2016.6.14 (火) の 19:00 より,Sayonara Nukes Berlin の主催で「フクシマ原発事故の甲状腺ガン患者の苦悩」という講演が行なわれました.話者は西里扶甬子氏です.副題として,「フクシマ原発事故の甲状腺ガン患者の苦悩」とありました.
西里氏はドイツ国営テレビ放送 ZDF のプロデューサーとして活躍されておられるジャーナリストです.「福島の嘘 (Die Fukushima-Luege)」などのドキュメンタリーの制作に関わりました.今回はジャーナリストの視点から,福島の現状,問題点などの講演をして下さいました.
講演では特に章などはなく,連続的に続きましたが,このレポートでは,話の流れを以下のように分けてレポートします.
- 西里氏が取材をした人達の話の紹介
- 科学者 (技術者・研究者) とメディアのコラボレーションについての提案
- 除染事業の構造的問題
- 補償問題について
- ドイツ人の疑問
- 福島報道における諸刃の刃
- 福島第一原発事故から5年,現状は
- その他の問題
1. 西里氏が取材をした人達の話の紹介
a. 菅直人と小泉純一郎: 原発推進から反核へ
小泉氏はかつては原発推進をした立場だったが,「原子力はクリーンで安くで安全とずっと信じてきたが,それはみんな嘘だった.」と反対になった.このように,小泉氏は以前推進してきたことも積極的に発言しており,今は反省に立って立場を変えたとしている.
菅氏は事故時の対処に関して批判もあるが,しかし,浜岡原発を停止したことや自然エネルギーのための立法などに奔走したことなどがあり,西里氏はそれなりの評価をしているということであった.
b. 井戸川克隆: (元双葉町長)の以下の発言を紹介
- 政治(行政・官僚)は「国民のためという基準では動かない.」
- 行政と企業は「経済優先」というところで癒着している
- 政府と大企業は平気で嘘をつく
- ジャーナリストは怒りを持て
井戸川氏は,地域の行政側から被災者(被曝者)になった.地方の行政からすると,問題は山積している.たとえば,漁業復興ということを考える.漁業をする方々が漁業ができないという苦しみをどうするのか.しかし,安全を確認する前にすぐ再開することによる問題はどうなのか.
c. 大学の研究者
- 山敷庸亮京大教授: 汚染を運ぶ阿武隈側,海洋汚染などについて発表.
- 小出裕章: 反核の科学者
国立機関にいるものとして発言が難しいこともあることを紹介.
d. 汚染地域に住む被災者の人達
- 吉澤正巳: 黒毛和牛生産者
- 松村直登: 富岡町,避難時に受け入れ先で拒否された経緯などの紹介
e. 市民運動
- 根本淑栄: 県民健康調査の前線で起きていることの紹介.
土に生きる人達はどうしても作っている.福島産の野菜などを食べて助けようという人達と,ちゃんと測ってからにしようという人達,同じ福島県民の中での軋轢,分断がある.
2. 科学者 (技術者・研究者) とメディアのコラボレーションについての提案
コラボする分野は何か
- 廃炉作業の進捗状況 (核燃料の状況)
- 3 炉メルトダウンという大事故が起きた原因と経緯を明らかにする
- 住民の避難,ヨウ素剤配布や,同心円状の避難区域の設定,Speedi のデータ
- 隠蔽を含めた事故対応の反省と検証,責任の追求
- 風向きを考慮した避難訓練も実施されていたが,事故の時には Speedi データが出てこなかった.このようなことについての反省や検証はどうなっているのか
- 福島県民健康調査の嘘を科学的に,判りやすくみる必要がある
- 甲状腺癌発症の実態についての詳しい調査と報道の必要性
3. 除染事業の構造的問題
除染事業はゼネコンや,地域の建設業者などが請け負う.多くは除染の知識がない人達である.ゼネコンも地域の建築業者も原子力に関しては建設も請け負い,除染も受けおう.このために,事故の前は建築の仕事があり,事故が起きても除染の仕事になるため,事業者としては事故に関する関心は薄くなる.
4. 補償問題について
「人道と社会正義」に軸足をおいて監視するべきであろう.その際,中立はメディアにとって一番大切なことではない.客観的であることは必要であるが,腐敗や不正を暴く役割はメディアの役割であろう.なぜなら,被災者や一般人は弱い立場である.それを中立の立場のために,弱者側と権力側とを同じに扱うことはメディアに求められることなのであろうか? そうではないと西里氏は提案する.
5. ドイツ人の疑問 (2013年11月)
a. 日本人はなぜ怒らないのか.ドイツなら暴動が起きているはず.
ドイツにはチェルノブイリ事故の国民的トラウマ(ポジティブな意味で)がある.日本人は戦わない国民性,権力に支配されることに慣れている,あるいは支配されていることにも気がつかない,気がつく必要を感じない国民性があるのかもしれない.
b. これだけの事故でなぜ誰も逮捕されないのか? 責任は誰が取るのか?
班目春樹氏の発言などを挙げ,犯罪的嘘ではないかと疑問を呈している.また,説明を市民にする際に,ごまかそうとしているような発言は説明責任を果たしていないのではないかと疑問を呈している.たとえば,水素爆発時の「なんらかの爆発的事象が起きた」という発言など.
c. なぜ東電が今でも存続しているのか?
d. 日本のメディアはどうなっているのか?
6. 福島報道における諸刃の刃
a. 甲状腺癌患者 (2015 年12月31日集計で甲状腺癌及び,その疑いのある患者は 166 人) が内部告発的状況にあること
政府が因果関係を認めていない現状では,報道で自分の状況を告白しようとしても難しい.他の被曝者で潜在的な人々(まだ癌とはされていない人々)から,そういうことを言うと,今後差別されるかもしれないのでやめて欲しいという圧力があることもあると取材で判明.
被害者,またはまだ発症していないがおそれのある潜在的被害者は 0 から 18 歳という若者たちであるため,本人のみならず,親兄弟姉妹の苦悩が深い.西里氏は,過去ヒロシマ,ナガサキで行なわれた差別のような状況との類似を指摘した.たとえ,実際に甲状腺癌を発症し,手術しても,おそらく遺伝的なものであろう.などと診断されることがある.
b.汚染地域の明暗と除染事業
浜通り,20 キロ圏,30キロ圏,とその外側との補償や避難に対する援助に格差 がある.汚染や被曝の実態は同心円状ではない.ホットスポットなどがあるが その対応が困難である.
以下のような基準値の引き上げによる実態の深刻さを隠蔽
- 公衆被曝上限 1mSv/y から 20mSv/y
- 放射性廃棄物基準 100Bq/kg -> 8000Bq/kg (仙台湾の海底の泥 4000Bq/kg)
- 体表面汚染のスクリーニング基準の変更 13,000CPM -> 100,000 CPM (CPM = Count Per Minites)
- 原発労働者の緊急作業時被曝限度 100 mSv -> 250 mSv
- 30 キロ圏の外では避難していない人々が多く,報道の対象にもなっていない.
- 避難できない以上は除染はして欲しいとの住民の要望がある.
- 汚染物の行き場はまだない.生活圏(仮仮置き場) に積んである.
- 山や森の除染は無理
- フレコンバックは 3 から 5 年の寿命で,そろそろ寿命.
7. 福島第一原発事故から5年,現状は
2016年2月15日第22回「県民健康調査」検討委員会で発表された中間とりまとめの次のような要旨
「福島県の放射線量は低い,甲状腺集団のほとんどが受けた線量は 1 mSv 未満だった.甲状腺検査の最少年線量ではこれまでガンは発生していない.スクリーニング効果および,治療した場合は過剰診療になりうる.リスクコミュニケーションが不可欠である.」
と,最大の問題は Radiophobia (放射能恐怖症) という重松逸造氏などの言葉をひいて,一般人の立場からみると,論点のすり替えと非科学的詭弁に見える.事故は起き,危険はある.どういうものかを明らかにし,対処すべきではないのか.「放射線の影響は,実はニコニコ笑ってる人には来ません.クヨクヨしてる人に来ます.」で終わっていいのか,リスクコミュニケーションで対処する前にすることはないのか,という疑問を提示した.
第23回県民健康調査検討委員会(2016 年6月6日発表) で甲状腺癌の患者数が 166から 172 人になったこと,甲状腺癌家族会が 2016年3月12日に発足したことを述べた.これは,患者家族間の交流のための会で 311kazoku.jimdo.comにサイトがある.
8. その他の問題
- 廃炉事業,汚染水,凍土壁,労働者と被曝の問題
- 帰還問題
- 除染と廃棄物の保管問題
- 健康障害,メンタルヘルスという結論に抗して被曝手帳などを発行
- 補償の問題
- エネルギー問題と再稼動の問題
- 地震王国日本
- 特定秘密保護法,メディアの弱体化
最後に,核について長年とりくんでこられたことからか,最近の米大統領広島訪問についてのコメントがあった.
2時間に及ぶかなり長い講演であったが,講演中には会場からもコメントなどがあり議論もあった充実した講演会であった.
プロフィール
西里扶甬子 / Fuyuko Nishisato: 海外メディアの日本取材時におけるコーディネーター/フィクサー、インタビューアー、ディレクターとして活動。2001年からはZDF東京支局を中心に活動。現在はフリーランサーとして、これまでの経験を基に独自の取材を続けている。著書に「生物戦部隊731」 (2002年草の根出版会)。「七三一部隊の生物兵器とアメリカ」(2003年ピーター・ウイリアムズ、デヴィッド・ウォーレス著かもがわ出版) の翻訳。