
原発賠償関西訴訟の大阪地裁での第一審判決が2026年9月2日に出された。事故から15年、提訴から13年が経ったこの関西訴訟では、被ばくを避ける権利・被ばく防護権・命と健康に対する基本的人権を求め、原告団(合計79世帯、291名)が国と東電を訴え、闘ってきた。この長い年月、裁判官が途中で変わることもなく、79世帯すべてが尋問を受け、2025年12月にはこの訴訟の結審で、原告団長である森松明希子氏が心打つ最終陳述をした(以下にこのサイトでも紹介:https://sayonara-nukes-berlin.de/ja/2025/12/)こともあり、ここでの判決がどのようなものになるか、たくさんの人々が見守っていた。私も、遠くにいながらもはらはらする気持ちで、判決後の弁護団と原告団の記者会見をライブ配信で見たので、そこでの弁護団の判決の分析とコメント、そして原告団の話等をここに要約する。
残念ながらこの判決は、2022年6月17日に、フクシマ原発事故をめぐり、同じように避難者らが国に損害賠償を求めた集団訴訟4件(生業訴訟、群馬、千葉、愛媛)で国には責任がないとした最高裁判決を、ほぼ踏襲する(文面もほぼ同一の箇所が多いとの弁護団の説明)、失望感に襲われる内容だった。松本展幸裁判長は、深く説明することもなく、5分足らずで逃げるように法廷を去ったということだ。
判決後に弁護団と原告とサポーターが記者会見を行い、弁護団はそれぞれ判決の分析説明とそれに対する批判とコメントを述べ、原告も多くの人たちが心境と控訴への決意などを述べた。
判決文に対する弁護団の説明分析から
金子武嗣弁護団長はまず「これだけの事故で実質的な責任を誰も取らない状況を司法が許している。司法の役割を一切放棄する内容だとしか取れない内容。本当に恥ずかしい」と語り、それから白倉典武弁護士などの弁護士が、以下のコメント分析を語った。
2022年6月に最高裁が国を免罪してから、それを内容的にただ追従し、結果ありきで、この裁判で原告団が弁護団を通じて訴えてきたあらゆる内容にまったくこたえていない。
国は、原発事故が起きてからだけでなく、原発政策から原発推進を進めていく中、運転許可から監査・安全対策等まで、あらゆることで責任を担う立場にあったのにも関わらず、「何もしなかった」「何もしていない」ことがここで問われている、だからこそ、その何もしなかった・(今も)何もしていないことの責任をとるべきだと主張してきたが、司法がここでしているのは、国は「なにもしなくてもいいのだ」というお墨付きである。津波が起きる、大地震が起きる、その他いろいろな安全上の問題・危険があっても、国策である原発をどんどん建設させ、運転許可を出し、推進してきた国が、フクシマ事故の責任をとらないなどということがあっていいものか。
また、原告側は、SA対策(シビアアクシデント苛酷事故に対する対策)についても不備があったことを指摘してきたが、その点に対してはまったく判決では無視。
空間放射線量の問題にしても、年間1ミリシーベルトまでが通常適用されている許容値であったものを、その後に20倍に上げ、それ以下は「影響なし」として住民に対する対策が取られていないことに関しても、耳慣れない「放射能緊急時」という言葉を使い、これは、それまで「放射能緊急時」での公衆防護のための規定を設けてこなったからであり、1mSv/年というのは平時の管理基準として設けられている基準に過ぎなく、健康への影響を与えるか否かという基準のために定められたものではない、だから関係ない、いわば「後だし」であるところの20mSv/年は、以前なかった「放射能緊急時の規定」に相当するとの見解を示し、原告側が提出していた放射能被ばくによる健康への影響に対するさまざまな研究論文・データなどは一切無視された。
また、原告団は79世帯291名で、総額29億円を請求していたが、国はこの判決では全面的に免責されるため、東電に命じられた支払総額は約9049万円だ。この79世帯のうち、58世帯がいわゆる「自主避難者」、そのうち損害賠償を認められたのが47世帯、避難指示が出ていた地区からの避難者では10世帯のうち5世帯だけが損害賠償を認められた(理由は、すでに強制避難者に対し与えられている支払いで十分に賠償されているから、というもの)、それから福島県外からの避難者では11世帯が原告だが、このうちたった1世帯(宮崎県からの家族)しか損害賠償は認められなかった。
弁護団の方々からの分析・コメントのあと、森松明希子原告団長をはじめ多くの原告とサポーター、この判決のために各地から集まってきた支持者、他の原発訴訟の元・現原告や弁護士等が、判決後の心境・批判、そして新たな志を述べた。
ここに胸に染み入った言葉を書き留めたい。
原告団長森松明希子氏:「司法がなすべき判断を放棄、人権を守るという責任を放棄した、いや放棄どころか司法の自殺としか言えない判決だ。放射能被ばくから身を守りたいという当たり前の権利主張についてはことごとく無視している」。原告のうち97人が発生時に未成年だったことを踏まえ「一番認めてほしかった、被ばくに脆弱な子どもの被害が、この判決ではまったく認められていない。原発事故の被害とはまず、被ばくの被害なはずだ。次世代への被害を認めなければ同じことが繰り返される。そしてそのことに国はもちろん責任があるはずなのに、その国の責任を認めないというのはまったく受け入れられないので、国に対して責任を求めるという意味で、私は必ず控訴したい。子どもを守る大人の責任としても、国の責任を求めないでいるわけにはいかない。放射能緊急時という名で、なんでもありにしてしまい、法治国家を装いながら法を平気で破っている、それを司法がまた許してしまっている、そのことを認めるわけにはいかない」
武石和美氏:「判決はたったの5分。提訴からの13年は何だったのか。あまりにもあっけない」
菅野みずえ氏:「福島県内の弁護士会は事故後、『原発災害の訴訟にはかかわらない』という表明をした。それでほかの県からのサテライト法律事務所が多くできた。この弁護士団の弁護士たちが呼び掛けてくれて、裁判に踏み切ることができた。そしてサポーターの皆さんがこれだけ応援し駆け付けてくれたので、ずっと大法廷で闘ってこれた。そのことに感謝したい。
私の孫は幼稚園で「知らない人と話しちゃいけない」と教わってくる。しかし、かつて私たちがいたところでは、知らない人などいなくて、『あんたのじいさんは』と昔話を話してくれる人ばかりで、子どもは地域の宝だった。そういう地域のつながりがある暮らしがあったのに、それを孫に伝えてやれない悔しさ。地域の宝として育つことのない子どもばかりになる日本。今日は司法の葬式と覚悟して、喪服で来たが、その通りになってしまった。
私がかつて住んでいたところに、イノベーションコーストができ、県外から子どものいる家族が呼び寄せられている。経済的に困っている人たちにお金をばらまいて呼び寄せている。私の様な年寄りですら、もう帰れない、と思っているところに、県外の子どもたちが来て住んでいる。そして事実に気が付いて、貰ったお金を返そうとしても、それを返すことができないので、そのまま住み続けなければならなくなっている。今は帰還困難区域のバリケードも撤去されてしまい、どこかわからなくなっている。そこに子どもたちが犬を連れて散歩に来るのを、どう止めていいかわからない。それを見るたびに、この国は子どもたちを捨てている、と思う。貧しい人たちから切り捨てていくのが国なのだ、と。
フクシマ事故、と呼ばれるが、あれは東電という会社が企業の社会的責任をしっかりしなかったので起きた事故なのだから「東電原発事故」と呼んでほしい。福島県から避難してきた人たちが確かに多いが、フクシマ事故と呼ぶことで、福島県外から避難する人たちも切り捨ててしまうことにつながるから、それはやめてほしい。今軍需産業が住めなくなった土地にどんどん入ってきているように、国や企業は、事故が起きた後、どのようにそれを有利に展開できるか、実験台にしていると私は考えている。私たちは、原発が爆発したから避難し、避難の権利を訴えているが、皆さんの場合は、避難の権利ではなく、避難せずに済む権利、避難しなくてもいい暮らしを選べる権利を求め、それはつまり、原発をなくすことなので、それを勝ち取ってほしい。私もそのためにも、これからも国の責任、東電の社会的責任を求め、闘っていく」
兵庫訴訟で闘った津久井弁護士:「悪い政策を、実現するために権力者は何をするか。選挙で勝つのではない、諦めさせること。諦めさせる方法は3つある。
絶望させること。言っても無駄だと思わせること。力尽きるまでくたびれさせること。そういう政治に抗うのが司法なはずだ。なのに、そんなことをするのは無駄だと、司法が人に思わせるなどというのでは、これはまったく司法の自殺だ。今、私たちに何ができるか。諦めないことだ。」
応援に来ていた黒川眞一理学博士「私は物理学者としての経験を使って、裁判の意見書を書いたり、私の立場でできることをやってきた。一人の人に対する不正は、万人に対する不正だ。一人の市民が踏み躙られることはでも、全ての市民も同様に踏み躙られるということだ。だから一人でも不当な扱いを受けたら、我がこととして立ち上がるべきだ。国と東電がここでやっているのは『暴力』であり、不正である。それに対して闘わないのは、私は末代の恥だと思うので、闘っていきたい。」
俳優で被ばく者との交流を続けてきた斎藤とも子氏:「これまでとても人間的な好印象だった裁判長は、今日は法廷に入るとき、これまでに一番悪い表情をしていて、5分くらいで判決を読み上げると逃げるようにさっさと出ていった。後ろめたさがあったのか、なにか大きな力が働いていたのかと感じさせるものだった。
今度の判決でも国の責任が認められなかったということは、これからは何が起きても、何があっても、国は責任をとらない、とらなくていい、というお墨付きを司法が与えてしまうことになった。それを私たちが認めてはならない。閾値がないと言われている放射能の線量で、低線量でもそれを浴び続けて病気になる人、高線量を被ばくしても病気にならない人もいるが、病気が出る出ないかではなく、病気になる可能性がある、体に影響を及ぼす可能性があるものを、これからも続けるのか、それを認めるのか、ということが皆、自分の問題として問われている。それを各自が自分の問題として問い続けていく必要がある。」
神戸新聞の記事では、樋口英明氏(関電の大飯原発訴訟の差し止め判決を出した元裁判長)のコメントも出ていた。
https://www.kobe-np.co.jp/news/society/202609/0020775354.shtml
「被ばく放射線量の限度を年間1ミリシーベルト以下と決めた法を信じ、多くの人が避難した。それが認められない判決は理解できない。国の責任を否定した22年の最高裁判決に反対した裁判官の主張にある通り、現状の因果関係ではなく、当時どうすべきだったのかを問うべき。法のプロならどちらが正しいかは一目瞭然だ。」
判決直後に行われた記者会見の場で、弁護士団、原告団、そしてサポーター、その他の原発事故裁判で闘った弁護士や原告の方たちなどがそれぞれ、国の責任を求めるため、この2022年の6月の最高裁判決の踏襲であるおそまつな判決を大いに不服として、控訴し、「第二ラウンド」へ向かう決意を新たにした。
国策が間違っていれば、その誤りに気づいた人が声を上げ、間違った方向を正さなければならない、原発事故について、国の責任を認めさせるために控訴する意義は、まさにそこにある。地裁はだめだったが、高裁、最高裁と、三審制の中ではまだ通過点に過ぎないから、これからも権利擁護のために闘っていきたい、と原告団長の森松氏も翌日(2026年9月3日)メッセージを出した。





