2022年3月5日かざぐるまデモの報告

戦勝記念柱からブランデンブルク門を埋め尽くした2月27日の反戦デモ©SNB/Yu
©Christoph Eckelt / Green Planet Energy eG

今年のデモを計画し始めた時には、予想もしていなかった事態が起きた。2月23日にロシア軍がウクライナ侵攻を開始したのだ。そして次の日にはすぐに、原発事故のあったチェルノブイリがロシア軍によって占拠されたというニュースが入って、私たちを震撼させた。プーチンは、核兵器を特別警戒態勢に移したと脅し、ドイツから飛行機で2時間しか離れていないヨーロッパで、また核の脅威が具体的なものとなってしまったのである。ヨーロッパで急遽起こってしまった戦争に対する市民の怒り、不安、無力感は大きく、27日の日曜日にベルリンでいくつもの市民団体が共催して呼び掛けた戦争反対のデモには、主催者側が50万人というほどの人数が集まり、文字通りベルリンの中心街を埋め尽くした。子どもからお年寄りまで、ありとあらゆる国や文化の出身者が各地から集まって平和にデモを行っている間、ドイツ連邦議会ではショルツ首相が演説し、連邦政府の特別資産プールからなんと1000億ユーロを、古くなって有事での戦闘力が疑われているというドイツ軍補強・再軍備に充てる、さらにこれまでの、軍事衝突している地域に兵器は送らないという伝統を破りウクライナに兵器を供給する、そしてNATOにこれからは毎年GNPの2%を超える出費をすることを約束した。爆弾宣言だ。まだSPD、緑の党、FDPの連合による新政府ができあがって数か月だが、この新たなる軍拡宣言は、ちょうど前の赤・緑連合政府の時、それまで戦争には参加しなかったドイツがコソボ紛争やアフガニスタン戦争に参加してしまった時のあの私の脱力感を髣髴とさせる。プーチンのウクライナ侵攻は、まったくもって言語道断だが、それに対する応えが西側、しかもドイツの軍拡なのか、と問わざるを得ない。軍拡は、平和とは相いれないはずではないのか。これでますます軍事力競争と武力の連鎖が高まることにつながり、ロシアをもっと刺激することになるのではないか、と不安だ。しかも、そんな1000億ユーロもパッと出すお金があるのなら、それこそ、ロシアに依存していたガスや石油を断ち切って独立するため、そして本当に安全で持続可能な自然に優しいエネルギーを自国で持てるよう、再生エネルギーのインフラストラクチャーや建設に充てるべきではないのか。そんなことを考えて一人で悶々としていたら、今度は私たちのデモのすぐ直前、ウクライナだけでなくヨーロッパで最大の規模というサポロジア原発がロシア軍の空襲に遭い、火事まで出たという報道が入った。それこそ私たちが一番恐れていることだ。原発の建物が破壊されれば、あるいは電源がストップしてしまえば、フクシマで起こった事故がヨーロッパで、しかもまたウクライナで起こることになる。どうしてこんなことになってしまったのか。どうして人間はまだこんなに危ない原発なんかを持っているのか。ロシアからのガスにはもう期待できないことを踏まえて、さっそくバイエルン州のゼーダーを始め、今年いっぱいで停止するはずのドイツの最後の原発の稼働年数を延ばすべきだなどと言う議論も聞こえるようになった(注:これを書いている3月8日になって、やっとハーベック経済相が稼働年数を延長することはないと表明した)。危ないのは核兵器だけでなくて原発も同じであることが、今わからない人たちはどういう頭の構造をしているのだろうか。今更、どうやって原子力が「安全なエネルギー源」などと言えるのだろうか。というわけで、今年のデモは、もともとフクシマの放射能汚染水の海洋放出反対が中心テーマだったのだが、デモの意味付けが最後になってこんなにも変わることになってしまった。今の時点で核の脅威を訴え、反原発反核を訴えることは、今までより増して重要で、自宅で籠って悶々としているよりは、仲間と街頭に立ち反原発反核を訴える方がずっといいとも思えた。そうして3月5日のデモの日を迎えることとなった。

気温は0℃前後と寒かったが、太陽が出てデモ日和。2月は風の強い嵐がいくつも続いたが、そういうこともなくデモで横断幕を持って練り歩くのもきつくなかった。動員数は少ないと最初から思っていたが、デモ開始時間になるとあらゆる旗や横断幕を持った人たち、デモでしか毎年会わないがそれでも必ず来てくれる人たちの顔がそろい始めた。ダンサーのかずまは、まだ日本にいて、本来は3月初めにベルリンに戻ってデモでパフォーマンスをしたかったようだが、ウクライナでの戦争が始まり、ロシア上空も飛べなくなって来ることを断念した。

レクイエムのコーラス ©M.Naganuma

コーラスでよく歌っている歌手のえみ子が仲間の指揮者、同僚に声をかけてくれ、彼女を含め計六人が揃い、レクイエムを歌ってくれた。ブランデンブルク広場がその時静まり返って、彼らの澄んだ声の合唱が響いた。胸にしみる歌声だった。長くなく、それでいてひきしまるような合唱でのデモの始まりは、とても効果的だったと思う。

お馴染みの司会のNaturFreundeのUweは、響く声で背も高く体格もよく、たくさんの人の中でもしっかり目立つありがたい存在だが、彼がメモなど一切使わずに明確なメッセージを発言してくれるのを、今年も安心して聞けた。彼もこの反原発運動で司会を務めてからもう何十年、と自分で笑っていた。ベルリンの反原発デモには、ウィンズケール(セラフィールド)の原子炉火災事故やチェルノブイリ原発事故の頃から反原発をしている「ベテラン」運動家が多いのだが、今回SNBは若いアクティビストたちにもぜひ声を上げてほしいと願い、Fridays for Futureのベルリン支部やBUND Jugendのベルリン支部に演説を依頼したところ、喜んで引き受けてくれた。またGreenpeaceと一応一線を画すために名前を新たにGreen Planet Energyに変え、今回もまた主催者として参加してくれた広報担当のChristophがハンブルクから来られなかったため、ベルリン事務所で働いている若手の男性を演説に送り込んでくれた。そういう意味で演説者の平均年齢がぐっと下がり、それもとても気持ちのいいことだった。

150人ほど集まった参加者 ©T.Kajimura

個人的には、私は今年からは第一線でデモのオーガナイズやPR担当をするのをやめるつもりで控え目に参加するつもりだったが、急に起きたプーチンのウクライナ侵攻とチェルノブイリ原発占拠やヨーロッパ最大級といわれる原発が襲撃に遭って火事まであったということがあって、どうしてもSNBとしては何かを言わないわけにはいかないという気持ちに突き動かされ、急遽私も飛び入りで話すことになった。

Sayonara Nukes Berlinを代表して梶川ゆうと山内ひとしの演説

私がどうしても訴えずにいられなかったのは、原発がある国でまさに原発が戦争で襲撃され、停電が続いて冷却が不可能になったり原子炉建屋が破壊されたり、または管理している人員が怪我したり襲われたりすることで無人状態になってしまったりすれば、フクシマ、チェルノブイリと同じことが、いやそれ以上にひどい悪夢が起きる可能性がある、それはプーチンが核兵器で脅しをかけているのと同じくらい恐ろしく、その危険がこれほど具体的になっているのに、ロシアからのガスが望めなくなるなら、または国内でのエネルギー供給が独自に賄えるようになるために、今年中に停止するといっている原発の稼働年数を延長しようなどという声がすぐに聞こえていることに対する絶望感だった。こんなことがあってもいまだに原発がどれだけ怖いか、わからないのだろうか。私は気候温暖化を食い止めるためだけでなく、平和、民主主義的な自由とエネルギー問題は切り離せないものだという、そのことを語りたかった。(ゆうの演説はこちら:SayonaraNukesBeriln_YuKajikawa.jp

SNBの山内は、彼らしいエピソードを踏まえて科学的にどうして原発が持続可能でも未来志向でもないかという話をした。5分にはできないほど彼独特の話の展開を書いた演説より詳しいテキストがあるので、ぜひそちらを読んでほしい。(山内のテキストはこちら:SayonaraNukesBerlin_HitoshiYamauchi.jp

IPPNW/Alex Rosen ©T.Kajimura

IPPNWのAlex Rosenは、去年から代表をやめ、自分の小児クリニックを開業したりマイホームを建てたりと忙しくしているようだが、このデモでの演説は自分にとっても大切なテーマだからと、今年も快く引き受けてくれた。用意してきた原稿を読み上げずに、これだけしっかりとまとまって力強いメッセージが演説できる彼を羨ましく思う。彼は本当に私が思っていることを代弁してくれたと思う。彼はいくつかのテーマに触れたが、大体まとめると以下のようなことを語っていた。2011年の3月11日にフクシマから届いたニュースは私たちにとって衝撃だった。たくさんの人が忘れていないはずだ。その前にはチェルノブイリがあった。でもウクライナから日本、そしてまた今ウクライナに戻ってきてしまった。昨日の3月4日、もう少しで大惨事が起きるところだった。恐ろしい経験をかろうじて逃れることとなった。原発のある国で戦争をするというのは、前例のないことだ。原子力エネルギーは、平和な時代でも決して受け入れることのできない危険なテクノロジーだということを、私たちは常に言ってきたはずだ。どの科学者たちも、真剣に科学を追い、金に買われていない者ならば、右翼でなく、気が確かで良識ある者なら、誰も「グリーン」だとも「安全」だとも「安い」とも決していうことのできないはずの原子力を、まだどうにか進めようとしている者たちがいる。それを推進している国、いまだに原子力発電にしがみつき、それをこれからも続けると言っている国は、どれも結局は核兵器を持っている国か、そこと利害関係で結ばれている国だけである。原子力エネルギーと核兵器は同じ硬貨の表裏だということを忘れてはいけない。フクシマ原発事故後、健康に対する影響や被害を調査しようにも、因果関係をはっきりさせないようにするために、日本政府は甲状腺やその他の健康被害の調査を故意に怠ってきた。福島県の18歳以下の人たちも、甲状腺に関してしか調査をしなかったし、そのほかの健康被害やほかの県に住む人、若者以外の年齢層の人たちに関しては無視してきたため、科学的で独立した健康調査ができていない。これはわざと因果関係を隠蔽するためとしか思えない。原子力エネルギーがある限り、核兵器のない世界は得られない。核兵器を持つ国がある限り、原子力エネルギーのない世界も得られない、この二つは同じく、撲滅すべく闘っていかなければならない。今私たちはウンターデンリンデン通りに立っているが、すぐそばのロシア大使館の前で戦争に反対してデモをしているウクライナの人たち、そしてこのすぐ後ろで平和のために集まっているロシアの人たちと私たちは連帯している、私たちは同じ目的、核の脅威のない世界のために闘っている!以上がアレックスの演説の要約だ。

デモ行進前にGreen Planet EnergyのMaximilian Weißが演説をしたが、彼はタクソノミーに原子力エネルギーとガスが入れられグリーンウォッシングされていることを批判しながらも、どうして原子力エネルギーには未来がないか、投資家もだまされないはずであろうことや、原子力はどんなに原発ロビーがタクソノミーなどをしてもそれは彼らの最後のあがきであり、実は世界中で後退の一途をたどっていることを分析して楽観主義的な見方をした。世界もそのように理性的であることを願うしかない。(Green Planet Energyの演説の和訳はこちら:GreenPlanetEnergy_MaximilianWeiß.jp

©Christoph Eckelt/Green Planet Energy

それからデモ行進に移った。今回もコロナの影響もあり、去年と似てそんなに人は来ないだろうと考えてたくさんかざぐるまを作らなかったが、去年との大きな違いはツーリストがすでにたくさんベルリンに来るようになっていることだった。子ども連れや若者のツーリストが、黄色いかざぐるまに魅せられて寄ってきて、デモが始まる前にセルフサービスのように手にして立ち去ったため、デモ隊の持っているかざぐるまは今年は少なかったように思う。

©SNB/Yu

デモ隊はウンターデンリンデンを通ってから一回りしてまたブランデンブルク門に戻った。今回は行進後のパフォーマンスや音楽がなかったが、それで参加者の注意が散漫にならず、演説を熱心に聞いてくれ、却ってよかったと思えた。最後のプログラムの演説は今回のデモで初めて参加してくれたKorea VerbandのYujin Jungで、日本政府が放射能汚染水を海に放出するという勝手な決定をしたことに対し、海を挟んだ近隣の国の人たちがどんなに不安な思いでいるかを話してくれた。(Yujin Jungの演説の和訳はこちら:KoreaVerband_YujinJung.jp

Fridays for Future Berlin/ Johanna Buchmann ©T.Kajimura

次にはFridays for FutureのJohannaがとてもエネルギッシュではっきりしたメッセージを話してくれた。彼女がフクシマ事故が起きた時12歳だったと聞いて、唸ってしまったが、そうだ、フクシマでも事故当時子どもだった人たちで甲状腺がんに罹った人たちが成人して、原発事故と甲状腺がんとの因果関係を究明して責任を追及するため、東電を相手に集団訴訟を起こしてもいるのである。当時10歳だった子どもは、今年はもう21歳だ。この件については今年の武藤類子さんのメッセージにも書かれているが、アレックス・ローゼンも演説で話していたように、がんと原発事故もしくは被ばくとの因果関係を追求するには、独立して信頼できる調査が少なすぎるだけでなく、公害訴訟などで健康被害と事故や公害の因果関係を追求した経験のある弁護士がいないことを心配する向きもある。また東電だけで、国を訴えていないことも問題である。この件については5月半ばに予定しているおしどりマコ&ケンさんとの講演会で、彼らにも詳しく語ってもらうつもりだ。(Johannaの演説の和訳はこちら:FridaysforFutureBerlin_JohannaBuchmann.jp)

今年も、福島第一原子力発電所の事故による被害者で、福島原発告訴団の団長である武藤類子さんからメッセージが届いた。ドイツ語はSayonara Nukes Berlin、英訳はJAN UK、フランス語はyosomono-net France、イタリア語はTomoAmici、そのほか在外の有志によって、スペイン語、オランダ語に翻訳されている。

武藤類子さんのメッセージ:
日本語 https://yosomono-net.jimdofree.com/ Deutsch:https://yosomono-net.jimdofree.com/german/ English:https://yosomono-net.jimdofree.com/english/ Français:https://yosomono-net.jimdofree.com/french/ Español:https://yosomono-net.jimdofree.com/spanish/ Català:https://yosomono-net.jimdofree.com/catalan/ Italiano:https://yosomono-net.jimdofree.com/italian/ Nederlands:https://yosomono-net.jimdofree.com/dutch/
BUND Jugend Berlin/Jonathan ©T.Kajimura

最後は二十代の若者で、ドイツ最大の環境保護団体BUNDの若者の支部BUND Jugend Berlinを代表し、Jonathanが演説してくれた。彼も最初に反原発でデモ行進したときは父親の肩車に乗ってホイッスルを吹き鳴らしたそうだ。彼は去年の連邦議会選挙で初めて選挙権が与えられ選挙をしたが、もうとっくの昔に政治家が勝手に決めていて、自分たちに関係することでも、なんの決定権もないものがある、その中の一つが原発を稼働して大量の放射性廃棄物を後世に残してもいいか、という問題だと話していた。もっともである。若い世代は、私たちが何も考えずにどんどん作り出して置いていく負の遺産ばかりを背負わされるのだ。(Jonathanの演説の和訳はこちら:BUNDJugendBerlin_JonathanDeisler.jp

予定していた演説者はこれだけだったが、飛び入りの演説者が入った。ゴアレーベンの市民グループの人で、ICANなどと一緒に始めた運動「Don’t nuke the climate」のキャンペーンでベルリンを訪れたGüntherが話をした。彼は去年11月にグラスゴーで行われた気候変動枠組条約締約国会議でも、堂々と原子力ロビーが赤いじゅうたんを敷いた晴れの舞台を与えられ、いかに原子力が気候変動の対策として重要か、持続可能でクリーンかを述べ、EUのタクソノミーに入れることを歓迎するような話をしたことで、肝心の会議が悪用された話をしていた。彼らはあらゆる独立した機関の気候や地球の状態に関する報告分析にもかかわらず、いまだに原子力が持続可能な経済的発展に必要なテクノロジーかなどということを語っていると嘆いた。また、いわゆる先進工業国が気候危機を打開していくためにまずは最低1000億ユーロを出し合うのが必要と言いながらも、なかなかその額が揃わないでいる中、ショルツ首相は簡単に1000億ユーロを連邦軍に出すと決めてしまった。このことはよく覚えておく必要がある。

司会のUweは最後に鋭く語った。こうして今年のフクシマ原発事故十一周年を記念する私たちのかざぐるまデモも無事に終わった。2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻によるヨーロッパでの戦争という思いがけない事態が黒い影を落とし、デモでも新たな「核の脅威」を訴えざるを得なくなった。戦争で苦しむのも原発事故で苦しむのも、常に普通の市民、弱者たちだ。絶対に許せないと思う。このような信じられない武力行使がすぐそばで行われていることを思うと、無力感を感じて憂鬱な気持ちになるが、そういう時にこそこうしてデモに繰り出し、同じ気持ちの人たちと一緒に行動するのは、一人でうちに籠って悶々としているより、よかった。ウクライナから逃げてポーランドなどに難民が何百万人と入っているが、ポーランドの人は彼らを暖かく迎え入れ、ドイツでも支援する人たちが後を絶たない。私たちがデモをやっている間も、ベルリン中央駅にはぞくぞくとウクライナの難民が汽車でたどり着き、それを出迎えるボランティアたちが朝から遅くまできびきびと働いている様子がニュースに映った。私たちは戦争を知らない子どもたちとして育ち、なんの不自由もなくひもじい思いもせずに好きに旅行し、消費生活を送り、電気も大量に使って生きてきたから、ここでパンデミックを体験しなければならなくなったのかと思っていたが、そうではなくてこのコロナ禍はこれから続いていく灰色の時代のプロローグだったのかと思うと、なんとも心が暗くなる。戦争は、どうしてもだめだ。どうしてこんなことになってしまったのか。西側の国々は単にプーチンを悪魔呼ばわりするだけでなく(いくら彼が悪くとも、だ)、自分たちの失策、失敗、手抜かりを総括して反省すべきだし、今これから軍拡しても冷戦時代の軍備拡張競争となって死の商人を儲けさせるばかりで、ウクライナの人たちの助けにはならない。どうしてもっと早く再生可能エネルギーの割合を増やし、ロシアだけでなくどこにも頼らない自立した本当にクリーンなエネルギー供給体制を作ってこなかったのか、戦争で原発が空襲の標的とされるような事態が起きて、どうしていまだに原発がなければ、というような考えが出るのか、私には理解できない。それより教訓を得て、エネルギー危機を後回しにせず、今こそこの平和と民主主義とエネルギーの危機を未来の世代のために乗り越えていってほしいとひたすら願うが、悪夢は終わらないのか。私たちはこれからもずっと声をからして脱原発と核兵器廃絶を気候危機の悲鳴と共に訴えていなければならないのか。私は、やはりなかなか楽天家にはなれそうもない。(ゆう)

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