鎌田 原発というものはもちろん原爆からできてきたんですけど、きわめて大きな破壊力のある兵器を平和利用にするんだという形で日本人を洗脳したんですよね。日本人は2回もの体験があって原爆の脅威をすごくよく知っているわけですから、人類にとって最も悲惨なエネルギーを平和利用するためには、そういう教育をものすごくやられたわけです。アメリカからヒロシマとかいろんな地域で核を平和利用するんだっていうメッセージですね。アイゼンハワーが1953年の国連総会で提唱した“Atoms for peace”*¹って平和のための原子力、核の平和利用、それを読売新聞などが博覧会なんかをしてずうっとすり込んできたわけです。もともときわめて悪魔的なものを平和のためにと言い換えて、残っているウランなどを日本に売ろうと言うのが当時のアメリカの作戦。そうして日本で原発が作られるようになった。しかし平和利用といっても日本ではやっぱりなかなか信用が得られなかった。各地では反対運動が起きた。原発は原爆と同じで怖い。いくら新たに洗脳しても感覚的に怖かった。それを払拭しきれないうちに作っていく中でまずお金を配った。60年代から作りはじめ、一挙に作られたのはオイルショックの後、田中角栄の電源三法*²を契機にお金を配る、補助金を出すっていう政策。言いたいのはずうっと反対運動があったってことです。反対運動が負けたところは作られて、勝ったところは作られなかった。日本の場合は9電力、電力会社が九つしかないから、そこに上がってくる電力料金は膨大な量なんです。完全独占です。それを資金にまた地域に配るとか、お金なんですよ。政府のお金と電力会社のお金が配られて原発が作られてきた。存在自体がきわめて非民主主義的な存在ですよね。いつ爆発するかわからない点でも人類、命にとっても非民主主義的だし、建設過程でも非民主主義的なんです。例えば漁業協同組合の組合員の三分の二が賛成すれば原発の周りの漁業権を放棄するんです。そのためにも幹部のお金の買収などがある。その議会の賛成派っていうのはほとんど工事をやる人たちなんです。そういう地域の民主主義とか、議会の民主主義とか、協同組合の民主主義とかそういうのをぜんぶ潰してきたんです。どれだけ被害があっても、地域では原発再稼働してくれって言う声が上がってきているし、地方自治体も県もぜんぶ、民主主義が機能していないんです。住民が反対しても地域では稼働できるようにもなっているんです。地域にお金が流れるっていうことなんです。というわけでお金が配られるところでは民主主義が破壊された。それから秘密でよくわからない、事故が発生してもよくわからない、運転過程の非民主主義。
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