 1gと同じです.広告の戦略としては 1000 という数の方が 1 よりもずっとインパクトがあるので正しいですし,何も間違いではありません.それならば,○○ 100万マイクログラムと言うこともできます.これも 1g のことで何も変わっていませんが,100万までいくと怪しくなるので 1000 mg を考えた人は広告の才能があるなと思います.広告の場合にはまったく問題はないと思いますが,放射能汚染などの数値の報道では,単位には少し気をつかって欲しいと思います.

使用済み核燃料はいつまで保管しなくてはいけないか

先の図 3 ですが,Web 上を探すと一般財団法人高度情報科学技術研究機構以外にも似たような図がみつかります.ただ,後で私は気がついたのですが,この図が示すのは,ウラン鉱を採鉱した時点まで放射能が下がる時間が数万年単位ということであって,ウラン鉱を採鉱した時点での放射能の強さが危険なのか安全なのかについてとは関係がありません.この図を見せて頂いて,時間がかかるんだなあ,という印象を持ちました.しかし,勉強会の後にふと思ったのは,ではその数万年を越えたら安全なのか? ということです. 図3では青い点線は燃料 1トンあたり 1000 GBq 相当,つまり 1GBq/t (=10億ベクレル/t) を示します.考えてみればギガベクレルというのはかなり大きな値です.相当する放射能という言葉がどのような定義かに疑問がありますが,それを置いておくことにして 1kg に換算すると MBq/kg ですから,100万ベクレル/kg です.日本でのいくつかの食品の安全基準は,100 ベクレル/kg 以下というので,その1万倍というのはかなり大きな値のように思います. 結局青の点線以下になれば,人間が近付けるのかどうかなどは私にはわかりません.やはりどうしても安全かどうかということに関心があるので,何か図をみたらそう判断できないかと考えてしまうのが悪いのかもしれません.そのような意味では,この図は単に燃料を作った時と同じレベルの放射能の強さにかかる時間がどの位かということ示しているだけである,安全性とは関係はない,と考えるのが良いかと思います.

放射能減衰の推移と対処

図 3 から,核燃料を取り出した際の放射能は 100億GBq/t,それを3〜5年の燃料貯蔵プールで冷却した後には,数千万 GBq/t,その後ガラス固化体として 30〜50 年の中間貯蔵後には 1千万 GBq/t を少し下回るレベルになっています.これが天然にあるウラン鉱石の放射能レベルの線,1000GBq/t となるまでにはさらに数万年が必要です.この中間貯蔵以降の保管が最終処分となりますので,次回にその方法を見ていきましょう.

次回

次回はようやく最終処分の方法についてみていきます.数万年を越える期間何かを保存するというのは私には気が遠くなる話です.そもそもそのようなことはできるのでしょうか?

参考文献

  1. 高度情報科学技術研究機構, 高レベル放射性廃棄物と処分対策の安全問題, ガラス固化体の放射能の推移の図表を参照,  (http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=05-01-01-03 ), accessed 2015-7-1