最終処分の話をしようや (9): 付録 3: 測定方法で放射線の強さは変わること,放射線には種類があること

前回は放射能と放射線の違い,そしてそれについての単位の話をしました.それらは細かい話であまり違いがないように思うかもしれませんが,実はずいぶん違うもののため,どんな単位の値が基準になっているかを知らないと安全の判断を誤ってしまうことになります.日常では「割合」と「そのもの」は区別がしやすいですが,放射線などはなかなかなじみがないので難しいのだと思います.たとえば,速さと距離はそのような「割合」と「そのもの」の関係があります.50km/h (1時間に50km)の速さと 50km の距離というものを同じと間違える人はあまりいないと思いますが,100 mSv/h (1時間に 100 mSv)と 100 mSvとなるとなじみがないのでつい混乱してしまうことがあります.今回はシーベルトの話もしたいと思います.そして放射線量はその場の明るさと同じように,どう測定するかによって違うという話もありました.この続きを今回はお話ししていきます.

測定された放射線量の意味についての注意

私が 1 つ注意すべきだなと思ったことは,放射線量というのは場所で異なるものですから,それが測り方によっても変化することです.測る前に除染すればそこでの線量は落ちます.また,線量計の置く高さにもよって線量は変化します.線量の高いホットスポットはもちろん注意するべき場所ですが,その一ヶ所だけを問題にして,それを一般化しすぎるのも問題です.たとえば,一ヶ所のホットスポットのみをもって,この地域は全体的に危い,というような話はまたおかしいのです.その場合には危険性がある可能性があるということで,全体が危険かどうかはわかりません.場所によって線量の変化が大きいということは,ある少数の定点のみでの観測値では,測定の網が粗すぎて漏れがおきてしまうということです.線量の測定というものはこのようないくつもの注意が必要だと思います.もちろん,何らかの理由で,測定は細かくもしないし,正確にしていかないということがあれば,私としてはそのような危険の可能性のある所には近づきたくありません.しかし,十分に細かく測定をして(何をもって十分かも問題ですが),ある地域にほんの数カ所しかホットスポットがないとわかればそこを避けることができます.また,線量の監視を連続的に続けるのであれば,新たなホットスポットができてもみつけて避けることができます.

つまり問題は常にちゃんと安心できるだけの測定がされているかどうかです.もし危険性のある町で,測定が町に1〜2ヶ所となると,危険か安全かはどうとも言えないでしょう.そうなると私の心情としては避けてしまうことになるでしょう.

たとえば,もし駅前などで測定されている場合,そこを利用する人が多いという意味では良い測定点ですが,そこで掃除(除染)が頻繁にされているということがあれば,ちょっと離れた場所の線量とは異なるものを測っているかもしれません.ですから,今日の線量,というものが示されている場合,それがどこでどのように測った値なのかがわからなければ,あまり意味がないことでしょう.ある特定の場所だけ除染して測定してはその周辺の代表点として使えないでしょう.また反対に,もし人がある特定の場所にいなくてはならないような場合,その場所を覆って線量がどうかを測定することには意味があるでしょう.

もし放射線とつきあって生活することを決めたのであれば,どこかの線量というものが単に高い低いということよりも,何がその場所で重要なのかを考えることで,何をどう測るべきなのかが見えてくると思います.つまり,「測定された放射線の意味」を考える必要があると思います.あるどこか一ヶ所でこれだけ強かったということは,その近くに住み,その場所にアクセスする人には重要な情報かもしれませんが,それがある地域全体のことを示しているとは限らないからです.

この場合には測定する側とそこで暮らす側との信頼関係も必要になってきます.そのあたりを無視され,情報がでてこないとなると,各自が自分で判断できなくなるため,放射線とつきあって生活するということは難しくなると思います.

放射線には種類がある (シーベルトについて)

化学の入門を調べた方は,放射線には種類があることにもお気づきでしょう.放射線には α線,β線,γ線,などがあります.そして生体の受ける影響は,同じ吸収量(単位: グレイ)でも種類によって異なります.たとえば,α線の方が同じエネルギーの吸収量であっても生体にはより危険とされています.ですから,同じグレイ値では危険性が判断できません.これを補正しようとしたのがシーベルトです(図 9.1).補正する必要性については必要だということであまり議論はないようですが,その補正値がいくつか,たとえば,α線はγ線の何倍危いのか,という補正値にはいくつか議論があります.生体への危険性というのは重要なものである一方,その影響は複雑で正確にはわかっていないようです.そこでどうしてもおおざっぱな近似になります.そのためこの補正は,国によっても異なります.日本ではシーベルトの修正係数は,γ線,β線の影響を 1とすると陽子線は 5,α線は 20 となっています.これをグレイにかけたものがシーベルトです.シーベルトは生体への影響を考えていますが,注意することは,このように係数をどう決めるかで変化する量ということです.なぜ生体への影響を知ることが難しいかにはいくつか理由があるようです.たとえば,詳しい人体実験を行うのが難しいこと,年齢や性別などにも影響される可能性があること,などです.同じ攻撃を吸収しても(グレイ),その種類によってはダメージが違ってくるので,それを考慮した値がシーベルトです.

ちょっとゲーム好きな人にしかわかりにくいたとえかもしれませんが,先のゲームの例えに戻れば,異なる種類の放射線にさらされるということは,異なる属性の魔法攻撃,水の攻撃や火の攻撃など,を受けている状況と言えるかもしれません.それは同じ魔法の力(マジックポイント)を使っても効果が相手や場合によって異なることに似ています.しかし最終的にはヒットポイントがどれだけ減ったかが重要なのです.そのための補正がかかっているものがシーベルト,と考えることもできるでしょう.ゲームに詳しくない人にはわかりにくいたとえだったかもしれません.

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図 9.1 放射線には種類がある (α・β・γ・中性子線,...)

また,同じエネルギーでも,短期間で大量に浴びた場合と長期間で少しづつ浴びた場合には生体への影響は違ってきます.ですから,昨日と今日のシーベルトをたしていくら,というのは問題があるはずですが,現在の所は私達にはシーベルト以上の良いものさしがないので,シーベルトが最善の単位として利用されているようです.人間には影響に強い線形性があるわけではありませんが,シーベルトは線形性があると仮定しています.と,線形性と言ってもわかりにくいかもしれませんが.たし算が使えるという意味に考えればとりあえずは良いでしょう.

たとえば,人間は醤油を一気に1リットル飲めば命が危険ですが,毎日少しづつ料理に使って,一ヶ月で1リットルならば(ちょっと使いすぎとは思いますが),一気飲みほどの危険性はありません.一方,ある種の毒は排泄されずに蓄積され,たし算が効いたりしますし,特定の伝染病では,ほんのわずかでも爆発的に効果があり,毎日のたし算以上の効果があるものなど,線形性の効果を及ぼすものというのは限られています.

しかし,シーベルトは毎日少しづつ浴びた場合と強いものを一気に浴びた場合でも同じであり,たし算ができると仮定した単位というのは知っておいても良いと思います.こう考えると,シーベルトは長さの単位のメートルほどには強固な単位ではありません.

ここで 1 mSv/y というものと 1 mSv の違いについて述べておきます.1 mSv/yというのは1年間そこにいると 1mSv の線量を受けるというものです.ですから,1mSv/y の場所に 2年いれば,2mSv となります.現在の日本の強制避難勧告の基準は,20mSv/y です.もし 20 mSv/y の場所があり,線量が変化しない場合にはそこに 5 年留まれば,100 mSv となります.この mSv/y と mSv の違いには十分注意して下さい.たとえばあなたが 10 mSv までなら大丈夫と判断した場合,1mSv/y の場所に 10 年を越えて住めば10 mSv を越える可能性があります.特に若い人達や子どもは,放射線の影響をより受けやすいという注意もありますが,より長く滞在する可能性も考えなくてはいけません.年間10万円を毎年支払うことと,1回だけ10万円を支払うというのは,意味が違います.この例では,mSv/y と mSv には毎年払いと1回払いの違いがあります.

さてここでようやく廃棄物の基準にはシーベルトとベクレルがあるという話ですが,廃棄物が一種類の放射性物質である場合には,放射性物質ごとにベクレルで決めるのが合理的でしょう.放射性物質ごとに危険性は違いますし,半減期も異なるからです.ですから,核種ごとにベクレルでの廃棄物基準があります.しかし,これが混ざっていたらどうなるでしょうか.廃棄物を純粋な元素毎に分離するのは手間のかかることでしょう.ですから,そのような場合には,特定の手法で線量を測定し,線量としての基準で廃棄物かどうかを決めるということになるでしょう.その場合にはシーベルトを使うということになるかと思います.

報道などでベクレル値かシーベルト値なのかを見た際には,この違いを考える方が良いのではないかと思います.セシウムのベクレル値で廃棄物を決めている場合ですが,そこには他の核種はないのでしょうか.(例: [1])たとえば,ストロンチウム90 は入っていないのか.などの疑問が起こってくるこ
とと思います.

また,測定器が何を測れるのかも注意が必要です.γ線量のみを測るものが多いということですが,放射線はそれだけではありません.

化学入門では元素の後につく質量数が何かという話がありました.ですから,「放射性セシウム」と言われた場合,セシウム 134 なのかセシウム 137 なのかの違いがあります.これが興味ある理由は半減期がセシウム134 は2年程度,セシウム 137 では 30年程度と異なるからです.セシウム 134 なら20 年たてば,ベクレル値は 1000分の1以下になるのに,セシウム 137 なら半分程度にしかなりません.ほんの少し,高校の化学を勉強するだけで,こういう違いがわかってくると思います.そしてその目で報道を見るといろいろとわかってくると思います.報道する方も短い時間に様々な説明をしなくてはいけないので,基本的な知識については時には入れられないことも私は理解できます.この豆知識があなたの目を少し変える,報道が何を言っているのかを理解する助けとなることを希望いたします.

おそらくこれは細かいことではあるのですが,放射線の安全性の基準は様々な条件: 組織,国,時などによっても変化する [2] [3] ものです.たとえば,日本の首相官邸の「みなさまの安全確保」 [4] によると,避難すべき期間的避難区域は 20mSv/y が基準であり,ウクライナの基準では5mSv/yが基準[5] となっているなど,違いがあります.これはどこが間違っているというものではなく,それぞれの基準にはどれだけのリスクを考慮しているという前提条件があります.その前提条件はその時の政府などが判断しています.その政治的判断の違いがあるために,安全基準は国や組織などで異なります.

結局,放射線のある所,何かのリスクは必ずあります.絶対安全はなく,しかし,一方で十分受け入れられるようなリスクもあるはずです.政府はある仮定に基づく放射線のリスクの基準となる値を文書で我々に提示しています.問題はこのリスクを取るかどうか,前提条件が妥当かどうかの判断が我々にある場合が現時点ではいくつもあるということです.(ただし,その選択が何からの形で強制され,実質的に選択できなくなることがあれば私はおかしいと思います.)安全性を考えるためには,まず,私達はその基準となる値を理解し,その仮定の妥当性を検討しなくてはいけません.それでも危険性は最終的に確率でしかない部分もあり,それについては市民として妥協できるのか,政策を変化させる必要があるのかは個々の判断となるでしょう.

ここで述べた単位の解説はその判断基準となる一歩です.そんなに簡単ではないとは思いますが,あなたの判断の手助けになることを希望します.

次回

今回はシーベルトの単位や線量が測定方法などによって変化すること,放射線の種類などちょっと技術的な話でした.私自身,こんなに難しいことを考えなくてはいけないということ自体が何かおかしいとも思います.しかし,自然には通常ない危険性が既に拡散してしまったのですから,それに対抗するためには新しい概念を知らなくては,その危険に無力になってしまいます.できればそんな新しい概念を知らなくてもよい,もっと他の生産的なことに時間を使いたいと思ってもある意味,開かれたパンドラの箱はもう閉じられませんので仕方ありません.また,安全基準は国際的なものもありますが,様々なものが国によって違うことも調べるとわかりました.日本の基準に関しては参考文献にあげておきますが,国によって基準が異なることや,また,基準値が変更されることもあるというのはちょっと気になるところです.

次回は最終処分でどれだけ核燃料などを安全に保存しておかなくてはいけないのかの時間として良く言われる「10 万年」にはどんな根拠があるのか,ちょっと考えてこの話を終わりにしたいと思います.

参考文献

  1. 河北新報, 宮城県知事、詳細調査受け入れ 最終処分場, http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201408/20140805_11016.html, (Online; accessed 2014-12-26)
  2. 厚生労働省, 食品中の放射性物質への対応, http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/shokuhin.html, 2014, (Online; accessed 2014-12-21(Sun))
  3. 厚生労働省, 食品中の放射性物質の新たな基準値を設定しました, http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/dl/leaflet_120329_d.pdf, 2014, (Online; accessed 2014-12-21(Sun))
  4. 首相官邸, みなさまの安全確保 http://www.kantei.go.jp/saigai/anzen.html/, 「計画的避難区域」及び「緊急時避難準備区域」の設定について, http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110422004/20110422004-2.pdf, 2011, (Online; accessed 2014-12-21(Sun))
  5. オレグ・ナスビット, 今中哲二, ウクライナでの事故への法的取り組み, http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Nas95-J.html, 2011, (Online; accessed 2014-12-21(Sun))

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