「脱原発の輪」カテゴリーアーカイブ

日本在住の漫画家ダビ・ナタナエルさんに聞く「核エネルギーと民主主義」

[:ja]福島の原発事故から5年、チェルノブイリの事故から30年の節目の今年、この2つの事故日である3月11日から4月26日までの7週間の間、ベルリンで「核エネルギーと民主主義」をテーマにProtestival2016を開催します。そこで様々な職業人の立場からいただいたテーマに沿ったインタビューを連載中。第五回目はドイツ出身で日本在住の漫画家ダビ・ナタナエルさんにお話を伺いました。 続きを読む 日本在住の漫画家ダビ・ナタナエルさんに聞く「核エネルギーと民主主義」

マック赤坂さんに聞く「核エネルギーと民主主義」

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12月23日渋谷駅ハチ公口にて

12月23日都内のカフェにて

福島の原発事故から5年、チェルノブイリの事故から30年の節目の今年、この2つの事故日である3月11日から4月26日までの7週間の間、ベルリンで「核エネルギーと民主主義」をテーマにProtestival2016を開催します。そこで様々な職業人の立場からいただいたテーマに沿ったインタビューを連載中。第四回目はスマイル党のマック赤坂さんにお話を伺いました。

「核エネルギーと民主主義は全然関係ない、結び付かないもの」

-原発に反対するようになったのはいつからですか

マック 私の場合は反原発で立候補しているわけではない、恒久平和なんです。スマイル党だから。その平和を阻害する一つの要因だよね、原発は。代替エネルギーもいっぱいあるわけだから、それを開発するのが第一義であって、原発を続けるというのは平和に反する。だから反対してきたわけです。

-実際に国会に入ったとして原発に対して何ができますか

マック 反核だからね、私は。原子力を発電に使うと、ある意味では平和利用なんだけど、原子力っていうのは武器になる。その原子力に私は反対するわけです。それが平和に使われようが武器に使われようが、人体にも影響することからも、原発はできるだけすみやかになくして、代替エネルギーを開発する。

―日本を何とかしたいと考えた時、ストレートに政治に関わって行く事、立候補に向かったマックさん

マック 私はスマイルセラピーだからね、基本は。スマイルを広めたいということです。日本の人は未だに全然スマイルができない。それとやっぱりマインドがネガティブだよね。鬱病だらけじゃない、日本人。アメリカでさえ鬱病患者がどんどん増えてるわけですよ。だから私が出る意味あるんじゃないかということですよ。で後はやっぱり平和だよね。いま、自公政権はとんでもないことやろうとしてる。徴兵制にもつながる。それこそ核兵器の核武装につながって行きますよ、そのうち。

-選挙の他には個人としてこれから何をしていきたいですか?

マック 私は3つ持ってる。ひとつは貿易業でレアメタル、それからスマイルセラピー、もうひとつはスマイル党ですね。この3つ!

-マックさんの会社の方はみなさん笑っていますか?

マック いや、必ずしも笑ってないよね(笑)

―世の中の人が笑っていないということですが、何かメッセージがありますか

マック 下を向いて歩く人が多いよね日本人。もちろんスマイルもできない。下を向くと同時にまわりを見るよね。なんで自分の思想と哲学で行動しないのかなと。着るものもそうじゃない。まわりを見て自分の服を決めるよね。私なんか自分が着たいから着るんだ。そこが日本人の永遠にダメな点だろうな。自分を持ってない。世間で自分の思想を決める、世間体を気にする、まわりを気にする、いわゆる自立してない。大人としてまだ成熟してない。それは常に感じる。で、それを変えようとしてる。それが政治家の仕事かっていうとそれはまた別だろうけど。

マックさんはそう言ったけれど、政治の悪さが経済や社会を悪くして、結果として人々から笑顔を奪ってるという現実もある。例えばベルリンはドイツの中でも貧しい街だ。連れ子を抱えて学生結婚をした我が家をはじめ、今までにも経済的に豊かとは言えない人々をたくさん見てきた。でもほとんどの場合、人々から暗さは感じられない。福祉は充実しているし、みんな自分を持っている。お金がなくても笑っていられる社会がそこにある。ベルリン前市長は言った。「ベルリンは貧乏だけどセクシーだ」ベルリンに来てから、日本ではみんながどれだけたくさん働いて、様々な重圧に耐えているのかを感じるようになった。人々が笑えるようになる社会ってのはやっぱり政治でだって変えられると思う。マックさんには今後とも恒久平和とみんながスマイルできる社会づくりをぜひとも目指してほしい。

渋谷の駅前で踊るマックさんの元へ、笑顔の若者たちが何度となく一緒に写真を撮らせてくださいと歩み寄った。 「10度 20度 30度!スマイル!」

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マック赤坂:(マックあかさか、1948年9月18日 ‐) 日本の政治活動家、実業家、セラピスト。財団法人スマイルセラピー協会会長、スマイル党総裁。2007年の第21回参議院議員通常選挙への出馬を皮切りに、じわじわと得票数を伸ばしている。東京、大阪、新潟都知事選、また大阪市長選にも出馬経験あり。著書に「笑えばハッピー スマイルセラピー 口角10度アップであなたの人生こんなに変わる」、「何度踏みつけられても 「最後に笑う人」になる 88の絶対法則」がある。
スマイル党 公式HP http://smileparty.info/

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Protestival 2016[:]

小熊英二さんに聞く「核エネルギーと民主主義」

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12月23日渋谷アップリンクにて

福島の原発事故から5年、チェルノブイリの事故から30年の節目の今年、この2つの事故日である3月11日から4月26日までの7週間の間、ベルリンで「核エネルギーと民主主義」をテーマにProtestival2016を開催します。そこで様々な職業人の立場からいただいたテーマに沿ったインタビューを連載中。第三回目は慶応大学の教授で社会学者の小熊英二さんにお話を伺いました。

「核エネルギーと民主主義は基本的には相容れないものだと思います」

小熊 核エネルギーと云うのは性質上情報公開もなじみにくい、秘密にせざるを得ない部分が大きいです。専門家が扱わなくてはいけないので専門家の裁量が大きくなりやすい。

小熊さんが原発に対する反対運動に携わるようになったのは80年代半ばと云う。それまでには反核兵器の音楽イベントをやるグループに関わっていたので、チェルノブイリの事故後は反原発も掲げるように。

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小熊英二さんと香港の社会学者・張彧暋(写真右手)さん、香港の「雨傘運動」で学生グループのスポークスマンとなった周庭(写真中央)さん

私が小熊さんに面会したこの日は、2015年9月19日から日本各地で公開されている、社会学者である小熊さんがはじめて監督されたドキュメンタリー映画「首相官邸の前で」の渋谷アップリンクでの上映日で、映画の後にはゲストに香港の社会学者・張彧暋(チョウ・イクマン)さんと、香港の「雨傘運動」で学生グループのスポークスマンとなった周庭(アグネス・チョウ)さんを迎え、小熊英二さんとのトークショーが。座席はほぼ埋まり、シリアスな問題ながらユーモアたっぷりの3人の軽快なトークに会場からは笑いの声も。日本の市民運動の情勢は、香港の学生たちにも知られ、また自分たちの運動との違いについてもよく考えられていることがわかった。映画「首相官邸の前で」は、一般市民から元首相を含む、様々な背景を持つ8人のインタビューと、真実をありのままに映す現場のライブ感あふれる映像によって作られている。311を受け、従来の活動家のみならず私たち一般市民が首相官邸前で行われる反原発集会に足を向けるようになった過程や、引きこもって自死を考えるまでにもなったある福島県民がいつか涙をこらえマイクを持ち現状を訴える姿も。

―311以降は一般市民による反原発運動が広がりを見せているが

小熊 それは当たり前と云えば当たり前であって、映画でも描きましたけれども、福島第一原子力発電所の事故があって、東日本の人はみな本当に怖かった。当時の東京の町は、節電で繁華街が真っ暗になり、食料品の買い占めで店頭から物が消えた。いまから考えれば相当な異常事態で、当時は緊張状態でした。いまでも、東京の人に「3月11日当時は何をしていましたか」と聞けば、タクシーの運転手だろうと政府の役人だろうと、みな答えますよ。恐怖の記憶は、深く刻印されているでしょう。ただし西日本では必ずしもそういう経験はしていませんし、一時ほどの生々しさはない。とはいえ、反原発意識の定着と、広範な社会層の運動参加があることは事実です。

―民主主義に基づいて、これからしていきたいことはなんでしょう

小熊 私についていえば、私は学者です。だから、まずいちばんは、人々が考えていたり、願っていたりはするけれども、なかなか言葉や形にならないものを、言葉にするような回路を作っていく事です。その為に情報や知識を集めたり、物の言い方を基礎づける社会科学の理論や哲学を勉強し、それ使って上手く表現する手段を考えている。それらを自分だけでなく、人が使えるような形にもしたい。映像を編集したのも、基本的にその一環です。歴史的な記録であり、どういう人たちが参加していたかの社会調査であり、あの運動が何であったかのナラティヴの提示です。

―この運動の未来に希望はありますか

「原子力の問題については、私は全然悲観していません」

小熊 原子力の問題については、私は全然悲観していません。石炭産業と同様で、もうピークを過ぎた産業であることは明らかです。人権意識と情報公開と民主主義が定着している社会では、原発は安全対策などのコストがかさんで、経済的にも成り立たない。今は先進国では作れないので、発展途上国の方に輸出しようとしているのはむしろ問題ですが、先進国では日本を含めて下り坂なのは明らかだと思います。こういう状況で、原子力産業が生き残るために政治的な保護を求めたり、全体的な経済の流れに逆らってお金の力を使ったりしているのは、私には苦しいがゆえとしか見えません。純粋に原子力に関してだけ云えば、もう勝負のついた問題だと思っています。他の問題もからんでくると、そう簡単ではありませんが。

―ベルリンのプロティスティバルでも、なんと3月18日に小熊英二さんをお招きしての上映講演会が決定「首相官邸の前で」たくさんの方に観ていただきたいですね!

小熊 観ると気分が良くなる映画だと思いますよ。人々が、不当な事や恐ろしいことが起こった時に、当然の反応として声をあげて立ち上がってくる過程を描いたものですから。人間が当然の反応として声をあげたり、怒ったり、悲しんだりする姿を見るのは、とても健康的な事だと思っていますし、見た人もポジティブな気分になれると思います。それをいろいろな国の人に見てもらう事で、日本の住民も、言葉が通じなくてもやっぱり人間なんだということが、分かってもらえればいいと思う。

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小熊英二:(おぐま えいじ、1962年9月6日 – )は、日本の社会学者、慶應義塾大学教授。専攻は歴史社会学・相関社会科学。著書・共著多数。「<民主>と<愛国>――戦後日本ナショナリズムと公共性」「生きて帰ってきた男」など受賞歴多数。趣味のギターではライブ活動やアルバムリリースも。詳細はQuikion公式HPにてhttp://homepage2.nifty.com/fhifan/index.html

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―私は、この出来事を記録したいと思った。自分は歴史家であり、社会学者だ。いま自分がやるべきことは何かといえば、これを記録し、後世に残すことだと思った。(中略)この映画の主役は、映っている人びとすべてだ。その人びとは、性別も世代も、地位も国籍も、出身地も志向もばらばらだ。そうした人びとが、一つの場につどう姿は、稀有のことであると同時に、力強く、美しいと思った。
そうした奇跡のような瞬間は、一つの国や社会に、めったに訪れるものではない。私は歴史家だから、そのことを知っている。私がやったこと、やろうとしたことは、そのような瞬間を記録したという、ただそれだけ―(公式サイトの“監督の言葉“より一部抜粋)

映画「首相官邸の前で」公式サイト http://www.uplink.co.jp/kanteimae/

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Protestival 2016

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大切なあなたの一票を海外から届けよう―在外選挙の呼びかけ

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日本国外在住のみなさん、在外選挙人登録はもうお済みですか?

※2016年に書かれた記事ですが、記事の終わりにある在外選挙を呼びかけるためのフライヤーをいつでもどこでも配布できるよう更新してあります。ぜひご活用ください。今回が間に合わなくとも、この機会にぜひ在外選挙への登録を。(2017年更新)

今年2016年の夏(6月下旬以降)に参院選があります。この参院選は、連日ニュースで伝えられているとおり、野党共闘初の選挙となり、自民・公明とそれ以外の党というかたちで二つの選択肢が明確に提示される選挙になります。私たちベルリン在住の日本人グループSayonara Nukes Berlin(SNB)は、今度の参院選を前に、みなさんにぜひ在外選挙制度を活用していただくよう呼びかけています。

今回の参院選で自公が2/3以上の議席を占めることになれば、憲法改正が現実となってきますし、川内原発や高浜原発につづいて他の原発も再稼働される可能性が出てきます。日本の未来がどうあってほしいか、今回の選挙を機会に海外からあなたの意思を票にのせて送りましょう。

申請から在外選挙人証を受け取るまでに2~3か月かかります。まだお持ちでない方は、ぜひ今から準備をし、夏の参院選に備えましょう。

申請の流れ(総務省ホームページより)

http://www.soumu.go.jp/senkyo/pdf/061025_02.pdf

在外選挙関連申請書一覧(外務省ホームページより)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/senkyo/shinseisyo.html

さらに詳しい情報は下記Q&Aでチェック!

Nさん(81歳・ドイツ在住43年)のおはなし

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『1970年代ドイツで「海外在住の日本人にも投票のチャンスを」という運動を一人で始め、日本に一時帰国した時に当時の自治省の担当者などに会って希望を伝えましたが、何年も何も起こりませんでした。そのずっと後になって、アメリカ在住の大勢の日本人の運動が実り、2000年から海外の日本人も投票できるようになりました。なかばあきらめていた私はすごく喜び、以来1度も棄権したことはありません。私たちは一票で日本の政治につながっているわけですから、この権利を海外でも行使するのはとても大切だと思っています』

 

在外選挙Q&A

Q. 日本と出てくるときに転出届をだしていないのですが、在外選挙人証を取得することができますか?

A. ①在外選挙人証を取得するには、まず市区町村役場に転出届を提出し、日本での住民登録を除籍しておく必要があります。転出届を行わないと日本国内の選挙人名簿に登録されたままとなるため、在外選挙人名簿に登録できません。

②転出届けは代理人でも可能です。代理申請に必要な書類は:

1.パスポートのコピー(出国した日付が確認できるページと、本人確認ができるページ)

2.出国してから14日以上たってしまった場合は、遅れた理由を一筆書いたもの(原則として、1年以上転出する場合は、転出届を出すのが義務なため。)

3.同じ世帯同居人が代理ではなく、一人暮らしだった場合、代理人は上記の書類のほか申請者の委任状の提出が必要。(様式は各市町村のホームページなどでダウンロードできます)

Q. 移転先でまだ在留届を出していないのですが。

A. 在外選挙人登録申請には、在住の地域を管轄する日本大使館または領事館等に「在留届」が提出されている必要があります(オンラインでも簡単に届け出ることができます)。在外公館に出向いて在留届を提出する場合、一緒に在外選挙証を申請することができます。

在留届について(在独日本大使館ホームページより)

http://www.de.emb-japan.go.jp/nihongo/konsular/001zairyu.html#zairyu

Q. 国民年金を払い続けるために、日本に住民票を置いてきたのですが。

A. 日本に住所がなくても国民年金を払うことができます。転出届を出す前に、年金課で「任意加入」の手続きをすれば可能です。

Q. 在外選挙人登録申請は郵便でもできますか?

A. パスポートの提示など本人確認が必要ですので、必ず本人が在外公館に出向く必要があります。

この他にもご質問などありましたら、どうぞお気軽に、sayonara-nukes-berlin@posteo.net までお送りください。

在外選挙呼びかけフライヤーを印刷用にダウンロードする ↓

在外選挙制度2017 呼びかけ更新版_表

在外選挙制度活用の呼びかけ_裏

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木内みどりさんに聞く「核エネルギーと民主主義」

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12月23日都内のカフェにて

福島の原発事故から5年、チェルノブイリの事故から30年の節目の今年、この2つの事故日である3月11日から4月26日までの7週間の間、ベルリンで「核エネルギーと民主主義」をテーマにProtestival2016を開催します。そこで様々な職業人の立場からいただいたテーマに沿ったインタビューを連載中。第二回目は女優の木内みどりさんにお話を伺いました。

木内 政府のやり方は本当に汚いと思うんですよね。原発再稼働するのも核を持っていたいわけじゃないですか。プルトニウム一杯ためこんで、ロケット技術もそれの一貫ですよね。日本は核を持っていないと言っているけどいつでも核にできる材料も技術も準備万端。やり方が汚いですよね。どうしてみんな怒らないんだろうって不思議なんです。でも、少なくともわたしは自分の目で見て、自分が考えて、人の考えと違ってもぜんぜん怖くない。千人が千人、一万人が一万人左に行ってもわたしは嫌だったら右に歩いて行きたい。一回きりの人生の手綱を誰かにゆだねたり、取られたり、牛耳られたりするのはまっぴらなんです。

―311以降、木内さんは“開眼された”という事ですけど、それまでにこうした運動に関わりを持っていましたか

木内 何にもなかったです。デモなんかに行き交うと迷惑だなー嫌だなーうるさいなーちっとも素敵じゃない、逆効果じゃないかって思ってました。政治は汚い嫌なものだって思い込んでました。でも311以降そんなこと言っていたら自分の命に係わるって思ったんです。よくよく見てみたら、この国はでたらめで嘘ばっかりだぞ、新聞は嘘を書くし、NHKも嘘を言うし、多くの大人は全く本当のことを見てないっていうことに気が付いた。やっぱりこの国の一員なんだ、その一員としての権利も欲しいし、義務もちゃんと果たしたいと思いました。日本国民のひとりなんだと初めて自覚しました(笑)

従来のデモや運動のやり方に、ちょっぴり疑問を抱いた木内さん

木内 偶然そこにいるだけの人々に、私たちは正しいんだ、アンケートを書きなさい、署名をしなさいみたいな上から目線では人の心は動かない。今までの古いやり方に嫌悪がありました。だから違うやり方違うやり方って考えて探して試して。団体行動が苦手なのでどこにも属したくない。いつもいつもひとり行動です。誰にも強制されたくないし、したくない。選挙の応援でも自分で交通費や宿泊費用を払ってきたから、誰に何を言われても自分でいられます。

―脱原発を願って、候補者の応援演説に駆け付けた木内さんを待っていたのは、続く演説日に応援のない現実。木内さんはご自身の信念のために、なんと311以前はうるさいなあと思っていたその選挙カーにも乗る事に。そして選挙の敗北を受けての憂鬱。そんな思いを重ねて、この5年間、木内さんがブレずにいたのはどうしてでしょう。

木内 ほとんど絶望の連続だったのだけれど、でも、ふと気が付いたのです。素晴らしい方たちと知り合いになれてるって。友だちになれたんです。年も知名度もバックグラウンドも関係ない「友だち」に。人生は本当に短いし、出会える人も限られているのに、素晴らしい方たちと出会えた。これからもいいと思ったことはいいと思って動きたいし、誰にも評価されない、誰の目にも止まらなくてもいい。だってものすごく面白いもの。お金なんて役に立たないことが多い、有名の名前って効果には表も裏もある。もうね、大きな会社のものとか巨額のお金をかけて宣伝してるものとか、生理的に嫌いになっちゃった(笑)

―お金を使って宣伝しなきゃいけないようなものにはろくなものがないと思うようになった、そういうことからも、わたしはわたしの好きな生き方しかもうしない!ということにより研ぎ澄まされてきたこともありがたいと思うと言う木内さんが5年目を迎えて、これからしていきたいことは

木内 今つかんでいるものはもう絶対に離さないでいたい。ラジオも引き受けたいし、作文が好きだからコラムも書いていきたい。

―木内さんがブログに書いた11歳の少年との邂逅が素晴らしかった

木内 本人が特定されないように一生懸命書きました。わたしと過ごした二泊三日、ふざけてばかりでしたが、帰宅した後、彼は自分からデモ情報を調べ、デモに出かけたそうです。「アベ政治は許さない」ってあのスローガンを両手で突き出してる写真を見たときは涙出ちゃって311以降、変化に変化した少年の暮らし、彼なりに見聞きしてきたことへの怒りみたいなものがはじめてそこで抵抗という形になったんだと思います。誰かとわたしが出会ったことで何かが始まる、その人も変わるしわたしも変わる。そんなことが生きがいになってきました。

木内さんは誰だって、みんな好きに生きればいいと言う

木内 時々なんでそんなに一生懸命なの?って聞かれるんです。で、考えたら、わたしの自分の得じゃないから一生懸命できるんじゃないかと、自分のことだったら自分に自信がないからそんなに人にお勧めできない。自分のことならここまで一生懸命になれないと思う。だけどこうあって欲しいと思うことのためには一生懸命になれる。本当に腹が立ったり、悲しかったり、こんなものが通っていいんですかっていう怒りがある限りは一生懸命やれると思う。だからかデモに連れて行って言う人が現れたり、行動を起こし始める人が増えていく。経産省前で学生がハンストしていることを知った時、労いの言葉をかけたいとかけつけると、ベビーカーを伴うお母さんから「テレビに出ている方ですよね、どうしてここにいるんですか」と言われて、ありがとうぐらい伝えたかったというと、わたしも不安でしょうがないから来たと言う。そんな小さな出来事がきっかけで彼女の中で何かが変わった。その後、できる範囲でデモや集会に行ったりしていますと連絡がありました。あの時の数分間、お互いがお互いを励まし合った、たったそれだけのことなんだけれど、こういう小さいことって実は大きいんだと思うんです。確実につながっているって実感できる。

―いかに生きていくかも大事だけど、いかに死んでいくかもけっこう難しい時代にいると言う木内さん。15年後どうやって死んでいくかがいちばん大きなテーマだと言う

木内 広河隆一さんの「人間の戦場」という映画を見て、本当に素晴らしいと思った。広河さんが絶望しないでやってるんだからわたしが絶望してどうする!って。

広河さんの映画の話が出たので、3月にベルリンで行われるプロティスティバルでも広河隆一さんと樋口健二さんの写真展を企画していること、メンバーが展示にかかる経費の事で奔走中(12月当時)だが、必ずやりますと言うと、木内さんが突然「1万円寄付する!」と明るく寄付を申し出てくださった。その場で笑顔でお財布から1万円を出す木内さん。「写真はとにかく力がある、やっていただきたい!広河さんは本当に素晴らしい!」と真っ直ぐな瞳で木内さん。わ、すごいものをもらってしまった!

木内 広河さんが映画の中でおっしゃっているけど、DAYS JAPANの編集長を降りられた。理由は健康問題で、発作があったら3時間半以内に病院に行けるところにいないといけないと言われた。編集長は机と椅子があればどこにいてもできるけど、ジャーナリストはそうはいかない、両方は無理、彼はジャーナリストを続けたいと思った。そこで誰かやってくれと手を挙げてもらって、手を挙げた人をみんなで選挙で選んだ。それで入社1年目の女性に決まったんです。画期的でしょう。

―ここまで一気に聞いて、思わず、ちょー民主主義!と合いの手、うなってしまった

広河氏はもう新しいテーマで撮影に入っているそう。日本では時の権力に逆らってきた無名の方がたくさんいる。そういう人を訪ね歩いて掘り起こしたいと撮影旅行に出ている。自分に残された時間でやりたいことをやってる。わたしもこの道に行こう!と思ったと活発な木内さん。

私は木内さんのブログが始まって以来一読者でもあるのだが、新聞などでも必ず一般のコメントを読む癖があり、SNSなどでみどりさんに寄せられる読者のコメントもよく読む。木内さんの何気ない一言が人の心に響くのだ。木内さんはとにかく正直で裏表のない人、やりたくないことはしない、ありのままを思うままに書いている。書かれたことはぜんぶ本気だ。それがおのずとみんなの深いところに伝わるのだと思う。

©Tsukasa Yajima
©Tsukasa Yajima

昨年のベルリンのかざぐるまデモで先頭を歩いた木内さんにいただいた経産省前テントとおそろいの”福島を忘れない!”の旗で、脱原発の輪がまたひとつつながった。

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木内みどり(きうち みどり、1950年9月25日‐):日本の女優。’65年劇団四季に入団。初主演ドラマ「日本の幸福」(’67/NTV)から多数出演。映画は、三島由紀夫原作『潮騒』(’71/森谷司郎)、『死の棘』(’90/小栗康平)、『大病人』 (’93/伊丹十三)、『陽だまりの彼女』(’14/三木孝浩)、『0.5ミリ』(’14/安藤桃子)など。3・11以降、脱原発集会の司会などを引き受け積極的に活動。マガジン9で「木内みどりの発熱中」を不定期連載中。

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補足:
広河隆一:(1943年9月5日 -) 日本のフォトジャーナリスト。戦場カメラマン。2004年、廃刊になった報道写真誌「DAYS JAPAN」を再刊以来、最近まで編集長を務めた。
12月19日より全国順次公開上映中、長谷川三郎氏が監督し、広河隆一氏を追ったドキュメンタリー映画「人間の戦場」公式サイトhttp://www.ningen-no-senjyo.com/

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Protestival 2016[:]

Protestival 2016 Nuclear, Democracy and Beyond

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期間:2016年3月11(金) – 2016年4月26日(日)

今年2016年、福島原発事故は5周年、チェルノブイリ原発事故は30周年を迎えます。

Sayonara Nukes Berlin は、この二つの事故日である3月11日から4月26日までの7週間の間、「核エネルギーと民主主義」というテーマをめぐる各種のイベント -Protestival-を行なうことにしました。

福島とチェルノブイリの原発事故は決して過去の出来事ではなく、いつどこでまた同じような過酷事故が発生してもおかしくありません。私たちは、この二つの節目を機会に、あらためて核エネルギーの危険、世界中で核技術をめぐり日常で行なわれている差別、人権蹂躙の構造をもう一度思い起こし、市民に訴えていきたいと思います。

私たちが住んでいるドイツでは脱原発が決定しているとはいえ、いまだに8基の原子炉が稼動しています。世界中の原子炉が全基停止するまでは、地球上の放射性廃棄物は増える一方で、その処分方法がいまだに解決されていないばかりではなく、何十万年、百万年という信じられない時間の単位であらゆる生命を脅かし続けるのです。フクシマは日本だけの問題ではありません。チェルノブイリはウクライナの問題だけではありません。これは、すべて地球に生きる私たち一人一人の問題であり、脅威です。そのことを一緒に考えていくために、私たちはProtestivalを企画しました。一つ一つの催し物を通して、私たちはどのように生きたいか、どのような地球を子どもたちに遺したいか、そしてそれを実現するためにどのように社会参加が可能なのか、もう一度考える機会をもちたいと思います。

アート、音楽、パフォーマンス&パネルディスカッション、映画上映、写真展、そして毎年恒例のかざぐるまデモなど。

ぜひご参加ください。

詳細はこちら>> www.protestival.de

 

SNB2016-fin

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Zwischen dem 5. Jahrestag von Fukushima (11.03.2016) und dem 30. Jahrestag von Tschernobyl (26.04.2016) organisieren wir unter dem Titel “Protestival” eine Reihe von Veranstaltungen zum Themenkomplex “Atomenergie und Demokratie“.

Die beiden Super-GAUs sind noch lange keine Vergangenheit! Sie können sich jederzeit und überall wiederholen.

Wir nehmen die beiden Jahrestage zum Anlass, um uns erneut an die Gefahren der Atomenergie, an das Ausmaß und die andauernden Folgen von beiden Super-GAUs sowie die weltweit um die Kerntechnologie praktizierte Diskriminierung und Verletzung der Menschenrechte zu erinnern.

Diverse Events anläßlich der beiden Jahrestage von Fukushima und Tschernobyl (Kunst, Musik, Performance & Diskussion, Filmvorführungen, Fotoausstellung, Demonstration, etc.)

Mehr info ->>    www.protestival.de

SNB2016-fin[:]

鎌田慧さんに聞く「核エネルギーと民主主義」

[:ja]福島の原発事故から5年、チェルノブイリの事故から30年の節目の今年、この2つの事故日である3月11日から4月26日までの7週間の間、ベルリンで「核エネルギーと民主主義」をテーマにProtestival2016を開催します。そこで様々な職業人の立場からいただいたテーマに沿ったインタビューを今日から連載していきます。第一回目は鎌田慧さんです。

12月22日都内のカフェにて
12月22日都内のカフェにて
「原発は民主主義の対極にある」とずっと言ってこられた鎌田さん。311よりずっと前から日本の核エネルギーと民主主義のたたかいを見てきました

鎌田 原発というものはもちろん原爆からできてきたんですけど、きわめて大きな破壊力のある兵器を平和利用にするんだという形で日本人を洗脳したんですよね。日本人は2回もの体験があって原爆の脅威をすごくよく知っているわけですから、人類にとって最も悲惨なエネルギーを平和利用するためには、そういう教育をものすごくやられたわけです。アメリカからヒロシマとかいろんな地域で核を平和利用するんだっていうメッセージですね。アイゼンハワーが1953年の国連総会で提唱した“Atoms for peace”*¹って平和のための原子力、核の平和利用、それを読売新聞などが博覧会なんかをしてずうっとすり込んできたわけです。もともときわめて悪魔的なものを平和のためにと言い換えて、残っているウランなどを日本に売ろうと言うのが当時のアメリカの作戦。そうして日本で原発が作られるようになった。しかし平和利用といっても日本ではやっぱりなかなか信用が得られなかった。各地では反対運動が起きた。原発は原爆と同じで怖い。いくら新たに洗脳しても感覚的に怖かった。それを払拭しきれないうちに作っていく中でまずお金を配った。60年代から作りはじめ、一挙に作られたのはオイルショックの後、田中角栄の電源三法*²を契機にお金を配る、補助金を出すっていう政策。言いたいのはずうっと反対運動があったってことです。反対運動が負けたところは作られて、勝ったところは作られなかった。日本の場合は9電力、電力会社が九つしかないから、そこに上がってくる電力料金は膨大な量なんです。完全独占です。それを資金にまた地域に配るとか、お金なんですよ。政府のお金と電力会社のお金が配られて原発が作られてきた。存在自体がきわめて非民主主義的な存在ですよね。いつ爆発するかわからない点でも人類、命にとっても非民主主義的だし、建設過程でも非民主主義的なんです。例えば漁業協同組合の組合員の三分の二が賛成すれば原発の周りの漁業権を放棄するんです。そのためにも幹部のお金の買収などがある。その議会の賛成派っていうのはほとんど工事をやる人たちなんです。そういう地域の民主主義とか、議会の民主主義とか、協同組合の民主主義とかそういうのをぜんぶ潰してきたんです。どれだけ被害があっても、地域では原発再稼働してくれって言う声が上がってきているし、地方自治体も県もぜんぶ、民主主義が機能していないんです。住民が反対しても地域では稼働できるようにもなっているんです。地域にお金が流れるっていうことなんです。というわけでお金が配られるところでは民主主義が破壊された。それから秘密でよくわからない、事故が発生してもよくわからない、運転過程の非民主主義。

「存在自体がきわめて非民主主義的な存在」

―事故から5年目、鎌田さんはこれからどんなことを考えていますか

鎌田 これからの問題としては被ばく労働者が膨大に発生していますから、この方たちの病気などがどれだけ明らかにされていくか。日本では原発は40年稼働しているけれど、被ばく労働者として認定されたのは11人*³しかいないんですよ。これはJCO*⁴の3人は外してるんです。でも白血病や癌で亡くなっている労働者はいっぱいいる。これからも現れるのはわかっているが認定されるかどうかはわからない。それから甲状腺がんの子どもたちは、150人も現れているけど、行政が否定したりしているわけです。これからいろんな形で裁判なんか始まってくるんですよね。僕らは反原発運動、原発の再稼働の反対運動やって来て、被災者の住民の方を見る時間がなかなかなかった。こないだ被災者の方々に来てもらって集会を開いて、これからどうしていくか。医療、生活保障、賠償金だとか、これから経済的な圧迫が増すことがわかっている。労働者の方も裁判にまでもって行くっていうのは大変な事です。原発社会には、民主主義などなかった。だから、これからは地域の民主化運動が必要になります。そういう運動をこれから力入れてやっていこうと考えています。裁判*⁵もいろいろな裁判が始まっています。これからはもんじゅの裁判もあるわけです。そういういろんな運動体をつなげて一緒にやっていこうと努力してきました。僕らはさよなら原発の大きい集会を今までにやってきて、福島の方々にも集会に来てもらっているし、フクシマを忘れないってスローガンにしているんだけど、それをもっと具体的にきめ細かくやって行こうって。

―311以降の反原発運動の広がりをどう見ていますか

鎌田 今までも原発反対運動って言うのはずうっとあったのです。しかし地域の住民の反対運動がどんどん崩されてきました。地域の労働組合が建設反対の集会などに組合員を集めたけれど、そんなに広がらなかった。。例えば東京で集会を開いても最高で1万ちょっとぐらいの規模。そこに3.11があって、運動が急速に拡大した。とにかく、大江健三郎さん、坂本龍一さんなどいろいろな方に呼びかけ人に加わってもらって、さよなら原発運動を始めました。最初の集会は6万人ぐらい、翌年16万人が集まった。今までは脱原発にする、前の方ばかり見て進んでいたから、被災者の生活とか子どもの被ばく、労働者の問題とかに手が回らなかった。それがこれからの課題だと考えてます。

―私たちにこれからどんな未来が見えますか

鎌田 歴代の首相経験者のうち、村山、小泉、細川、鳩山、菅、野田首相など、賛成派から原発反対派になった。自然エネルギーも今まで馬鹿にされて来たけれど、これからどんどん増えていくでしょう。そういう風に転換していくわけです。目標が決まれば早まるんです。いろんな運動とかいろんな努力を積み重ねて、世論的には7割から8割ぐらいが原発いらない。あとは政府が決定すれば良いだけ。自然エネルギーも始まったばかりでまだまだ弱いが、社会がそうなっていけば企業も付いてきます。ドイツが脱原発に進んでいるし、ドイツだけが突出して進んでいるわけではないし、世界的に自然エネルギーに向かう状況が整ってきているわけです。僕らの運動も脱原発と自然エネルギーを広めるって言うのと、両方やってる。いろんな試みも宣伝していく必要がある。脱原発と、自然エネルギーと、今までみなさんに起こったことをどう解決していくか、それぞれのネットワークと協力してやっていきたい。

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鎌田慧 :(かまた さとし、1938年6月12日 – ) 日本のルポライター、ジャーナリスト、ノンフィクション作家。「隠された公害 ドキュメント イタイイタイ病を追って」「自動車絶望工場」「原発列島を行く」など、政治、労働、いじめ、原発にまつわる著書多数。「六ヶ所村の記録」で毎日出版文化賞受賞。東京新聞に「本音のコラム」を連載中。
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補足:
*¹平和のための原子力 /Atoms for peace
ドワイト・D・アイゼンハワー元米大統領が1953年にNYの国連本部で開催された国連総会で行った演説。
在日米国大使館HP http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-majordocs-peace.html

*²電源三法
電源開発促進税法、特別会計に関する法律、発電用施設周辺地域整備法の三法のこと。主な目的は、電源開発が行われる地域に対して補助金を交付し、発電所を含む電源の開発の建設を促進、または運転を円滑にしようとするもの。電源三法による地方自治体への交付金を電源三法交付金と呼ぶ。

*³被ばく労働者11人
1991年から白血病、多発性骨髄腫、悪性リンパ腫で2011年7月までの間に11人が原発被ばく労働者の労災認定されています。1999年のJOC臨界事故では高線量被曝した3人が労災認定されています。
ヒバク反対キャンペーン HPより http://www.jttk.zaq.ne.jp/hibaku-hantai/hibakuroudou.htm

*⁴JCO
1999年9月30日茨城県那珂郡東海村にある株式会社ジェー・シー・オー(住友金属鉱山の子会社)の核燃料加工施設で発生した臨界事故で、至近距離で中性子線を浴びた作業員3名中、2名が死亡、1名の重症者、ほか667名の被曝者を出す。日本国内で初めて事故の被曝による死亡者を出した。一般に東海村JCO臨界事故 。

*⁵現在係争中の原発と人権にまつわる一部の裁判はこちらでご確認ください
・原発と人権ネットワーク
被害者訴訟、脱原発訴訟 http://genpatsu-jinken.net/index.html
・脱原発弁護団全国連絡会HP
全国脱原発訴訟一覧 http://www.datsugenpatsu.org/bengodan/list/
・東電株主代表訴訟 http://tepcodaihyososho.blog.fc2.com/

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Web_title
Protestival2016 http://protestival.de/[:]

ソーラーハウス (Effizienzhaus) 見学

[:ja]2016 年 2 月 1 日に何人かで Berlin の Fasanenstrasse にあるソーラーハウスを見学する機会がありました.このソーラーハウスは Bundesministerium fürUmwelt, Naturschutz, Bau und Reaktorsicherheit によって実験として建てられたものです.プロジェクトは Effizienzhaus Plus mit Elektromobilität と言い,「電気自動車を含む効率的家屋プラス」とでも訳せばいいでしょうか.

このソーラーハウスはドイツでは 35 件建てられたエネルギー効率の高い実験用の通常の家屋の1軒です.それぞれが異なる建築家によるもので,一件一件異なります.ベルリンのものは写真のようにかなりモダンなキューブ形状です.しかし,伝統的なドイツの家のようなものもあります.

Berlin にある Effizienzhaus Plus
Berlin にある Effizienzhaus Plus
Effizienzhaus Plus 内
見学会での説明会 (Effizienzhaus Plus 内)

エネルギーの効率的な家屋,と言っても Plus と名前にあるように,省エネではなく,「年間で作るエネルギーが消費するエネルギー以上になる家」の実験として建てられています.これは電気自動車 1 台を含みます.それぞれの家では,公募で選ばれた家族が1 年住んでエネルギー消費の実験をします.この家にはこれまで 2 家族がそれぞれ 1 年住みました.

この家はソーラーパネルを使って電気を生産し,蓄電池に貯める方式です.この家の建築家は家庭でのエネルギー消費は,主に朝,そして夕方から夜にかけてあり,昼は家族が仕事や学校に行くために下がると予想し,ソーラーパネルを東と西の壁に設置してあります.また,外観 (色) を重視したため,エネルギー変換効率が10% と比較的効率の低いパネルを利用しています.

ドイツでは家屋では暖房でのエネルギー使用が大きいので,窓は 3 重構造の熱を伝えにくいもの,換気には熱交換器,暖房はヒートポンプを利用し,南側と北側は大きなガラスで採光を重視,また,電灯は LED を利用,壁も断熱を重視するなど,様々な省エネの技術を利用しています.また電気エネルギーだけで全てすむようにガスなどは利用されていません.

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熱を逃がさない 3 重構造ガラス

実験結果は,初年度には家で消費する分のエネルギーは生産できましたが,自動車の分まではまかなえませんでした.しかし,この家ではエネルギー消費をモニタリングしており,2つの大きなエネルギー消費源が特定されました.1つは熱交換器が製造した会社の説明通りに作動しなかったことで,これは交換されました.そして,リビングからすぐ階段がありますが,リビングの熱が階段に抜けていくことも判明しました.そこでリビングの出口にガラスのドアを1枚設置しました.この変更の後,2年目にはこの家で生産されたエネルギーの総量は年間を通すと,家屋と電気自動車のエネルギー消費を含めて上まわりました.また,動きセンサーライトは,猫を飼っていた最初の家族には合わないという話もありました.

様々な最新技術が使われているのに,目標達成には結局「1枚のドア」が足りなかったということは興味深いことでした.やはり,実際に実験する必要があるのです.また,利用者のマインドが省エネをあまり考えずに,少し浪費する傾向があったことです.確かにエネルギーが全部自分の家で生産されるとなると,あまり省エネを考えなくなるかもしれません.しかしそれは社会のマインドとしてどうなのかという新しい問題を提起します.あとは,空気の熱を逃がさないという意味では窓は開けない設計というものもあるそうなのですが,住んだ家族には窓が手動で開けられるということは重要な要素だという結果などもあります.これらの結果は全て online で見ることができます.

さて,ここからは私の感想です.

私がこの家を見て思ったことは,「こんなボーグキューブみたいな家には住みたくないな」でした.ただ,これはこの家が3年で解体する実験予定だったことや,建築家のデザインによるもので,他の Effizienzhaus Plus には「この家なら住んでみたい」というものもありました.また外観は私の好みではありませんが,内装は良かったと思います.

今回の見学では,技術の成熟が見えてきたことが印象に残りました.この家は既に 2012 年のものですが,ドイツの技術は既に,

省エネではなく,エネルギー生産であること

です.そして,先にデザインの好みの話をしましたが,私が感じた問題は既に技術的な性能問題ではありません.デザインが重要になってきたということは技術が成熟してきていることを示していると思います.私は 1999 年に 5 色の iMacというコンピュータが登場した時のことを思い出します.私にとって,コンピュータは性能でした.「CPU が Power PC 750 の 266MHz はいいが,メモリが少ないかな.」などと思っていました.しかしその当時,あまりコンピュータになじみのない人達が,「何色の iMac がいい?」と,色の話をしていたことに驚きました.インテリアのデザインの一部としてコンピュータが考えられた時,技術の成熟を感じました.一般に広まる時には,性能はあまり問題ではないのだと驚きでした.

今回の家でもそうでしたが,ソーラパネルの性能は落としても色を重視するというデザインが考えられていました.今後重要なのは,色のあるソーラーパネルなどかもしれません.今後,様々な色のパネルが生まれ,それがデザインとなって,やがてソーラーパネルとはわからなくなる時に,この技術はより成熟するのでしょう.このような家は,エネルギー効率だけを語る時代ではなくなりつつあるまで進歩していました.たとえば,緑のソーラーパネルのある家は,遠目には庭の植物と一体化するようになるかもしれません.

自然エネルギーの他のもの,例えば風力も,風力と見てわかるようなものではまだまだかもしれません.それはオランダの風車のように風景となる方向に進歩するかもしれません.もしかしたら遠くから見たら木のように見える風力発電機ができるかもしれません.垂直軸発電方式など既にある技術がやがて景観を考えたデザインとなる日が来るでしょう.風力発電地域はいつか森のようにしか見えないという時が来るでしょうか.いや,本物の森の木々の中に気がつかないように風力発電機がある,そういう形で技術が成熟していくのかもしれません.発電所は自然がいっぱいある公園であるという未来をふと想像してしまうような家でした.[:en]At February 1st, 2016, some of us visit to a solar house in Berlin, Fasanenstrasse. The minister of Environment, nature protection, construction, and reactor safety (Bundesministerium für Umwelt, Naturschutz, Bau und Reaktorsicherheit) built the house as an experiment of energy efficient house. The name of project is “Effizienzhaus Plus mit Elektromobilität.” This means efficient house plus with electric mobility.

They built 35 experimental houses in Germany. Each house has own outlook designed by different architect. The house in Berlin is shown in the picture. It has a modern cubic shape. But of course there are houses that outlook is a classic German house, too.

Berlin にある Effizienzhaus Plus
Effizienzhaus Plus in Berlin
Effizienzhaus Plus
An explanation session in a Effizienzhaus Plus

The house is called an efficient house however also “plus” is in a name. The goal of this house is to show “generating more energy than consuming it through a year.” This includes the energy of one electric car. In the experiment process, a few public offered families live in each house for a year. Two families lived in this house so far.

The house generates energy by solar panels and store it in the batteries. The architect puts the panels on the west and east side walls and the top of the house. It would be more efficient if the panel is at the south wall, however, a typical family consumes energy in the morning, the afternoon, and at night, but not in the noon time. If they use energy directly, it is more efficient. The south side has a large glass window to get the sun light. The architect made outside looking more important than the panels efficiency, so he has chosen a specific color panels but lower energy efficiency (10 to 15%).

Heating is the largest energy consuming component of typical house in Germany. Therefore most of the effort of saving energy is related with heating. In this house, the triple layer glass is used for the window. The ventilation system uses a heat exchange mechanism. The heating uses a heat-pump system. Efficient LED lights are used for the illumination. The wall is made of low thermal conductivity materials, yet the material is recycle friendly. All the house system is adapted to use electric energy, then the house doesn’t have other external dependency for energy.

Triple glass window panes with low heat transfer
Triple glass window panes with low heat transfer

The result of the first year did not generate all the energy they consumed. The house could only generate the energy consumed in the house, but not for the car. But this is an experiment. The researcher monitored the energy consumption details in the house and found the two unexpected behavior. One is the low efficiency of heat transfer system. It didn’t work as in the specification from the provided company. Thus, they exchange the device. The second problem was the energy consumption of the living room. This room was connected to the staircase and the heated air just ran away from this connection. So the architect put a glass door. The result of the second year (with the second family) was successful. The house generated the energy more than the family consumed including a car electricity. The architect thought that the motion sensor was good for saving energy for lights, but the first family had a cat. and they found out this was not so efficient.

It’s interesting for me that this house just lack of “one door” despite all the high technology for saving energy. The experience is useful. Another interesting issue in the report was about the mindset of the family. The family realized they don’t need to save energy, since the house generate it. So their mind set becomes a bit more extravagance about energy. I understand this, but is it a good for society at the end? I am not sure. This could be a question for the next experience. The architect prefers the fixed window, which you cannot open them, for the energy saving point of view. But, the family reported it is important to be able to open the window manually. It is also important for a house not only for the energy, but the house is the big place where the life is going on. So the house keeps the window that you can open them manually. All these results are published as following (online).

The following is my personal memo.

My first glance of this house was, “I don’t want to live in this house. It looks like a Borg cube!” But this is based on a specific architect and he has also limitation in design. The original plan was for three years experiment for this house and the architect can only use some limited technology. There are 35 different designs of the Effizienzhaus Plus. I found some houses attractive. But I like the inside design of this house.

My impression is that the technology is matured. This house was built at 2012. At that time, the German technology of this area was

Energy generation instead of energy saving

I first said about the design. This means that it is already not the technical issue even in my mind. I felt the design was important. I felt that the technology is matured. I recall when the five color iMac showed up in 1999. For me, the most important factor of a computer is performance, memory, and functionality. I thought “iMac? Power PC 750, 266MHz, sounds nice, but isn’t the main memory too small?” However, some of my friends told about iMac, “Which color did you buy?” I was shocked. Why color? Later I looked back that time, the computer becomes commodity. The design is very important if you put it in a house instead of an office. I understand when something became common in your life, the design matters.

The same as this house, the architect chose a specific solar panes color, and he has chosen a low efficiency panel (10-15% efficiency). He had chosen the design over the efficiency, yet to aim the primary goal. For the next generation solar panels, I think they need more colors. I already heard about such research for solar panels. The technology will create the solar panels of any colors, then we will not notice that is a solar panel one day. The design will be more important than the energy efficiency. If a house with green solar panels, you could not distinguish the house and the garden from the distance.

Other natural energy generators would go to such direction. For instance, a wind turbine would look not a wind turbine. One direction would be windmills in Netherlands, that made the scenery itself. Or a wind turbine looks like a tree. There is an vertical axis wind turbines. Maybe we could make a turbine that resembles a tree which fits in a forest. The wind turbine area becomes a park mixed the silent turbines and real trees. This is one direction of this technology. One day, we have a power plats that is a natural park. I imagine that kind of the future and I see it is good.[:]

JunさんとKimさんとの出会いー韓国における活動

[:ja]

先日に日本に一時帰国したとき、東京のある人と話していて、東日本大震災と原発事故のことを話題に出してみた。

「ああ、そんなこともありましたねえ。」

もうだいぶ昔のことで、もうそれは解決されているかのような言葉に、ちょっとショックを受けた。

人間は「喉元過ぎれば熱さ忘れる」性分だが、あの大惨事の直撃を受けた被災地の人々が強いられた損失は埋められず、もう住めなくなってしまった土地や放射性廃棄物は横たわり続け、今も放ち続ける放射能、そこから生まれる差別や搾取構造などを考えれば、何も解決されていないし何も終わっていない。

放射能のように、それそのものが目に見えないものを問題だと意識するにはそれなりの知識が必要だし、それを周囲に伝えて理解を促すことは簡単ではない。でも、その恐ろしさを知り、またそれが先の世代に対して大きなツケになってしまうと知ってしまったからには、何事もなかったかのように何もせずにいることは、未来に対して無責任だと思わされる。

その簡単でないことを、韓国で続けているJun Sun Kyungさんに出会った。

きっかけは、Sayonara Nukes Berlinメンバーが書いたドイツのブルーベリージャム放射能汚染のブログ記事を見つけたJunさんが、ベルリンに行くのでSayonara Nukes Berlinのメンバーと意見交換したいとコンタクトしてきたことだ。

Junさんはソウルで「安全給食連帯」というネットワークの代表をしている。2人のお子さんを持つJunさんは福島の原発事故以来、食品の放射能汚染の危険性を認識するようになり、子どもたちが学校で食べる給食に放射能に汚染された食材を使わないでほしいと行政に訴えたり、放射能に汚染した食品から子どもを守るための法律作りを目指してロビーイングをしたり、ソーシャルネットワークを活用して情報発信している。

JunさんとKimさんとカフェでお茶を飲みながら。
JunさんとKimさんとカフェでお茶を飲みながら。

「韓国でも、反核については関心はあるが、放射能汚染食品による内部被ばくについては、あまり関心を持ってもらえない。やはりだんだんと人々の関心が薄れてしまって、一緒に活動していた仲間も日常の忙しさのために少なくなってしまいました。」 しかし、明るいJunさんの顔に「だからあきらめる」というネガティブな影はなく、むしろ「だから続けていかなければ」という頼もしさが光る。

人々の関心が薄れようと、放射能はそこにある。出てしまったのだ。

チェルノブイリ事故で低線量被爆国であったドイツは、現在も健康被害が続いているという。*1

日本でどれだけ低線量の汚染食品による長期的内部被爆について認識されているだろう。

日本では、有名人がブログで放射能汚染食品についてちょっと不安をもらしたら、ものすごいバッシングにあったとか。怒りを向ける矛先が違うのではないか!と思う。人々が正直な不安を口にすることができない世の中の空気を作り、「食べて応援」とか「風評被害」などという言葉を隠れ蓑に、本来その怒りを受け止めるべき東電や原発メーカーそして、政・官が、その責任を免れている構造になっていて、結局私たちもそれを容認しているような状態だ。

Junさんのように、子どもを守るため「欲しくありません」と声をあげてもいいのだ。そうした訴えは、批判されたり排除されるべきものではなく、吟味されるべきものなのだ。何よりも「いのち」にかかわることなのだから。

Junさんの今回のドイツ視察の旅には、ソウル市のエネルギー市民協力課で働くKim Hyeon Suさんも同行し、Sayonara Nukes Berlinのメンバーとの会合に同席し、ソウル市の状況をシェアしてくれた。

 

現ソウル市長の朴元淳(パク・ウォンスン)氏は、ソウル市長に当選した翌年の2012年に、原発一基分の発電量に相当するエネルギー削減を目指し、 ”One Less Nuclear Power Plant政策”を打ち出した。きっかけは2011年9月に韓国で全国的規模で起きた大停電。162万世帯が影響を受けた。福島第一原発事故が起きたばかりで、人々の原発に対する不安も高まっていたころだ。行政と市民が協議を重ねた結果、1000万世帯のソウル市の未来に安全で安定したエネルギー供給を引き継ぎたい、という思いから、このOne Less Nuclear Power Plantは始まった。ソウル市にエネルギー設計所が創設され、Kimさんの働くエネルギー市民協力課も設置され、発電、効率化、節電などに関連する71のプロジェクトがデザインされた。

ソウル市のOne Less Nuclear Power Plant Projectの冊子
ソウル市のOne Less Nuclear Power Plant Projectの冊子
2014年までに2百万TOE(1TOE=11.63MWh)のエネルギー削減を目標を立てたが、6か月早く目標値に達し、現在さらに原発もう一基分のエネルギー削減をめざすプロジェクトの第2フェーズ”Seoul Sustainable Energy Action Plan”に入っているそうだ。
2014年までに2百万TOE(1TOE=11.63MWh)のエネルギー削減を目標を立てたが、6か月早く目標値に達し、現在さらに原発もう一基分のエネルギー削減をめざすプロジェクトの第2フェーズ”Seoul Sustainable Energy Action Plan”に入っているそうだ。

公的施設の屋根を市民組合などに貸し出したり、小型ソーラーパネルへの市の補助など、Kimさんからいろいろお話をうかがうと、ソウル市は進んでいるなと感じる。Kimさんから頂いた冊子を読むと、鍵はリーダーの決断力と計画段階からの市民の参画だと思う。一国の首都が国内の脱原発・エネルギー転換のモデルになるという姿はうらやましい限りである。

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20年前に日本に2年間留学していたというJunさんの日本語と、韓国語が流暢なメンバーの通訳のおかげでお二人と良い交流を持つことができた。消えそうな火も連帯すれば灯り続ける。

 

参考:*1 福本まさお著『ドイツ・低線量被爆から28年-チェルノブイリは終わっていない』

http://sayonara-nukes-berlin.org/?p=105

http://sayonara-nukes-berlin.org/?p=266[:]

SNBメンバーと菅直人氏との意見交換会

[:ja]2015年10月14日(水)には,SNB (Sayonara Nukes Berlin) の中から 6 人が菅氏と話をする機会があった.

まずは SNB が2013 年に 5人のメンバーでデモを始めたこと,再生エネルギーの象徴としてかざぐるまを使った「かざぐるまデモ」を行なっていること.そして今年はフクシマ 5 周年であり,またチェルノブイリ 30 年であるのでいくつかの計画を練っていることなどを説明した.

我々と菅氏の意見が様々に交錯する形で活発に交換された.そのいくつかを以下に示す.

  • 脱原発はエネルギー転換の1つのプロセスでしかなく,エネルギー転換としてみることが重要であること
  • 再生エネルギーの普及には何か重要なことなのか: たとえば,優先買取制度の充実の必要性
  • ドイツは脱原発ができたのに,日本でできないのはなぜなのか.外圧は強いのか.政治的な圧力か,産業界の圧力なのか.日米合同の原子力産業界の圧力はある.しかし,政治的には比較的にない.というのも,アメリカは政治的には日本を含む他国が大量のプルトニウムを保持することへの警戒がある.また,アジアの国々が日本は持つ許可があるのに,なぜ自国は持てないのかとアメリカに疑問を呈することに答えにくくなって政治的求心力が低下する.
  • 日本は自由化などで今後,既得権者の力は減ることがあるのか? 現時点では上手くいっていないかもしれない.しかし小売の自由化が始まるのは一歩ではあろう.
菅氏が宿泊するホテルのロビーで。次の講演会に向かう合間の時間を取ってくださった。
菅氏が宿泊するホテルのロビーで。次の講演会に向かう合間の時間を取ってくださった。

原発はそもそもなくすことができるのかという話題には,菅氏は政治的な立場は違うと前置きした上で,比較的楽観的に考えていると答えた.というのも,結局はわかってくると長い目で原発は金にならない.他の技術と違い,年々安くなることもない.工業技術で金にならないものは残らない.世界的に見て今世紀中にはなくなっていくのではと考えている.しかしそれで間に合うのかという方が問題である.我々の中にも同様,地産地消の経済(里山経済)に競争で負けていくことを予想する意見もあった.

原子力爆弾を持ちたいという人々の圧力は,という質問もあった.我々にも現実的に考えれば,たとえそうでも現在日本の保有するプルトニウムで既に大量に作れる.これ以上持つ必要もないし,50基も持つ意味がないという意見があった.では,イデオロギーの問題かということには,菅氏はイデオロギーですらなく,既得権者が利権にしがみついている問題と考えているとのことであった.したがって自然エネルギーなどへの転換が1つの柱になる.

また,市民運動をしてきた先人としてアドバイスをという質問に菅氏は,まず楽観的に考えること.そしてしつこく,あきらめないこと.市民の運動は簡単に上手くいくものではない.また,菅氏は自身には鈍感力が強いのではと分析された.たたかれてもあまり気にならないそうである.そして,基本的に市民運動は大変ではあっても楽しいことも多々あるということである.

原発・エネルギーの技術に非常に精通しておられ、また元首相であることを忘れさせる気さくさである。
原発・エネルギーの技術に非常に精通しておられ、また元首相であることを忘れさせる気さくさである。

事故当時に一人になるとどうでしたかという質問には,チェルノブイリではソ連は軍を投入して,最初の10日間で急性被曝が原因で30人近くの死者を出すという,命を省みずに処理したという報告を読んだことがあった.そのため,福島でも同じことをしなくてはいけない状態になったら,と考えると寝られなかった.ということである.

1時間半ほどのミーティングは様々な意見交換があり,時間を忘れてしまった.最後に記念写真をとってミーティングは終了した.

今後も原発をない世界を目指し,少しづつ,しかししつこくあきらめないで行こうと思った.

最後に記念撮影。今回ドイツ語にも訳された菅氏の著書「東電福島原発事故ー総理大臣として考えたこと」をいただいた。
最後に記念撮影。今回ドイツ語にも訳された菅氏の著書「東電福島原発事故ー総理大臣として考えたこと」をいただいた。

菅氏の一言 blog

シュピーゲル・オンラインが菅直人とおこなったインタビューの日本語訳(無限遠点ブログ)

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アベ政治を許さない0815 / Nein zu ABEs Politik 0815

[:ja]

アベ政治を許さないSNB

”アベ政治を許さない”

日本では多くの憲法学者が憲法違反だと指摘し、国民の大多数が反対している「安全保障関連法案」が7月15日に強行採決されたことを受け、この安倍政権の暴挙に対し日本では作家の澤地久枝さんの発案で、この法案に反対する新しい試み「アベ政治を許さない」一斉行動アクションが行なわれました。日本の第2次世界大戦の終戦記念日である、本日8月15日ドイツ時間の14時 、ドイツのさようなら原発デュッセルドルフの呼び掛けに賛同し、私たちSayonara Nukes Berlinもこのプラカートを掲げて連帯の意思を表明します。

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こちらの写真は、8月1日に行われたSNBの親睦会で撮影されました。

親睦会の中では、来年の3月、チェルノブイリ30年フクシマ5年の節目にベルリンで何ができるだろうか、参加した一部のメンバーでざっくりと意見を出し合うなどもしました。

私 たちは現在20人程のバラエティ豊かなボランティアスタッフで成り立っています。私たちは、老若男女問わず、ごく普通の主婦や学生、社会人の集まりです。 設立当時からの理念で、「原発をはじめ、社会の様々な問題について考え、活動していく事と同じように、メンバーそれぞれの日常生活、仕事、学業なども大切 にしていきたい」そんな思いから、メンバー各自がそれぞれのできる範囲内で参加しています。ベルリンにお住いのみなさん、私たちと一緒に活動してみません か。

グループの活動に関する質問なども合わせて、どうぞお気軽にご連絡ください!R
E-mail: info[at]sayonara-nukes-berlin.org
Facebook:https://www.facebook.com/sayonara.nukes.berlin
Twitter:https://twitter.com/NoNukesBerlin

かざぐるまデモ2015

[:]

経産省前テントの危機と木内みどりさんから届くバナー。

[:ja]国会議事堂周辺で続けられている金曜デモでもおなじみの経産省前テントがいよいよ撤去の危機に迫られています。明日の2月26日に結審となるようです。

こちらのテント前広場には、SNBメンバーもたびたび訪れては交流をはかってきました。過去のブログ「かざぐるま@金曜デモ!」でも触れています。日本での原発反対運動のともし火が消えないよう、みなさんからの抗議と支援のメッセージをお願いします。

詳細は以下のフライヤー(日・独文)をご覧ください。自由に拡散してくださって結構です。

Japanese テントチラシ D (neu) テントチラシ・2015・02・19

Germany テントチラシ・2015・02・19

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木内みどりさんから戴いたお写真、経産省前にて。

また、折しも今年の3月7日のかざぐるまデモに向けて、女優の木内みどりさんが自費で製作された経産省前テントとお揃いのバナー「DON’T FORGET FUKUSHIMA」が贈られることになりました。この場を借りて今一度お礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。みどりさんの熱い思いがあふれるブログ木内みどりの発熱中!「次から次へと伝えたいことが…」の後半にも書かれています。

Sayonara Nukes Berlinがベルリンの地で独自にデモを立ち上げて3年目を迎えようとしています。日本とベルリン、脱原発を目指してどんどんみんなの気持ちがつながって行きます。頑張れ経産省前テントひろば!R

2015年3月7日はベルリンかざぐるまデモ

 [:]