b. 救済をうける権利 c. 生命と健康に対する権利 d. 関連する政策の決定プロセスに参加する権利を保障すること。 e. 核被害者の権利が侵害された場合に、国内および国際レベルの双 方で、効果的な司法もしくはその他の適切な支援を受ける権利
先住民族の権利 a. 先住⺠への差別・抑圧、植⺠地⽀配をなくす闘いへの⽀持と、先住⺠族の生存権と自己決定権の尊重が不可分であるとの視点に⽴った要求を求めるために、「先住民族の権利に関する国連宣言」は核被害者の権利の確立における最低基準である。
労働者被曝(職業被曝) a. 労災補償、放射線防護・健康管理、被曝リスクに関する情報を受ける権利。 すでに⽣じている被害の労災補償、⽇常の被曝管理及び被曝線量を 最小限にする放射線防護・健康管理、放射線防護や被曝リスクに関 する教育・研修を受ける権利。
b. 被曝線量の測定・管理をされながら労働し、定期的な健康診断を受ける権利。 原則的には被曝線量を測定・管理されながら労働するという被曝 労働者の特殊な⽴場での権利の⾔及が必要である。放射線被曝を 伴なう労働について、日々の被曝線量を完全に把握し、その結果 と健康に対する影響について、十分な情報と知識を与えられる。 健康に対する影響を調査するために、労働者は、定期的な健康診 断を受ける。
c. 被曝管理と長期的な健康管理を受ける権利。 廃炉や廃棄物管理、「除染」や輸送などの処分・管理に伴う労働者 の被曝の影響と健康管理の必要性は長期にわたって残るため、離 職後も生涯にわたって健康管理と医療を受ける権利を有する。そ の権利を証明する公的機関が発行した証明書を所持する権利を有 する。
d. 危険な放射線被曝を伴う労働の危険性に関する情報を知る権利と被曝労働を拒否する権利 危険な放射線被曝を伴なう労働について、事前にその危険性につ いて十分な情報と知識を与えられる権利を有する。労働者が「許 容」被曝線量を受けた場合の死亡率や障害発生率などのリスクが 事前に公表されなければならない。当該労働に従事するか否かは、 その都度、労働者の自由な意思決定に委ねられる。 e. 被曝労働を拒否する権利と差別されない権利 被曝労働を拒否した場合と被ばく限度に達した場合に、当事者の 要求をもとに「代替え職場」での仕事を保障すること。労働を拒 否した場合でも、労動契約上、何らの不利益を受けない。軍人か 民間人か、元請けか下請けかなどの雇用形態にかかわらず、差別 されない権利を有する。原発労働において、重層下請け構造のよ うな被曝押し付ける構造は許されず、これを無くしていかなけれ ばならない。無くすまでの間においても、元請企業は、末端の労 働者の権利も補償することに誠実に取り組まなければならない。 f. 関連する政策の決定プロセスに参加する権利を保障すること。 g. 権利を主張した場合の弾圧、差別、解雇、報復などの不当な罰 則の対象にならないことを保障すること。 h. 事業者は、被曝事故があった場合、これを正確に記録し、保管 しなければならない。
i. 事業者は、被曝記録の作成及び管理の責任者を明確にし、ヒバク シャの求めに応じ、何時でもこれを開示しなければならない。 j. 以上の諸項目に違反して、労働者を働かせた使用者は、民事上の 損害賠償責任を負うとともに、行政罰、刑事罰を科せられる。
住民被ばく(⼀般公衆の被ばく。ウラン関連産業及び核施設の周辺 住民、核実験風下住民、原発を含む核施設の重大事故時の周辺及び 風下住民、等を含む。) 放射線被ばくをした全ての人は以下の権利を有する。 a. 被ばく線量のいかんに関わらず、後記の医療被ばくを除く、追加 被ばくを本人の承諾なしに受けた場合には、核被害者(ヒバクシャ)として認められるべきである。多くの場合、正確な個人被ばく線量 の推定は困難であるので、核被害地域に居たり、入域したり、放射 性降下物(フォールアウト)を受けたという状況証拠があれば核被 害者として認められるべきである。 b. ヒバクシャは、自らの被ばくの推定線量を知る権利を有する。 c. ヒバクシャは、自らの被ばくが、自らの肉体的、遺伝的、心理的 健康に与える影響について、正確な情報及び知識を得る権利を有する。 d. 関連する情報の公開を請求する権利。 放射線の安全に関する情報 については、人と将来世代の生命と身体に影響を及ぼすため、生き る権利を行使することに影響するものであるから、国家や軍・核産 業の利益をこれに優先させてはならず、全ての者が情報公開を請求 することができる。 e. リスクに関する情報を得る権利。 一般人が許容被ばく線量を受け た場合の死亡率や障害発生率などのリスクが公表されなければなら ない。 f. 被ばくによる人の健康と環境への影響を評価する知識と経験を持 つ独立した科学者及び専門家に助言を求める権利。 g. 将来の被ばくを最小限に抑えるためのリスク低減政策や放射線防 護政策を求める権利。 h. 持続的な健康診断と最善の医療の提供を、放射線被ばくによって 引き起こされる可能性のある全ての疾病について自己負担なく受け る権利の保障。疾病は、がん・白血病などの悪性疾患に限定されず、非ガン疾患も含まれる。 i. すべてのヒバクシャは、その放射線障害によってもたらされる各種 の疾病を予防するための最良の措置を受ける権利を有する。
j. 放射線被ばくと疾病の関連の有無を証明する義務は加害者にある。加害者は被害者の疾病について「被ばくと関係ない」ことを証明で きないならば補償すべきである。 k. 予防原則に基づき、いかなる低線量被ばくであっても線量に応じ た晩発性障害のリスクがあることを認め、放射線被ばくと被害者の 健康障害の間に因果関係が推定されるとの法原則を確立しなければ ならない。 l. 放射線被ばくによる晩発性障害、遺伝的障害については、時間の 経過は賠償を求める権利に影響を及ぼさない。加害者は時効を主張 してはならない。 m. 核施設(原発やウラン関連施設を含む)において環境中に大量の 放射性物質が放出された事故が起こった場合、政府は以下を認めな ければならない。
医療被曝について a. 全ての人は医療被曝を必要最⼩限にとどめる権利を有する。 b. 被曝による健康リスクと患者の⽣命・健康を守るという患者に とっての利益を⼗分に説明した上で、患者⾃⾝が選択できる権利を 有する。(インフォームドコンセント) c. 患者と医療従事者の被曝害を防ぐため、低線量被曝にリスクがあ ることを含む、放射線被曝の健康リスクに関する独立した最新の研 究や情報について、医学教育と医療者への再教育(研修)が必要で ある。 d. 健診業者や私的医療機関の経済的利益を優先させない。
2022年8月に私は、フランスで高レベル放射性廃棄物最終処分場が計画されているビュールで行われた大きなビュールレスク反核・反原発フェスティバルに参加したが(報告記事:https://sayonara-nukes-berlin.de/ja/2022/08/18/%e3%83%93%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%83%ab%e3%83%ac%e3%82%b9%e3%82%af%e8%a8%aa%e5%95%8f%e8%a8%98/)、2025年の今年は、反核・反原発というテーマだけにとどまらず、現在世界で起きているあらゆる社会的政治的軍事的人道的環境・生態的問題点を取り上げ闘い、運動しているグループ、団体を総動員して「レジスタント」(抵抗運動自体は「レジスタンス」だが、レジスタントというのは抵抗するの形容詞でもあり、抵抗する強さ、堅牢さも指し、さらに抵抗する人たちのグループ、という意味にもなる。ただし、なぜ女性系の複数なのかははっきりしない。「闘い」が女性だからか?)という名のフェスティバルに参加した。これは、フランスのノルマンディー地方オルヌ県のサン・イレール・ド・ブリウーズという田舎の村で市民グループTerres de Luttes(土地を守る闘い、とでも訳すか)を主とする主催者により催された。このグループは、土地を不毛にするだけで、自然(大地)にとってもそこで生を営む人々や生物、植物、環境にとっても有害ばかりで無益、反民主的な大計画(土地整備・開発)に反対する各地の草の根の運動の間をつなげ、ノウハウを共有して連帯しているネットワークのような集まりといえようか。
3年前私が参加したビュールレスクの開催に協力したフランスの最大反核団体ネットワークであるRéseau Sortir du Nucléaireがこのレジスタントにも協力団体に入っていたため、反核・反原発テーマももちろん「抵抗運動」としてここで取り上げられていた(ちなみに、このネットワークも含む反原発・反核・処分場反対等の各団体は今年も共同で、9月にビュール地方で規模は3年前よりは小さいものの、最終処分場計画に反対するマニフェストアクションを計画している:La manif du futur : à Bure contre la poubelle nucléaire)
ここでは、上記のフランスの最大脱原発ネットワークRéseau Sortir du NucléaireとTerres de Luttesにより今回、ヒロシマ・ナガサキ原爆投下から80年ということで、広島平和記念資料館資料調査研究会委員、都立第五福竜丸展示館専門委員も務める奈良大学文学部史学科の高橋博子教授が招かれていた。それで私も彼女と知り合いになる機会に恵まれ、一緒に時間を過ごし、お話をうかがうことができた。彼女はヒロシマ・ナガサキ原爆による黒い雨・米核実験による放射性降下物の歴史的検証という研究を続けてきた方だ(著書に「封印されたヒロシマ・ナガサキ: 米核実験と民間防衛計画」、「核時代の神話と虚像――原子力の平和利用と軍事利用をめぐる戦後史」など)。
大体、司会者であるはずの人がいっさいモデレートすることなく、わざわざ日本から招待されてここまで来た高橋氏をしっかり紹介することも、彼女がこの「再軍備」のテーマの円卓会議で発言をすることの意味を語ることもなく、たくさんの世界各地の現在の「武力衝突・戦争に対する市民闘争」をしている人たちの話から浮き上がってしまう形になってしまったことがとても残念だった。しかも、彼女はこのフェスティバルで演説するために、彼女の今回の発言内容はすでに用意されていた英語のテキストが渡されてあったにもかかわらず、同時通訳者はそれをまったく読んでも準備してもいなくて、高橋氏の英語での発言の仏訳は間違いだらけだったと、飛幡祐規さんが嘆いていた。高橋さんの横に座って彼女の次に話をしたのが、Patrice Bouveret氏 (グループObservatoire des armements代表、武装監視市民グループとでも訳すか)だったが、彼の話が唯一、この円卓会議発言者の中で高橋さんおよびテーマに繋がる話をしたと私は理解した。
この司会をしなかった司会者はCoalition Guerre à la guerre(戦争に対する戦争連合、とても訳すか)という連合の代表で研究者のMathieu Rigouste氏という人で、現在は、植民地支配で培われてきた軍や警察の抑圧的暴力的な取り締まり方法が、治安問題における国内の「敵」に対して使われるようになっている、という視点から反軍備、反軍拡を主張しているようだ。このGuerre à la guerre(戦争に対する戦争)というのはもともと、アメリカの哲学者William Jamesが19世紀後半に確立した表現「War against war」の仏訳だ。この表現に対するWikipediaの英語版を読んでいたら、これは20世紀初頭にヨーロッパでも平和主義・反戦運動のスローガンとなった表現であり、平和主義アナキストだったドイツの作家Ernst Friedrichは、これに同調して「Krieg dem Kriege」というタイトルで1925年にパンフレットを出版し、この翻訳がヨーロッパ中に広がったという。彼は1924年にベルリンで反戦博物館(Antikriegsmuseum)を開館し、新しいラジカルな抵抗運動を提唱したという。もちろんこの博物館はナチス台頭でヒットラーが政権を取った1933年に破壊され、Friedrichもベルギーに逃亡せざるを得なかったようだが、彼はWar Against Warというタイトルで本まで出版している。(詳しくはこちらを参照:https://en.wikipedia.org/wiki/War_against_war)
ここで提唱された理想を継承する形で、現在ウクライナやパレスチナでの戦争をきっかけに、フランスやEU、そして世界全体が軍拡に舵を切っている状況に対し、これではいけない、その傾向に抵抗していかなければならない、と左派の団体や個人が集まってできたのがこの新しいGuerre à la guerreという連合だそうだ。ここに、反核・反原発の運動も参加すべきだという指摘があり、それに賛同するグループが加わっていくことになったらしい。ただ、この円卓会議はもともと、フランスで反核・反軍備をずっとやってきた前述の武装監視市民グループ(Observatoire de armements)の代表と高橋博子さんが中心になって進めるという計画だったはずなのに、Guerre à la guerreの運動が結びついたことで、この連合の中心的存在であるSoulèvements de la terre(大地の蜂起、とでも訳すか)連帯グループの人たちに、ある意味乗っ取られてしまった感じらしい。それで私の耳にも繰り返し「Guerre à la guerre」という言葉が聴こえた理由も納得できた。ただし、戦争、武装、軍拡に対し、どのように闘い、それを抑止、または縮小して平和への道を築いていけるかどうかのビジョンや、あらゆる武力闘争・戦争の共通の問題を問いただす視線は、ここでは覗えなかったと思う。
ただ最後まで耳に残ったのは、「Guerre à la guerre」だった。私は個人的には、Antikrieg、反戦、反暴力、反武装はもっともだが、戦争に対しても戦争・闘い、という表現を用いるのに抵抗がある。この表現には武力的、暴力的な印象があり、不適切に聞こえ、自分では使いたくないと思うのだ。Krieg dem Kriege、戦争に対する戦争、と言ったところで、具体的になにを示すのか? 戦争をやめるためには手段を択ばない、という立場には私にはなれない。戦争をやめるために暗殺やテロ行為を認めるわけにはいかない。「Guerre à la guerre」に参加している人たちがそういうことを主張しているというわけではもちろんないが、戦争に反対するばかりにそれに対し戦争を宣言してしまうと、そういうラジカルなものも許してしまうニュアンスが生まれてしまうので、私にはあまり使いたくない表現だ。とにかく、この「円卓」ならぬ円卓会議は、私にはとても不満なままで終わった。
ちょうど高橋さんが舞台で熱狂的な応酬を得ながら演説していているときに、大きな気球が「No Nukes」と日本語で「脱原発」と書かれた垂れ幕を付けて空に上がった。それから、紙のランタンがいくつもいくつも上げられていくのが見えた。高橋さんが拍手喝采を得て演説から戻ったときには、彼女の出番をコーディネートしてくれていた若い女性が「高橋さんが見られるように、最後の2つを取ってあるから、ぜひ一緒にきて」といって私たちをランタンを飛ばしている、少し離れた場所まで連れて行ってくれた。そこで、私たちは高橋さんとともに最後の2つのランタンに火を点けて、空に飛ばすのを体験できたのだった。レンタカーが故障して車が1台しかなくなり、移動が難しくなった私たちを助けて、車での送迎を引き受けてくれていたGuyさんという主催者の一人の男性が、その最後のランタンが空に昇るときに「No more Hiroshima Nagasaki, plus jamais ça!」としっかり声を上げていたのが嬉しかった。
We use cookies to ensure that we give you the best experience on our website. If you continue to use this site we will assume that you are happy with it.