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かざぐるまデモ2022年 -原子力は私たちの気候を救えない!

[:ja]

かざぐるまデモ2022年
-原子力は私たちの気候を救えない!

 

日時: 2022年 3 月 5日 (土),12 時より
場所: ブランデンブルグ門前 パリ広場

 

私たちは憂慮しています。原子力と石炭火力のエネルギーを再生可能エネルギーに置き換える決定にもかかわらず、最近、原子力が気候変動の対策として役立つと主張するEUのメンバーが少なくありません。

 

EUの 10か国以上の政府が、自国の原子力エネルギーを拡大すると発表しました。新しい日本政府もまた、小型原子力発電所(SMR)の開発と建設を促進する意向を明らかにしました。これは全く受け入れられません。

 

原子力発電所の通常運転によって引き起こされる日々の放射能汚染に目をつぶることはできません。大量の放射性廃棄物を最終的に処分するという問題も残っています。核廃棄物の最終処分問題は、ドイツだけでなく、世界のどこでもまだ解決されていません。原子力は環境に害を及ぼさないという主張を受け入れてはなりません。原子力発電所が一度事故を起こすと、環境、動物、そして人々にとって取り返しのつかない、想像を絶するほどの大きな被害が出ます。私たちはそのことをチェルノブイリやフクシマで学んだはずです。

 

福島第一原発事故から10年後の昨年4月、日本政府は福島第一原発事故以降に貯蔵されている放射能汚染水を太平洋に放出する計画を承認しました。東京電力がすべての放射性元素を除去したと主張するこの汚染水は、依然として主にトリチウムを含み、環境を汚染しています。この放出は、国際社会だけでなく、住民や漁師からの強い反対のためにまだ行われていません。
私たちは原子力エネルギーの最終的な終了を要求します。私たちは核のない未来を築きたいと願っています。原子力は私たちの気候を救うことはできません。

 

私たちは一丸となって要求します:

•無責任な原子力エネルギーの世界的な終了
•リンゲンとグローナウの原子力施設の即時停止
•原子力エネルギーを持続可能なエネルギーとして分類しない
•EURATOM契約の終了
•放射能汚染水を海へ放出しない

 

 

 

共催:

 

 

 

[:en]Kazaguruma Demo 2022 – The 11th anniversary of FUKUSHIMA
-Nuclear power will NOT save our climate!

Start at 12pm on Saturday, 5th March 2022
Meeting point: Brandenburger Tor (Parizer Platz), Berlin

We are very concerned. Despite the recent decision to replace nuclear and coal-fired energy with renewable energy, more than a few member states of the EU are claiming that nuclear power serves as a measure against climate change.

Over 10 EU governments have announced that they will expand their nuclear energy. The new Japanese government has also announced its intention to promote the development and construction of small nuclear power plants (SMR). These are unacceptable developments.

We cannot turn a blind eye to the daily radioactive contamination caused by the normal operation of nuclear power plants. The problem of the final disposal of vast amounts of radioactive waste also remains. This is still an unsolved problem, not only in Germany but anywhere in the world. Such claims that nuclear power does not harm the environment must not be accepted. A single accident at a nuclear power plant causes irreparable, unimaginable damage to the environment, animals, and people. We should have learned that from Chernobyl and Fukushima.

Last April, 10 years after the accident of Fukushima Daiichi, the Japanese government approved a plan to discharge radioactively contaminated water stored since the accident into the Pacific Ocean. This water, which the operating company Tepco claims to have purified of all radioactive elements still contains primarily tritium and contaminates the environment. The water has not yet been discharged due to strong opposition from residents and fishermen, as well as the international community.

We demand the end to nuclear energy. We want to build a nuclear-free future: Nuclear power will NOT save our climate.

Together we demand:

・Global end to irresponsible nuclear energy
・Immediate shutdown of nuclear facilities at Lingen and Gronau
・No classification of nuclear power as sustainable energy production
・Cancelation of the EURATOM treaty
・No discharge of radioactive water into the ocean

Cooperating groups
AK Rote Beete (Linke Regionalgruppe)
BUND Jugend Berlin
Coop AntiWar Cafe
Fridays for Future Berlin
IPPNW Germany
Japanese Against Nuclear UK
Korea Verband
Greenpeace Berlin

Flyer:Kazaguruma-Demo-2022-flyer_final

 

 

 [:de]

Kazaguruma-Demo zum 11. Jahrestag von FUKUSHIMA
-Atomkraft rettet NICHT unser Klima!

 

Sa. 05.03.2022 ab um 12:00 Uhr
Treffpunkt: Brandenburger Tor (Pariser Platz) Berlin

 

Wir sind sehr besorgt. In letzter Zeit wird in nicht wenigen Ländern der EU behauptet, dass Atomkraft als Mittel gegen den Klimawandel dienen könnte, obwohl entschieden wurde, aus Atom und Kohle gewonnene Energie durch erneuerbare Energie zu ersetzen.
In mehr als 10 Staaten der EU haben die Regierungen angekündigt, die Atomenergie ihrer Länder auszubauen. Auch die neue japanische Regierung hat die Absicht bekanntgegeben, die Entwicklung und den Bau von kleinen Atomkraftwerken (SMR) voranzutreiben. Dies können wir nicht hinnehmen.

 

Wir können vor der täglichen Umweltverschmutzung, die der Normalbetrieb der AKW verursacht, nicht die Augen schließen. Dazu kommt das Problem der Beseitigung der Unmengen von Atommüll. Immer noch ist das Problem der Endlagerung von Atommüll nicht nur in Deutschland, sondern weltweit ungelöst. Wir dürfen nicht die Behauptung akzeptieren, dass die Atomenergie die Umwelt nicht belastet. Wenn ein AKW havariert, entstehen irreparable, unvorstellbar große Schäden an Umwelt, Tieren und Menschen. Haben wir nicht von Tschernobyl und Fukushima gelernt?

 

Im April letzten Jahres, 10 Jahre nach dem Unglück von Fukushima, hat die japanische Regierung den Plan genehmigt, radioaktiv verseuchtes Wasser, das seit der Havarie Fukushima-Daiichi gelagert ist, in den Pazifik abzuleiten. Dieses Wasser, von dem die Betreiberfirma Tepco behauptet, es von allen radioaktiven Elementen gereinigt zu haben, enthält immer noch vor allem Tritium und verseucht die Umwelt. Diese Ableitung findet aber bis jetzt noch nicht statt, wegen des starken Widerstandes der Bevölkerung und der Fischer sowie der internationalen Gemeinschaft.
Gemeinsam fordern wir ein Ende der Atomenergie. Wir wollen eine atomfreie Zukunft aufbauen: Atomkraft rettet NICHT unser Klima.

 

Gemeinsam fordern wir:

• einen weltweiten Ausstieg aus der unverantwortlichen Atomenergie
• sofortige Stilllegung der Atomanlagen in Lingen und Gronau
• keine Einstufung der Atomenergie als nachhaltige Energieerzeugung
• EURATOM-Vertrag kündigen
• Keine Einleitung von radioaktivem Wasser ins Meer!

 

 

Kooperierende Gruppen:
AK Rote Beete (Linke Regionalgruppe)
BUND Jugend Berlin
Coop AntiWar Cafe
Fridays for Future Berlin
IPPNW Germany
Japanese Against Nuclear UK
Korea Verband
Greenpeace Berlin

Flyer:Kazaguruma-Demo-2022-flyer_final

 

 [:]

#日本は原発をやめられないのか -ドイツの取り組みと現状から学ぶ-

[:ja]日本はなぜ原発をやめられないのか

福島第一原子力発電所の事故から10周年を迎える今年、これまでに個人的にも度々、勉強の機会をいただいている西村さんに、単独で講演していただいた。西村さんはいつものようの穏やかな口調で、ドイツはなぜ脱原発の道を選んだのか、その背景を詳しく語ってくださった。

 

地球温暖化 

世界の気温が100年あたり0.73度上昇している。日本では1.24度、1.3度上がると東京都の気候が宮崎県ほどの気候の様になるという。このままでは今までのような生活ができなくなる。ほぼ確実に言えることは、二酸化炭素の排出と気温の上昇は密接に関係しており、人間の出す温室効果ガスが世界の気温の上昇に強い影響を与えているということだ。またコロナによる経済活動の停滞での温室効果ガスの排出量の急減は、一時的なものに過ぎないだろう。IPCCIntergovernmental Panel on Climate Change/気候変動に関する政府間パネル)の研究によると、気候変動の経済的な被害も甚大なものとなるとの予測がされている。例えば日本の気温が今後100年間でさらに3度上昇すると、世界の5分の1に当たるGDPの21%が失われることになる。今後、災害被害はますます大きくなる。

冒頭に紹介されたシロクマとヒグマ

この100年で北極の氷は40%ほど減少しており、居住環境を失ったシロクマたちは食べ物を求めて南下し、一方アラスカのヒグマは北上、ヒグマとシロクマの間に子どもができるという、自然界の生態系にも、これまでになかった異常事態が起きている。

写真左:暖房のないドイツのホテル (ドイツのエコ建築については、文末にある過去のブログもぜひ参照してください)

ドイツの取り組み

冬でも暖房なしで快適性を保てるエコ建築への推進。ハロゲンランプをLEDに変え、熱エネルギーの消費量を5分の1へ。クリーンエネルギーへの転換。ドイツでは消費電力のおよそ50%以上が再生可能エネルギーに転換された。しかし熱と交通分野の再生可能エネルギーの目標が停滞している。

エネルギーの消費量を抑えたライフスタイル。大量生産・大量消費のグローバル経済とはなじまないことから、社会そのものの仕組みを変えていく。同じ量の原料でより多くの製品を作る大量生産の仕組みから、より少ない資源で適切に製品をつくるビジネスへの転換。

こうして先進的な循環型社会に即したサーキュラー・エコノミーCircular Economy/循環型経済)は、これまで主流であったリサイクルのみならず、ものづくりの段階で材料から考えていく。

西村さんがドイツのエネルギー転換で非常に優れているなと思うのは、地域の経済価値循環を維持するための取り組みが非常に進んでいること。経済価値循環というのは、基本的には、地域のお金を地域の外へ出さず、地域で循環させるということ。

日本では?安定供給⇒化石燃料と原発のベースロード、 経済効率性⇒コスパ 、環境適合性⇒科学的安全性、再エネの無謀な開発 、安全性⇒再エネの無謀な開発、原発を運転する企業の適格性…

世界のエネルギーの4Dとは、脱炭素化、分散化、デジタル化、自由化。ここにドイツでは民主化が加わり、日本では少子高齢化が加わることもある。蓄電の限界があることからも電力の3E+S(安定供給、経済効率性、環境適合性、安全性)が重要になるが、日本ではすべての項目において、SDGsやサーキュラー・エコノミーとの間にずれが生じ(写真)、世界の潮流に乗れていないという。

ドイツでは、再生可能エネルギーの発電所を一般市民である個人や農家が所有していることが多い。誰かが投資して与えてくれるものではなく、自分たちで投資して自分たちで地元に立ち上げていくものであるという意識も定着していると言える。日本にも市民が出資して再エネ発電所を建設する、日本のNPOのひとつ北海道グリーンファンドの“はまかぜ”をはじめとする各地域の取り組みがある。

基本的には再エネの推進、取り組むほどに地域が潤う。

こうした取り組みに熱心で、最も進んでいる自治体にドイツのライン=フンスリュック郡が挙げられる。この自治体では、ドイツの中でもとりわけ地域の経済価値循環に成功している。ライン=フンスリュック郡の借金は、市民一人当たり594ユーロ。同規模の自治体では平均2780ユーロ、ドイツ全体の自治体の平均が3519ユーロであることからも、非常に健全な運営がされていることがわかる。この地域では、これまでに年間約350億円、市民一人当たり34万円がエネルギーを輸入するために地域外に流出しており、2050年までに年間300億円を地域にとどめることが目標としてきた。地域にとどまったお金によって商店街の活性化や、自治体の建造物の省エネ改修、図書館の新設、幼稚園の完全無料化などを実現し、地元の価値はますます高まっている。

省エネ 

蛍光灯などをLEDに交換するだけで、一年間に一世帯1万円の電気代の節約にもつながるという。冷蔵庫を最新の冷蔵庫に買い替えると、10年前の冷蔵庫と比較して2倍、20年前のものでは3倍も電気代が異なる。こちらも年間1万円以上の電気代の節約となり、化石燃料の使用を減らすことができる。

小さな村の小高い丘には風車が立ち並ぶ。

ドイツの人口2500人規模のヴィルトポルツリート村では、地域の住民が出資して風車を建設、電力需要のおよそ7倍を発電し、出資者が8%の配当金を得るまでになった。気候変動に貢献するのみならず、再エネに取り組むとお金が入ってくることを実感した地元住民の92%が、小さな村に立ち並ぶ風車に賛成している。さらには余った電力を利用し、2011年に蓄電池の会社Sonnenを設立。わずか10年で、ドイツで最も蓄電池を売り上げる企業に成長し、2018年には石油会社Shellに買収され、人口2500人の村に再エネが数百億円をもたらした。

 

再エネにおける課題

再エネのコストは高いという印象があるが、ドイツではすでに再エネは化石燃料よりも低コストになっている。LEDや省エネ型の新しい冷蔵庫への買い替えも進み、ドイツでは個人の電気使用量はずっと下がっているため、電気代の単価が上がっても、全体的な家庭での支出は下がっていると言える。

発電業界では、大規模集中型から小規模分散型への転換が進み、電気の安定供給への対策としてVPP(Virtual Power Plant/仮想発電所)が主流に。ネットワーク化された巨大なエネルギーマネジメントシステムは、大規模電源よりも優れた安定供給を実現する。日本とドイツでは、電気系統が異なるが、必ずしもドイツのシステムが応用できないわけではないという。

このほか電気が足りないわずかな時間を補うために、蓄電池や水素をあてがい、地域で発電したものを地域で循環させることを目指す。結果として、先に挙げた自治体などのように、使ったお金は地元にとどまり、地域の経済価値が高まる。

ドイツでは、これまでの経験から大規模電源は扱いづらいということがわかってきた。従来の大規模電源である原発と小規模分散型の電源の共存は、経済効率の観点から持続不可能であり、システムの安定性を確保するためには、いずれどちらかの選択を迫られる。エネルギーの効率化を鑑みて、ドイツは国産で経済価値が循環する小規模循環型の再エネを選んだ。

エネルギー転換を目指すことによって、再エネは、地域にお金を残し、残ったお金は市民に健全かつ文化的に役立てられ、誰もが平等である社会に貢献される。このようにドイツでは、原発ではなし得なかったことが起きているという。

ドイツは総エネ60%の再エネ化を目指す

再エネの発電率を比較すると、それでもドイツはEUのなかで遅れを取り、足を引っ張っている。

今後ドイツでは、間近に迫る2022年の脱原発、2038年の化石燃料からの脱退が計画されており、2050年をめどに電力供給の80%、交通や熱を含めた総エネルギー供給の60%の再エネ化を目指すことになっている。

 

Q: 地域にお金を落とす再エネというのが日本の人々の意識に定着しないのはなぜ?

A: 専門的な話になると税制の違いなどもあるが、ざっくり言えば、日本では、誰かに任せておけば物事が解決するとの考え方が多い。ドイツでは、地方への交付金が非常に少なく、自治体は自分でお金を稼がないと地元を維持することができないため、地域が自主的に取り組んでいる。日本の場合は、稼ぎが増えると地方交付税・交付金が削減される。地方の努力が地方の豊かさに直結しない、中央集権型のシステムが国家レベルの問題としてある。もうひとつに学校など教育の場で、エネルギーについて話す機会が非常に少ないことも一因なのではないか。

(質疑応答の一部より)

参加者からのこのほかの質疑にも、丁寧にお答えしていただいていますので、以下のリンク先より、西村さんの講演の動画をぜひご覧ください。

日本のNPO団体アースウォーカーズによるプロジェクトで、ドイツの再エネを学びに渡独した福島県内の高校生を対象に、西村さんが開催された講演のブログも合わせてご一読ください。ドイツの省エネ建築と日本との制度の違いについても触れています。

ドイツの再生可能エネルギーに学ぶ福島の高校生 2019 http://snbblog.sundayresearch.eu/?p=4222
講演者:西村健佑氏

ベルリン自由大学・環境政策研究所環境学修士、エネルギー市場・政策エキスパート、ベルリンでエネルギー市場調査に関するコンサルタント会社Umwerlin (https://note.com/umwerlin) を経営。欧州のエネルギー・産業政策の調査、通訳、翻訳、また日独中小企業のビジネスコンサルも手がける。クラブヴォーバンメンバー。共著に『海外キャリアのつくり方 〜 ドイツ・エネルギーから社会を変える仕事とは? 〜 』『進化するエネルギービジネス(ポストFIT時代のドイツ)』

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NEWS:フクシマ原発事故8周年 かざぐるまデモのお知らせ

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Kazaguruma Demo zum Fukushima Jahrestag am 09.03.2019
Fukushima mahnt: Atomausstieg weltweit!
フクシマ原発事故8周年 かざぐるまデモ

開催日時:2019年3月9日 12時より
集合場所:Brandenburger Tor, Pariser Platz, 10117 Berlin

2011年3月11日に起きた東日本大震災の一環で、深刻な原発事故が起きました。このフクシマ原発事故こそ、技術大国であっても原子力は制御できないことを証明しています。原発が世界にある限り、このような原発事故はいつでもどこでもまた起こり得るものです。

2018年現在で、世界中に運転可能な原子炉は446基あります。各原子炉は1年に20から30トンの放射性廃棄物を出します。でも操業可能な最終処分場はまだどこにもありません。

ドイツでは脱原発は決定されたものの実現は徹底されていません。今でも7基の原子炉が稼働しており、毎日放射性廃棄物は増えています。原発のいくつかの稼働時間を延長せよと訴えている影響力の強いロビーもあります。同時に、リンゲンにある燃料棒製造工場、グローナウにあるウラン濃縮工場、研究用原子炉は脱原発から除外されています。

2022年までにドイツには1万5千トンの高レベル放射性廃棄物が山積みになる予定です。8000世代以来存在する人類が、たった3世代で夥しい量の放射性廃棄物を生み出してしまいました。しかも、このゴミはこれから3万3千世代も生物圏から隔離していかなければならないものです。

原子力ロビーはこの無責任な原子力技術を「二酸化炭素を排出しない地球にやさしいエネルギー」などと宣伝しています。しかし、ウラン採掘から電力や兵器のための原子力エネルギー利用、それから放射性廃棄物の貯蔵に至るまで、大量な二酸化炭素が作られます。再生可能エネルギーへなるべく早く転換し、エネルギーをなるべく節約することでしか、本当に地球温暖化を抑えていく方法がないことは明らかです。

原子力技術は私たちの地球をあらゆる形で「住めない場所」にしようとしています。核兵器やその他の放射能兵器、「通常の操業」における原子力施設から出される放射性廃棄物、いつどこでまた起こるかわからないチェルノブイリやフクシマのような原発事故、そしてどこでどう生物圏に忍び込んでくるかわからない放射性廃棄物のそれらがすべて地球を脅かしています。

私たちは次のことを求めます:
• 世界中の原子力施設を即刻停止すること
•およびその他の原子力技術を促進する団体の解散
• 原子力技術を促進するための補助金等を、再生可能エネルギーおよび放射性廃棄物処分・保管のための独立した市民団体が管理する研究へ回すこと
• 世界全体の核兵器廃絶。ドイツと日本は国連の「核兵器禁止条約」に署名してください

Website:
http://kazagurumademo.de

Facebookイベントページ:
https://www.facebook.com/events/2327156154275022/

主催:
Sayonara Nukes Berlin sayonara-nukes-berlin.org
Anti Atom Berlin www.antiatomberlin.de
NaturFreunde Berlin www.naturfreunde-berlin.de
Greenpeace Energy www.greenpeace-energy.de

共催:
BUND
IPPNW
Rote Beete
ICAN
Coop AntiWar Cafe
Kuhle Wampe
BürgerInitiative Lüchow-Dannenberg
Friedensglockengesellschaft Berlin e.V.
Ausländer mit uns
Die Linke Landesverband Berlin[:en]

Fukushima warns: Nuclear phaseout worldwide!
Call for the Demonstration on 8th Anniversary of Fukushima on March 9th 2019

Sa. 09.03.2019  12:00 Uhr
Brandenburger Tor, Pariser Platz, 10117 Berlin

A series of one of most severe nuclear accidents worldwide followed a strong earthquake and tsuhami on 11 March 2011. The Fukushima Nuclear Accident shows clearly that even highly industrialized countries cannot ensure safe nuclear plants. Nuclear disasters like this could recur at anytime, as long as nuclear plants are being operated.

Worldwide 446 reactors in nuclear power plants were still operating in 2018. Every reactor produces 20 to 30 tons of highly radioactive nuclear waste per year. And no operational final storage facilities are there to host the waste long term.

No consistent nuclear phaseout has been resolved in Germany. 7 nuclear power plants are still operating in Germany. Influential economic lobbies are calling for extending their life. At the same time three research reactor and the uranium enrichment facility Gronau and the fuel elements factory Lingen are completely excluded from the so-called nuclear phaseout.

Until 2022 15,000 tons of highly radioactive nuclear waste will be accordingly piled up in Germany. Approximately 8000 generations of human beings have been alive and less than three generations have created the giant amount of atomic waste, which has to be kept away from the biosphere for 33,000 generations.

The nuclear lobby is misusing the concern over climate change in order to represent their irresponsible business as a “climate saving” strategy. Nevertheless plenty of CO2 is produced throughout the nuclear chain beginning from uranium mining to generation of nuclear power for electricity and weapons up to “storing” of nuclear waste, not to mention that the reducing of CO2 and nuclear risks cannot be set off against one another. This is why it is important to recall: Only the rapid shift to renewable energies and consequent energy saving could mitigate climate change.

The nuclear technology threatens to make our planet Earth uninhabitable in several ways:
-Constructing nuclear weapons and other radiological dispersal devices,
-Polluting radioactive emissions from nuclear facilities in “normal operation”,
-Increasing the risks of nuclear meltdown like in Chernobyl and in Fukushima, which could happen again,
-and finally by unforeseeable leakage of nuclear waste.

We therefore call for:
• Immediate shutdown of all nuclear facilities worldwide.
• Annulling of EURATOM and all the other organizations promoting the nuclear technology.
• Redeployment of all nuclear technology promoting grants and subsidies in favor of renewable energy and researches on dealing with nuclear waste controlled by civil society.
• Worldwide ban of all kinds of nuclear weapons. Germany and Japan must accede to the „Treaty for the Prohibition of Nuclear Weapons“ of the United Nations.

Website:
http://kazagurumademo.de

Facebook Eventpage:
https://www.facebook.com/events/2327156154275022/

Veranstalter:
Sayonara Nukes Berlin sayonara-nukes-berlin.org
Anti Atom Berlin www.antiatomberlin.de
NaturFreunde Berlin www.naturfreunde-berlin.de
Greenpeace Energy www.greenpeace-energy.de

Kooperierende Gruppen:
BUND
IPPNW
Rote Beete
ICAN
Coop AntiWar Cafe
Kuhle Wampe
BürgerInitiative Lüchow-Dannenberg
Friedensglockengesellschaft Berlin e.V.
Ausländer mit uns
Die Linke Landesverband Berlin[:de]

Kazaguruma Demo zum Fukushima Jahrestag am 09.03.2019
Fukushima mahnt: Atomausstieg weltweit!

Sa. 09.03.2019 ab 12:00 Uhr
Brandenburger Tor, Pariser Platz, 10117 Berlin

Nach einem starken Erdbeben und einem dadurch ausgelösten Tsunami am 11. März 2011 folgte eine der schwersten Katastrophenserien in einem Atomkraftwerk weltweit.
Die Atomkatastrophe von Fukushima zeigte überdeutlich, dass auch hochindustrialisierte Staaten einen sicheren Betrieb von Atomkraftwerken nicht beherrschen können. Solange Atomkraftwerke auf der Welt betrieben werden, kann sich eine solche Atomkatastrophe jederzeit wiederholen.

Weltweit waren 2018 noch 446 Atomreaktoren betriebsfähig. Jeder Reaktor produziert 20 bis 30 Tonnen hochradioaktiven Atommüll pro Jahr. Nirgendwo gibt es ein betriebsbereites Atommülllager für diesen hochgefährlichen Atommüll.

Auch in Deutschland wurde kein konsequenter Atomausstieg beschlossen. Noch immer sind 7 Atomkraftwerke in Betrieb. Seit Monaten fordern einflussreiche Wirtschaftslobbys eine Verlängerung der Laufzeiten für einzelne Atomkraftwerke. Gleichzeitig sind die drei Forschungsreaktoren und die Atomfabriken Gronau und Lingen vom sogenannten Atomausstieg ausgenommen.

Bis 2022 werden sich allein in Deutschland 15.000 Tonnen hochradioaktiven Mülls angehäuft haben. Seit etwa 8.000 Generationen gibt es Menschen auf der Erde; weniger als drei Generationen haben die gewaltige Menge Atommüll geschaffen, die nun von 33.000 nachfolgenden Generationen von der Biosphäre fern gehalten werden muss.

Die Atomlobby missbraucht die Sorge um den Klimawandel um die unverantwortliche Atomtechnologie als „Klimarettung“ darzustellen. Doch vom Uranabbau bis zur Erzeugung von Atomenergie für Strom und Waffen bis zur „Lagerung“ des Mülls werden riesige Mengen CO2 erzeugt. Deshalb gilt: Nur der schnelle Umstieg auf erneuerbare Energien und konsequente Energieeinsparung können den Klimawandel mildern.

Die Atomtechnik droht unsere Erde auf verschiedene Weise unbewohnbar zu machen: Durch Atomwaffen und andere radiologische Waffen, durch radioaktive Emissionen der Atomanlagen im „Normalbetrieb“, durch Super-GAUs wie in Tschernobyl und Fukushima, die immer wieder vorkommen werden, und durch die Gefahren des Atommülls für die Biosphäre.

Wir fordern deshalb:
• Sofortige Stilllegung aller Atomanlagen weltweit.
• Auflösung von EURATOM und aller anderen die Atomtechnik fördernden Organisationen.
• Umlenkung aller der Atomtechnik gewidmeten Fördermittel und Subventionen zugunsten erneuerbarer Energien und einer zivilgesellschaftlich kontrollierten Forschung zum Umgang mit dem Atommüll.
• Weltweites Verbot aller Atomwaffen. Deutschland und Japan müssen dem „Vertrag über das Verbot von Kernwaffen“ der UNO beitreten.

Website:
http://kazagurumademo.de

Facebook Eventsite:
https://www.facebook.com/events/2327156154275022/

Veranstalter:
Sayonara Nukes Berlin sayonara-nukes-berlin.org
Anti Atom Berlin www.antiatomberlin.de
NaturFreunde Berlin www.naturfreunde-berlin.de
Greenpeace Energy www.greenpeace-energy.de

Kooperierende Gruppen:
BUND
IPPNW
Rote Beete
ICAN
Coop AntiWar Cafe
Kuhle Wampe
BürgerInitiative Lüchow-Dannenberg
Friedensglockengesellschaft Berlin e.V.
Ausländer mit uns
Die Linke Landesverband Berlin[:]

2月23日かざぐるまワークショップ 2019のお知らせ

[:ja]

2月23日は

かざぐるまワークショップ 2019

::: WINDRÄDER BASTELN mit Kaffee und leckeren Kuchen :::

工作をしながらの午後のコーヒーはいかがですか?3 月 9 日に行われる「かざぐるまデモ*」で配るかざぐるまをみんなで作ります。お子様の参加も歓迎します。ぜひご家族やご友人をお誘いあわせの上、足をお運びください。

針金を切ったり曲げたりするペンチ、はさみや千枚通しをお持ちの方は、できればご持参ください。そのほかの必要な材料はすべて会場に用意してあります。

*かざぐるまデモって?

Kazaguruma Demo
zum 8.Jahrestag von FUKUSHIMA
Sa.9.3.2019
ab 12:00Uhr
Treffpunkt:Brandenburger Tor (Pariser Platz) Berlin

www.kazagurumademo.de

主催:Sayonara Nukes Berlin

 [:de]

::: WINDRÄDER BASTELN mit Kaffee und leckeren Kuchen :::

Für die Demo zum 8. Jahrestag von Fukushima am 09.03.2019
Eintritt frei!!

Wie wär’s mit einem Bastelnachmittag mit Kaffee und Kuchen? Wir werden wieder viele Windräder basteln, die wir bei der Demo* zum 8. Jahrestag von Fukushima am 09.03.2019 verteilen wollen. Familien mit Kindern sind willkommen.

Es wäre von Vorteil, wenn ihr eigenes Werkzeug wie Schere, Zange oder Ahle mitbringen würdet. Sonst sind alle Materialien zu basteln vorhanden!

*Was ist die Kazaguruma DEMO?

Kazaguruma Demo
zum 8.Jahrestag von FUKUSHIMA
Sa.9.3.2019
ab 12:00Uhr
Treffpunkt:Brandenburger Tor (Pariser Platz) Berlin

www.kazagurumademo.de[:]

フクシマの女たち・福島原発告訴団団長・武藤類子さんによる 2018年フクシマ原発事故7周年に向けたメッセージ

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武藤類子                  福島原発告訴団団長 / ひだんれん共同代表 / 原発いらない福島の女たち

福島に心を寄せる世界の皆さまへ

福島原発事故から7年。今年も3.11がやってきます。

2011年のあの日から、ずっと福島を見守り、手を差し伸べて下さる皆さまに心から感謝致します。

今、福島では帰還、復興、健康作りなどの言葉が飛び交っています。2020年のオリンピックを2年後に控え、莫大な復興予算が投入され、震災の被害が顕著であった沿岸地域を中心に、イノベーションコースト構想と名打ち、廃炉技術やロボットの開発施設、大型風力発電、メガソーラー、木質バイオマス発電所などが建設されています。放射能汚染が最も深刻な福島第一原発立地町である双葉町にも、原発事故の被害の実相を伝えるとうたったアーカイブ拠点や産業会館等が建設を予定され、高校生の修学旅行を誘致しようとしています。福島県は、オリンピックまでにすべての避難者を帰還させたいと考え、海岸線を走る常磐線の全線開通も間近です。

しかしその陰では、著しい人権侵害が起きています。現在推進されている帰還政策は、除染をして元通りの安全な場所に戻ったからお帰りくださいというものではないのです。年間被ばく線量が、原発事故前の20倍である20ミリシーベルトを下回る地域では、被ばくを我慢して暮らせというものです。保養などの帰還後の被ばく防護策は特になく、避難解除後は、帰還しなくとも、精神的賠償や避難住宅の無償提供を打ち切られます。たちまち生活が困窮し、追い詰められて望まない帰還をする人、ホームレスになった人や自死する人も出ている状況です。避難住宅の立ち退きを迫られ、裁判に訴えられている家族もあります。国連人権理事会による人権審査で、国連加盟国4カ国が、原発事故被害者の人権状況を是正するように、日本政府に勧告しています。

原発サイトでも深刻な状況は続いています。トリチウム汚染水の1000tのタンクは800基を超えました。原子力規制委員会の更田委員長、元委員長の田中氏は、「海に流すことが唯一の解決策だ」と地元自治体を回って説得をしています。私が4歳の時に生まれて初めて見た海は、福島県いわき市の海でした。今でもその光景が目に浮かびます。世界の3大漁場と言われ、豊かな生き物たちに満ちていました。そして何より海は世界につながっています。原発事故で既に大量の放射性物質が流されたのに、更に人為的に流し、世界の海をこれ以上汚したくはありません。本来規制する側が積極的に流そうと動いていることは許しがたいことです。現在、福島の漁業者たちが必死でトリチウム汚染水の放出を止めています。どうか世界からも是非声をあげて下さい。お願い致します。

福島県民健康調査における甲状腺検査では、がんとがんの疑いが現在193人となりました。相変わらず県民健康調査検討委員会は原発事故との関連は考えにくいとの見解ですが、この数字のほかに、県民健康調査に報告されていない甲状腺がん患者がいることが昨年発覚しました。県民健康調査の甲状腺検査を受けた後に「経過観察」とされた人が、次回の県民健康調査の前にがんが発見された場合、県民健康調査の報告に反映されていないことが分かりました。その中に何人のがん発症者がいるのか調査すべきだとの声が、検討委員会の委員や市民からもあがり、ようやく県立医大が調査に乗り出すことになりましたが、調査に2年もかけるといいます。原発事故被害者に、唯一行われている健康に関する調査であるにもかかわらず、正しい結果が提供されてはいません。現在、この甲状腺検査に対し、「過剰診断」「学校での検査は人権侵害」「知らない権利がある」などの言葉を使い、縮小しようとする動きがあります。原発事故時に安定ヨウ素剤の配布を拒みさえした福島県は、責任を持って甲状腺検査を継続していくべきです。

一昨年、福島市の高校生が、廃炉作業中の福島第一原発の見学をしたとの報道があり仰天しましたが、その後、福島大学でも、授業の中に原発見学が取り入れられました。全国の高等専門学校でも、原発の廃炉のためのロボットコンテストなどが、避難指示が解除になった町で開かれました。私の住む町に建設された、福島県環境創造センターの放射能教育施設コミュタン福島には、ビジュアルやゲーム感覚で放射能について学ぶ展示がなされています。開所1年で約10万人が訪れ、子どもたちの感想文などを読んでみると、「放射能は危険なだけでなく医学や科学に役立つものであって良かった」「放射能は怖いものだと思っていたが、自然界にもあり、食べ物にも含まれていることがわかり、安心した」「みんながここで学べば福島への差別はなくなる」などが多く見られました。今も存在する放射性物質の危険を正確に認識し、それらから自分を防護することを学ぶ教育とは程遠いように感じます。

このような中で、沢山の損害賠償を求める裁判、行政に施策の誤りをただす裁判、刑事責任を問う裁判が開かれています。民事裁判では、東電や国が津波対策を怠ったことが認められた判決もあります。今年は次々と判決が出てきます。

昨年6月には、福島県民をはじめとする全国1万4千人からなる福島原発告訴団が、福島地方検察庁に刑事告訴をしたことから始まった刑事裁判の初公判がとうとう始まりました。被告人の東電の元最高幹部3人は、自分たちに責任はないと無罪を主張しましたが、検察官役の弁護士は東電の津波対策に対する不作為を証明する、多くの証拠をもって歴史的な闘いを開始しました。是非、注目をして下さい。現在、裁判長に宛てて、「厳正な判決を求める署名」を行っています。福島原発刑事訴訟支援団のHPに英語の署名サイトもありますので、ご協力をお願い致します。

東京電力福島原発刑事訴訟に「厳正な判決」を求める署名(日英仏)

今年の冬は、福島でも厳しい寒さでした。でも凍てつく土の下には、春に芽吹く植物の種が眠っています。新しい時代を夢見ることを忘れずに、今を誠実に生きていきましょう。そして世界の海がつながっているように、私たちもつながり続けましょう。

2018.3.11  福島にて  武藤類子

[:en]

Ruiko Muto                Member of Fukushima Women Against Nuclear Power Chair of the Complainants for the Criminal Prosecution of the Fukushima Nuclear Disaster

To all whosethoughts are with Fukushima

It’s been seven years since the Fukushima Nuclear Disaster on 11th of March 2011. I would like to wholeheartedly say thank you to all the Fukushima supporters.

These days in Fukushima, we often hear such words as “repatriation,” “reconstruction,” and “health creation.” With the Tokyo Olympic Games 2020 approaching, a huge investment has been made to redevelop disaster-struck areas. Research centres for decommissioning technology and for robotics, wind farms, mega solar parks, as well as biomass generators are being build in severely devastated coastal areas as a part of “Innovation Coast Project.” Futaba Town, one of the most heavily contaminated areas located in the immediate vicinity of Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant, plans to host an archive centre to record damage inflicted by the disaster, and an industrial centre in an attempt to attract study trips from high schools. Fukushima Prefecture is soon reopening the whole length of a major motorway on the eastern coast, trying to repatriate all the Fukushima evacuees.

On the other hand, however, there are a string of human rights violations on a huge scale. The current repatriation scheme does not mean that you can return to a thoroughly decontaminated, safe area. Instead, it means that you have to live with the contamination as long as the dose is claimed to be under 20 millisieverts a year. This threshold is 20 times higher than the allowable dose for citizens everywhere in the world before the disaster. There are no publicly funded recuperative support plans for the repatriated children. Financial compensations and housing subsidies are cut even if you decide not to return. There are people who have no choice but to return to the still-contaminated area for financial reasons. Some are resigned to become homeless and others have felt so devastated that they have taken their own lives. Some evacuee families have been sued  for eviction from their shelters. In the UN Human Rights Council, four member states have recommended corrective actions over the human rights situation in Japan.

The situation within the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant also remains highly critical. There are now over 800 tanks, each of which contains 1000 tons of tritium-contaminated water. The current and previous chairmen of the Nuclear Regulation Authority have insisted that pouring the tritium-contaminated water into the ocean is the only solution, and they are attempting to gain consent from local authorities. For me, this is the first ocean I saw in my life as a four-year old girl. I can still picture the scenery in my mind. It was one of the three greatest fishing places in the world, with rich marine life. The ocean connects many places all over the world. Now that Fukushima Nuclear Disaster has already caused massive radioactive contamination of the ocean, I don’t wish to exacerbate it by letting the contaminated water in the tanks flow in, further contaminating the ocean. It is unbearable for me that the government is indeed trying to promote such an action despite the fact that they should  be trying to stop it. The local fishing industry is desperately trying to prevent the release of tritium-contaminated water into the ocean. I have to ask you all over the world to raise your voice with them.

The number of people in Fukushima Prefecture having thyroid cancer, or having large cysts that indicate possible thyroid cancer, has risen to 193. The Oversight Committee for Fukushima Health Management Survey continues to insist that it is “unlikely” that the Fukushima Nuclear Disaster caused the surge in the number. What is worse, it turned out last year that there were unreported thyroid cancer cases. People who were deemed “in need of follow-up observation” at the first screening and then individually received thyroid cancer diagnosis before going through the next screening, did not appear in the statistics. Faced with criticism from some committee members and citizens, Fukushima Medical University has decided to look into the matter. The investigation, however, is supposed to take as long as two years. Despite the fact that this survey is the only one that examines the health conditions of Fukushima victims, not even a correct result has been provided. There are also people trying to diminish the scope of the health survey, using phrases like “overdiagnosis,” “a health survey in school violates human rights,” or “people have rights not to know.” I think Fukushima Prefecture, which refused to even distribute iodine at the beginning of the nuclear accident, has a responsibility to continue carrying out the thyroid cancer survey.

Two years ago I was surprised to learn that high school students visited Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant to observe decommissioning works. Now Fukushima University has also started to provide students with opportunities to visit the plant as a part of their curriculum. With the aim of developing robots that can be used for decommissioning work, technology students from all over Japan are encouraged to join robotics competitions in Fukushima. Commutan Fukushima, a facility in my town built for the purpose of radiation education, helps children learn through visual aids and games. There have been 100 thousand visitors during the year since its opening. There I had an opportunity to read messages left by visitors. Many children wrote “I was scared of radioactivity, but I am glad to be reassured that it exists in the natural environment and foods, ”  or “if everyone learns here, Fukushima will no longer be discriminated.” As such, the aim of the facility seems far from educating the children how to acknowledge and protect themselves from the danger of radioactive substances that still surround us.

Meanwhile, various lawsuits are going on in order for the victims to be properly compensated, to correct administrative procedures, or to demand criminal convictions for those responsible for the disaster. In a civil case, the court decided that Tokyo Electric Power Company (TEPCO) and the Japanese government neglected necessary precautionary measures against Tsunami. More judgments are expected this year. Hearings of the case brought by 14 thousand complainants for the criminal prosecution of TEPCO executives finally started last June. Although the three former top executives of TEPCO pleaded not guilty, prosecutors started the legal procedure with ample documents and facts to prove TEPCO’s negligence over the risk of Tsunami. I would like everyone to keep an eye on the proceedings. We are collecting signatures to petition for a truly fair trial. We have an English version of the petition form ready on our website: http://kokuso-fukusimagenpatu.blogspot.co.uk/p/please-sign-petition.html

This winter was very cold in Fukushima, too. Under the icy ground, however, plant seeds are waiting to sprout in the spring. Let’s not forget to dream about a new era, while living this moment with sincerity. Let’s keep our solidarity, just like oceans unite the world.

March 2018


(Translated by JAN UK)

[:de]

Ruiko Muto                 Sprecherin der Klägergruppe gegen TEPCO/Repräsentantin der Gruppe Frauen von Fukushima

An alle auf der Welt, deren Gedanken bei Fukushima sind Sieben Jahre nach dem Atomunfall von Fukushima. Wieder nähert sich ein Jahrestag. Zunächst möchte ich mich bei all denen bedanken, die seit jenem Katastrophentag 2011 Fukushima begleitet und uns unterstützt haben.

Zur Zeit werden wir in Fukushima von Wörtern wie „Heimkehr“, „Wiederaufbau“ oder „Gesundheitsförderung“ umschwirrt. Im Hinblick auf die Olympiade 2020 wird ein gigantisches Wiederaufbaubudget aufgelegt. Vor allem entlang der Pazifikküste, die ja durch das Erdbeben besonders verheert war, werden unter dem Leitbild „Innovation Coast“ Anlagen zur Entwicklung von Reaktorrückbau- und Robotertechnik, riesige Windkraftwerke, Mega-Solaranlagen und Biomasse-kraftwerke auf Holzschnitzelbasis errichtet. Sogar in Futaba-machi, das am stärksten radioaktiv belastet ist, weil dort das Kraftwerk Fukushima Dai-ichi liegt, sind ein Archivgebäude und eine Gewerbehalle in Planung. Das Archiv, so heißt es, soll die Wahrheit über die Schäden durch die Reaktorunfälle bewahren und vermitteln, und zum Reiseziel für Klassenfahrten der Oberstufe und für Studienreisen werden. Bis zum Beginn der Olympiade will die Präfektur Fukushima sämtliche Evakuierten in ihre Heimatorte zurückgebracht und die Bahnstrecke entlang der Küste wieder vollständig für den Verkehr geöffnet haben.

Gerade deshalb kommt es zu schweren Menschenrechtsverletzungen. Die gegenwärtig verfolgte Rückkehrpolitik bedeutet keinesfalls, dass man eingeladen ist, an dekontaminierte, wieder in den ursprünglichen Zustand versetzte, sichere Orte zurückzukehren. Vielmehr wird man gezwungen, in Gegenden mit einer Jahresdosis von bis zu 20 MilliSievert zu leben, und so das Zwanzigfache der vor dem Unfall zulässigen Jahresdosis einfach hinzunehmen. An Erholung oder andere Strahlenschutzmaßnahmen nach der Rückkehr ist nicht gedacht, vielmehr werden nach Aufhebung der Evakuierungsanordnungen Entschädigungszahlungen für seelische Schäden oder die Wohnungsbeihilfe am Evakuierungsort einfach eingestellt, auch wenn man nicht zurückkehrt. So geraten manche mit einem Schlag in Not und Bedrängnis und kehren zurück, obwohl sie das nicht wollen, andere werden obdachlos oder nehmen sich sogar das Leben. Es gibt auch Familien, die auf Räumung ihrer Evakuierungswohnung verklagt wurden. In einer Untersuchung des UN-Menschen-rechtsrates haben 4 Mitgliedsländer die japanische Regierung offiziell ermahnt, die Menschenrechts-situation der durch den Atomunfall Geschädigten zu verbessern.

Auf dem Gelände von Fukushima Dai-ichi gibt es weiterhin gravierende Probleme. Tritiumbelastetes Wasser lagert in über 800 Tausendtonnentanks. Der Vorsitzende der japanischen Atomaufsicht Fuketa und sein Vorgänger Tanaka touren durch die betroffenen Gemeinden und erklären: „Die Einleitung ins Meer ist die einzige Lösung“. Als Vierjährige habe ich zum ersten Mal in meinem Leben das Meer gesehen, das Meer vor Iwaki-shi in der Präfektur Fukushima. Noch heute habe ich den schönen Anblick vor Augen. Die Fischgründe dort galten als die drittgrößten der Welt, voll der verschie-densten Meereslebewesen. Ist das Meer nicht das, was die ganze Welt verbindet? Durch den Atomunfall sind schon viele radioaktive Partikel ins Meer gelangt, da darf man doch nicht auch noch willkürlich die Meere der Welt weiter verschmutzen. Man darf doch nicht zulassen, dass eine Institution, die eigentlich kontrollieren soll, sich für unkontrollierte Einleitung ins Meer einsetzt. Die Fischer von Fukushima wollen die Einleitung um jeden Preis verhindern. Ich bitte Sie, erheben Sie überall auf der Welt Ihre Stimme zur Unterstützung der Fischer!

Die Schilddrüsenreihenuntersuchungen im Rahmen der Gesundheitsstudie der Präfektur Fukushima haben inzwischen 193 Kinder und Jugendliche mit Schilddrüsenkrebs oder –krebsverdacht ermittelt. Unverändert erklärt der Lenkungsausschuss der Gesundheitsstudie, ein Zusammenhang der Erkrankungen mit dem AKW-Unfall sei schwer vorstellbar. Abgesehen von dieser Zahl sind im letzten Jahr Fälle von Schilddrüsenkrebs bekannt geworden, die von der Gesundheitsstudie nicht erfasst wurden. Manche Teilnehmer an der Schilddrüsenreihenuntersuchung erhielten nämlich die  Empfehlung „Verlauf beobachten“, und wenn bei ihnen vor der nächsten Reihenuntersuchung ein Schilddrüsenkrebs festgestellt wurde, wurde dieser nicht in die Zahlen der Reihenuntersuchung aufgenommen. Sowohl aus dem Steuerungsausschuss wie aus der Bevölkerung wurde Kritik laut: Man müsse doch feststellen, um wieviel Fälle es sich dabei handelte. Schließlich wurde die Medizinische Hochschule Fukushima mit einer Studie beauftragt; sie soll in zwei Jahren fertig sein. Obgleich die Schilddrüsenreihenuntersuchungen die einzigen systematischen Untersuchungen zur Gesundheit sind, liefern sie noch nicht einmal richtige Ergebnisse. Gegenwärtig gibt es eine Bewegung, den Umfang der Schilddrüsenreihenuntersuchung zu verringern, die mit Begriffen wie „Überdiagnostik“, „Reihenuntersuchungen in Schulen verletzen Menschenrechte“, „Recht auf Nichtwissen“ operiert. Die  Präfektur Fukushima, die zur Zeit des Unfalls die Verteilung von stabilem Jod verhindert hat, sollte aber zu ihrer Verantwortung stehen und die Schilddrüsenreihenunter-suchungen fortführen.

Als vor zwei Jahren berichtet wurde, Oberschüler aus der Stadt Fukushima hätten das AKW während der Aufräumarbeiten besichtigt, waren wir entsetzt. Jetzt hat auch die Universität Fukushima solche Besichtigungen in ihr Lehrprogramm aufgenommen. In kleinen Städten, deren Evakuierungs-anordnung gerade aufgehoben wurde, fanden auch für Schüler von Fachoberschulen aus ganz Japan Wettbewerbe zum Bau von Robotern für die AKW-Aufräumarbeiten und ähnliches statt. In der Stadt, wo ich wohne, wurde das Bildungszentrum Radioaktivität „Comyutan Fukushima“, eine Einrichtung des Zentrums für Umweltmodellierung der Präfektur Fukushima, aufgebaut. Dort gibt es eine Ausstellung, in der man mittels Videos und Computerspielen etwas über Radioaktivität lernen soll. Seit der Eröffnung haben es etwa 100 000 Menschen innerhalb eines Jahres besucht. Schaut man sich an, was Kinder in das Besucherbuch geschrieben haben, findet man: „Gut, dass Radioaktivität nicht bloß gefährlich, sondern für Medizin und Naturwissenschaft wichtig ist,“ oder: „Ich habe gedacht, dass man vor Radioaktivität Angst haben muss, aber jetzt weiß ich, dass sie auch in der Natur und in Lebensmitteln vorkommt, und bin beruhigt,“ oder: „Wenn alle sich hier informieren könnten, würde auch die Diskriminierung von Fukushima verschwinden,“ und vieles andere dieser Art. Von einer Bildung, die auf die Gefahren durch gegenwärtig vorhandene radioaktive Substanzen eingeht, und zeigt, wie man sich davor schützen kann, ist das noch ziemlich weit entfernt, finde ich.

In dieser Situation gibt es noch viele Prozesse – um Entschädigung, um die Korrektur von Verwaltungsentscheidungen, um strafrechtliche Verantwortung. Ein Zivilgericht hat in einem Urteil anerkannt, dass die Betreiberfirma Tepco und die japanische Regierung Tsunami-Schutzmaßnahmen vernachlässigt haben. In diesem Jahr sind noch weitere Urteile zu erwarten.

Im Juni letzten Jahres hat eine Klägergruppe von 14 000 Personen aus Fukushima und aus ganz Japan bei der Staatsanwaltschaft Fukushima Strafanzeige gestellt. Der daraus folgende Strafprozess wird nun endlich gegen drei ehemalige Vorstandsmitglieder von Tepco geführt, die alle auf „nicht schuldig“ plädierten. Die Staatsanwälte wiesen mit zahlreichen Beweismitteln nach, dass Tepco bei der Tsunamivorsorge untätig war. Damit hat ein geschichtlich bedeutender Kampf begonnen. Bitte verfolgen Sie den Prozess. Es findet auch eine an den Gerichtspräsidenten gerichtete „Unterschriften-sammlung für ein strenges Urteil“ statt. Auf der Homepage der Unterstützergruppe gibt es auch ein Unterschriftsformular in englischer Sprache (https://kokuso-fukusimagenpatu.blogspot.de/p/please-sign-petition.html). Bitte unterstützen auch Sie die Sammlung.

In diesem Winter war es auch in Fukushima sehr kalt. Aber unter der gefrorenen Erde liegen die Samen, die im Frühjahr sprießen werden. Mögen auch wir im Jetzt aufrecht leben und nicht vergessen, von einer anderen Zeit zu träumen. Wie die Meere die Welt verbinden, so wollen auch wir verbunden bleiben.

zum 11. März 2018 in Fukushima, Muto Ruiko


(aus dem Japanischen: Annette Hack)

[:]

NEWS: Kazaguruma-Demo zum 7. Jahrestag von Fukushima

[:ja]

フクシマ7周年かざぐるまデモ
– 核の鎖を断ち切ろう!-

2018年3月10日13時より
ブランデンブルグ門/Brandenburger Tor-Pariser Platz, Berlin
::: 当日現地でかざぐるまを配布します:::

ブランデンブルグ門前にて13時より、今年もMad World Dance (Bodypoetことカズマ・グレン・モトムラとその仲間たち) 

Sayonara Nukes Berlinの創立メンバーの一人であるダンサー・振付師のカズマは自分をBodypoet(身体の詩人)と呼ぶ。彼は自分の身体で、踊りながら政治的、社会批判的なメッセージを表現します。彼のダンスパフォーマンスは私たちのかざぐるまデモではすでにもう「伝統」です。

毎年、違うテーマを捉えては、原子力エネルギーにまつわる複雑かつ多彩な問題点に批判的な光を投げかけます。今年も自分のダンスグループMad World Dance Projectを連れてくるBodypoetがデモでどのような身体の「詩」を見せてくれるのか、楽しみです!

 

デモ行進後の同場所でSympathetic Cardiogram、松崎大地によるライブペインティングと小野史敬によるパーカッションのパフォーマンスをそれぞれ予定しています。
松崎大地:大阪府出身。リズムとインスピレーションで筆が踊るポップスピリチュアルペインター。京都精華大学在学中からライブペインティングを始める。商店街イベント、祭、カフェ、美術館、ギャラリー、ライブハウスなど、様々な場所でパフォーマンスを行う。2012年から2014年4月まで世界一周、33ヶ国を旅しながら、各地でライブペインティグや壁画制作を行う。2016年10月より現在はドイツ、ベルリンで活動中。

小野史敬:打楽器奏者。日本の音楽大学を卒業し、現在ドイツにソロとオーケストラ音楽を学ぶため留学中。第14回PAS Italy Percussion Competition スネアドラム部門 優勝。またオリジナルの打楽器作品を発表するなど多岐に渡る活動を展開ている。


核兵器廃絶を求める国際キャンペーンICANは、
2017年にノーベル平和賞を受賞しましたが、核兵器は世界から消えたわけではありません。今でも、地球を何度も壊滅させるだけの核弾頭が世界には存在します。

脱原発の声はありながらも、2017年始めには世界31か国で計449基*の原子炉が稼働(または稼働可能状態)、2018年1月現在、ドイツではまだ7つの原子炉が稼働しています。日本にある原発54基はすべてフクシマの事故後停止されていましたが、市民の反対にもかかわらずすでに5基が再稼働しています。

原子力の民間利用と軍事利用は、同じコインの裏表であり、核の鎖でしっかり結びついています。核の鎖にはウラン採掘、研究用原子炉、ウラン濃縮工場、再処理工場という環が含まれ、最後に放射性廃棄物が残ります。いわゆる「原子力の平和利用」は、兵器として利用できる核物質を広める働きをしているのです。核兵器の廃絶と脱原発を求めるなら、この核の鎖全体を断ち切らなければいけません。

この核の鎖の環はどれも、何十万年も消えることのない放射性廃棄物やフォールアウトを生み出します。放射線は健康にとっても環境にとっても極めて危険で、何十年経った後でも、または世代を超えてがん、心血管疾患、代謝疾患、遺伝性欠陥などを起こします。そしてこの核の鎖が遺す放射性廃棄物には、適した保管方法は見つかっていません

広島・長崎の原爆投下から73年、チェルノブイリから32年、フクシマから7年が経った今、核の時代を過去のものとして葬るために、核の鎖を世界で断ち切ることが必至です!

私たちは次のことを求めます:
1.ウラン採掘を世界中で禁止する。ウランは地中に置いておくべきである。
2.核分裂性物質製造の停止。しかも兵器製造目的のいわゆるカットオフだけでなく、民間利用のための核分裂性物質製造も同様に停止する。
3.包括的核実験禁止条約を今こそ締結する*。
4.ドイツと日本は核兵器禁止条約を採択せよ。
5.すべての原発の停止と、新原発建設計画の破棄。
6.EURATOM(欧州原子力共同体*)契約を解消し、再生可能エネルギー促進契約に置き換える。

* 情報源: http://www.nuklearforum.ch/de/fakten-und-wissen/kernkraftwerke-der-welt
* 包括的核実験禁止条約はまだ未発効で、1963年の部分的核実験禁止条約しかまだ発効されていない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/部分的核実験禁止条約
https://ja.wikipedia.org/wiki/包括的核実験禁止条約
*EURATOM欧州原子力共同体は、原子力に特化した市場を創設して共同体中に原子力エネルギーを提供、かつ原子力エネルギーを開発して余剰分を非加盟国に売ることを目的とする。この共同体がEU内での原子力計画に対する融資制度を設けている。
参照: http://blog.ippnw.de/atomenergie-und-atomwaffen-unauflosbar-verbunden/

Website:
http://kazagurumademo.de/

主催:Sayonara Nukes Berlin
Anti-Atom-Berlin
Natur Freunde
共催:Greenpeace Energy
IPPNW Deutschland
Strahlentelex
Bürgerinitiative Luchow-Dannenberg
.ausgestrahlt
Rote Bete Berlin
LINKE Berlin
BUND
Coop Antikriegscafe
Kuhle Wampe Berlin
WOLF
ICAN
Deutsch-Japanische Gesellschaft Halle/Saalekreis eV

[:de]

Aufruf zur Kazaguruma-Demo
zum 7. Jahrestag von Fukushima
– Die Nukleare Kette brechen! –

Sa.10.3.2018
ab 13:00Uhr
Treffpunkt vor den Brandenburger Tor am Pariser Platz, Berlin
::: Windräder werden vor der Demo verteilt! :::


Auftaktperformance am Brandenburger Tor von Mad World Dance (Bodypoet Kazuma Glen Motomura + others)
Eines unsere Gründungsmitglieder, Tänzer und Choreograph Kazuma, nennt sich "Bodypoet" - Körperpoet –und drückt körperlich und tänzerisch seine politischen oder gesellschaftskritischen Botschaften aus. Seine Tanzperformance ist bereits "Tradition" unserer Kazaguruma-Demo, jedes Jahr greift er andere Themen auf, in denen verschiedene, komplexe Aspekte der Atomenergie kritisch beleuchtet werden. Er bringt wieder seine Gruppe "Mad World Dance Project" mit, wir sind alle sehr gespannt darauf, was er dieses Jahr auf der Demo für uns "dichtet".

Abschlussperformance am Brandenburger Tor von Daichi Matsusaki und Fumihiro Ono von Sympathetic Cardiogram.

Daichi Matsusaki  kommt aus Osaka, Japan. Er ist ein Pop-Art-Maler, der sich von Rhythmen inspirieren lässt. Als Student an der Kyoto Seika Universität hat er mit Live-Malerei begonnen. Er malt auf Straßenevents, Festivals und Live-Bühnen, in Cafes, Museen und Galerien. Von 2012 bis 2014 ist er mit seiner Live- und Wandmalerei durch 33 Länder getourt. Seit Oktober 2016 lebt er in Berlin.

Fumihiro Ono ist ein Perkussionist. Er studierte Musik in Japan. In Deutschland studiert er derzeit Solo- und Orchestermusik. 2016 hat er in Italien den 14. PAS-Perkussion-Wettbewerb im Bereich Snare-Drum gewonnen. Zurzeit arbeitet er an der Veröffentlichung eigener Perkussion-Stücke.
 


Die Kampagne ICAN wurde 2017 für ihren Einsatz zum Verbotsvertrag von Atomwaffen mit dem Friedensnobelpreis ausgezeichnet. Und es ist noch ein langer Weg, bis die Atomwaffen von der Welt verschwunden sein werden. Denn es gibt genug atomare Sprengköpfe, um die Erde mehrfach in die Luft zu jagen.

Zwar sprechen wir vom Ausstieg aus der Atomenergie, aber Anfang 2017 waren weltweit 449 Reaktoren in 31 Ländern in Betrieb*, seit Januar 2018 laufen noch 7 Reaktoren in Deutschland. In Japan wurden alle 54 Reaktoren nach Fukushima abgeschaltet aber trotz des Widerstandes der Bevölkerung sind bereits 5 Reaktoren wieder ans Netz gegangen.

Militärische und zivile Nutzung der Atomkraft sind zwei Seiten derselben Medaille, eng miteinander verbunden durch dieselben Glieder der nuklearen Kette – Uranabbau, Forschungsreaktoren, Anlagen zur Anreicherung oder Wiederaufarbeitung. Und am Ende der Kette bleibt der Atommüll. Durch die sogenannte friedliche Nutzung der Atomkraft wird für eine weite Verbreitung waffenfähiger Materialien gesorgt. Um Atomwaffen und Atomenergie abzuschaffen, muss man die gesamte nukleare Kette brechen.

All diese Kettenglieder produzieren radioaktiven Müll oder Fallout, die über Hundertausende von Jahren verbleiben. Die radioaktive Strahlung ist für Gesundheit und Umwelt gefährlich und verursacht Krankheiten wie Krebs, Herz-Kreislauf-Erkrankungen, Stoffwechselstörungen und genetische Defekte auch noch nach Jahrzehnten, und sogar über Generationen. Für den ständig wachsenden Atommüll am Ende der nuklearen Kette gibt es keine adäquate Lageroption.
73 Jahre nach Hiroshima und Nagasaki, 32 Jahre nach Tschernobyl und 7 Jahre nach Fukushima: Wir müssen die nukleare Kette weltweit brechen, um das atomare Zeitalter Geschichte werden zu lassen!

Wir fordern:
1. Ein weltweites Verbot von Uranabbau. Uran soll in der Erde bleiben.
2. Die Beendigung der Herstellung von spaltbaren Materialien aus Uran, im militärischen wie im zivilen Bereich.
3. Der umfassende Atomteststoppvertrag soll endlich in Kraft treten*.
4. Deutschland und Japan sollen dem Atomwaffenverbotsvertrag zustimmen!
5. Schnellstmögliche Abschaltung aller Atomkraftwerke und Verwerfung von Neubauplänen
6. Der EURATOM-Vertrag muss gekündigt und durch einen Vertrag zur Förderung von erneuerbaren Energien ersetzt werden.

* Quelle: http://www.nuklearforum.ch/de/fakten-und-wissen/kernkraftwerke-der-welt
* Der Vertrag von 1963 verbietet nur teilweise die Tests, der umfassende Vertrag ist noch nicht abgeschlossen: https://de.wikipedia.org/wiki/Kernwaffenteststopp-Vertrag
https://de.wikipedia.org/wiki/Vertrag_über_das_Verbot_von_Kernwaffenversuchen_in_der_Atmosphäre,_im_Weltraum_und_unter_Wasser
Siehe auch: http://blog.ippnw.de/atomenergie-und-atomwaffen-unauflosbar-verbunden/

Website:
http://kazagurumademo.de/

Veranstalter:
Sayonara Nukes Berlin
Anti-Atom-Berlin
Natur Freunde
Kooperierende Gruppen:
Greenpeace Energy
IPPNW Deutschland
Strahlentelex
Bürgerinitiative Luchow-Dannenberg
.ausgestrahlt
Rote Bete Berlin
LINKE Berlin
BUND
Coop Antikriegscafe
Kuhle Wampe Berlin
WOLF
ICAN
Deutsch-Japanische Gesellschaft Halle/Saalekreis eV

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NEWS:2月24日かざぐるまをつくるワークショップ開催

[:ja]工作をしながらの午後のコーヒーはいかがですか?3月10日に開催される「かざぐるまデモ – 核の鎖を断ち切ろう! -」で配るかざぐるまをみんなでつくります。お子さまコーナーもありますので、ぜひご家族やご友人をお誘いあわせの上、足をお運びください。

日時:2月24日 
13時から17時
 場所:Wolf Kino Studio, Wildenbruchstr.5, 12045, Berlin
 ※会場のWolf Kino StudioはWolf Kinoとは別の建物です。入り口はKinoの右隣にあります。


世の中ざわざわしていてよくわからないことが多すぎる、と不安を抱えて過ごしている方も、お茶を飲みながら気軽にああだこうだとお話ししましょう。ご希望の方には、今さら誰かに聞きづらい、在外選挙権(ドイツに居ながら日本の選挙に参加できる制度)についてやさしく説明してあるリーフレットと申請書を配布いたします!申請は実は選挙のない今がチャンス、、、!

★会場でも用意がありますが、針金を切ったり曲げたりするペンチ、はさみや千枚通しをお持ちの方がいましたら、ご持参いただけるとうれしいです。

Was ist die Kazaguruma DEMO?
かざぐるまデモって?

 Kazaguruma Demo
 zum 7.Jahrestag von FUKUSHIMA
 Sa.10.3.2018
 ab 13:00Uhr
 Treffpunkt:Brandenburger Tor-Pariser Platz, Berlin

 www.kazagurumademo.de

今年は5年目のワークショップ。毎年、老若男女問わずベルリン在住のみなさんがお手伝いしてくださいます。これまでの模様は私たちの過去のブログでご覧になることができます。

 ・2017年度 http://snbblog.sundayresearch.eu/?p=3567
 ・2016年度 http://snbblog.sundayresearch.eu/?p=2840
 ・2015年度 http://snbblog.sundayresearch.eu/?p=1602
 ・2014年度 http://snbblog.sundayresearch.eu/?p=765

[:de]::: WINDRÄDER BASTELN mit Kaffee und leckeren Kuchen :::

Sa.24.2.2018
ab 13:00Uhr bis 17:00
Wolf Kino Studio, Wildenbruchstr.5, 12045, Berlin
*Im Wolf Kino Studio (nicht im Wolf Kino), Eingang rechts vom Wolf Kino.

Eintritt frei!!

Wie wär’s mit einem Bastelnachmittag mit Kaffee und Kuchen? Wir werden wieder viele Windräder basteln, die wir bei der Demo zum 7. Jahrestag von FUKUSHIMA am 10.03.2018 verteilen wollen. Familien mit Kindern sind willkommen, es gibt auch eine Kinderecke.

Du wunderst dich, dass du nichts mehr von FUKUSHIMA hörst? Und 2020 werden in Tokio die Olympischen Spiele veranstaltet, weil angeblich alles unter Kontrolle ist? Lass uns darüber sprechen. Vielleicht gibt es hier ja Neuigkeiten, die dich schon immer interessiert haben.

★Es wäre von Vorteil, wenn ihr eigenes Werkzeug wie Schere, Zange oder Ahle mitbringen würdet. Sonst sind alle Materialien zu basteln vorhanden!

Was ist die Kazaguruma DEMO?
 
 Kazaguruma Demo
 zum 7.Jahrestag von FUKUSHIMA
 Sa.10.3.2018
 ab 13:00Uhr
 Treffpunkt:Brandenburger Tor-Pariser Platz, Berlin
 
 www.kazagurumademo.de

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福島から 6 年かざぐるまデモ 2017 in Berlin-原発のない未来を!

[:ja]2017年3月11日、福島第一原子力発電所の事故から6年目のこの日、私たちSayonara Nukes Berlinは、在独団体のAnti Atom BerlinNaturfreundeと共同で、今年もまた希望の象徴であるかざぐるまを手に、福島帰還政策の廃止や賠償金の継続を訴え、世界中の脱原発と自然エネルギーへの転換を求めてかざぐるまデモを行った。

ⒸTsukasa Yajima

集合時間を前にジャンダルメンマルクトでは、ベルリンに在住するアーティスト松崎大地さんのライブペインティングと小野史敬さんのパーカッションのパフォーマンスも。

 

NaturFreundeのウヴェ・ヒクシュ(Uwe Hiksch)さんによるはじまりの挨拶。ⒸTsukasa Yajima
福島第一原子力発電所事故被害者の武藤類子さんから欧州に寄せられた手紙で福島の近況を読み上げるSayonara Nukes Berlinの梶川ゆう。 ⒸTsukasa Yajima

この日のスピーチのいずれもが素晴らしいものであったので、その一部を和訳で紹介したい。

 

 

 

Ruiko Muto

福島第一原子力発電所の事故による被害者で三春町在住の武藤類子さんは、欧州に宛てて書かれた手紙の中で、福島県の原発事故は今も収束してはいないこと、事故のために人生を大きく変えられてしまった避難者たちが国と福島県の帰還政策によって住宅無償提供の打ち切りを強行されていること、刻一刻と避難指示が解除されていく地域には除染廃棄物が山積みされ、減容化のための焼却炉が作られていることなどを伝えた。

武藤類子さんのメッセージ和訳

ゴアレーベンからかざぐるまデモにかけつけてくれたElisabeth Hafner-Reckersさん             ⒸTsukasa Yajima

ゴアレーベンの市民グループ環境保護 Lüchow-Dannenbergの副理事長であるエリザベス・ハフナー・レッカース(Elisabeth Hafner-Reckers)さんは、私たちは福島の事故のもたらした出来事から警告を得て目を覚まし、起こりうる災難をどうしたらいいのか考えていくことができること、世界中のたくさんの人たちと一緒になって、エネルギーを産むほかの方法を取り、ライフクオリティーの高い(経済)成長を要求していくだけの心の準備のある現実主義者であると述べた。

Elisabeth Hafner-Reckers さんのスピーチ和訳

放射線テレックス(放射能、放射線および健康に関する 独立情報誌)発行者Thomas Derseeさん     ⒸTsukasa Yajima

放射線テレックスの発行者であるトーマス・デアゼー(Thomas Dersee)さんはたびたび訪れる福島で、事故後のがれきや除染などによって出る廃棄物の黒い袋が山積みになっている様子と、2016年6月末には日本の環境省が汚染土の再利用を許可しており、これらが道路や堤防作りなどの公共工事の基礎に使われることになってしまっていること、ドイツでも廃炉となった原発から解体されて出てくる放射性廃棄物のほとんどが、再利用されるか一般の家庭から出されるごみと一緒にゴミ捨て場に廃棄されていると話してくれた。

Thomas Derseeさんのスピーチ和訳

Greenpeace Energyの風力発電がかざぐるまのイメージにぴったりであると、昨年から私たちの活動を支援してくれている。広報担当のChristoph Raschさん    ⒸTsukasa Yajima

Greenpeace Energyの広報担当者であるクリストフ・ラシュ(Christoph Rasch)さんは、自然環境的にも、経済的にも、倫理的にも原子力発電にはもはや破綻が来ているにもかかわらず、我々の近隣諸国は原発ロビーのプレッシャーに屈服し、欧州諸国でまたも原発の新設が計画され欧州委員会によって許可が与えられることとなっている現実と、消費者として私たちが取り組むべきことを訴えた。

Christoph Raschさんのスピーチ

 

 

Mad World Danceとして風刺パフォーマンスを見せるベルリン在住のダンサーたち                                  ⒸTsukasa Yajima

デモ行進を終え、到着地のブランデンブルグ門前では、今年もダンサーで振付師である、BodypoetことKazuma Glen Motomura率いるMad World Dance が原発に物言えぬ市民たちをテーマに風刺パフォーマンスを見せてくれた。

 

今年も木内みどりさんから贈られた”福島を忘れないで”のバナーが思いを一つにベルリンの中心地を行進した。ⒸTsukasa Yajima

好天に恵まれるも参加者は例年より少なく、未だ収束されるには程遠い福島の事故への関心が薄れていくのを感じると同時に、私たちがこの活動に今後とも取り組んでいくことの大切さをあらためて考えさせられる年となった。

原発のない未来を求めて! ⒸTsukasa Yajima
ⒸTsukasa Yajima

この日のはじまりにライブペイントで描かれた松崎大地さんの作品を、経費とアーティストへの謝礼と引き換えに希望者にお譲りします。下記メールアドレスまで、どうぞお気軽にお問い合わせください。

sayonara-nukes-berlin[at]posteo.net

[]のatを@に変えてご送信ください。


報道:

“Für Zukunft ohne Atomanlagen!” – Sechs Jahre Fukushima: Demo gegen Atomkraft in Berlin | rbb Rundfunk Berlin-Brandenburg

Abendschau/ rbb Rundfunk Berlin-Brandenburg

Demonstration gegen Atomkraft in Berlin | evangelisch.de


Foto:

※Sayonara Nukes Berlinは、プロの写真家の方からイベント時の写真を提供していただいています。お写真を二次使用される際には、かならず撮影者にお問い合わせの上、キャプションにそれぞれの撮影者の名前をおつけください。

Tsukasa Yajima


動画:

Nobel & Frei

Mahnwache Kanzleramt


Blog:

5度目のデモ ~Kazaguruma Demo 2017~ : チーム名はファミリエ・ベア ~ハイジが記すクマ達との日々~

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“ヤクザと原発” 福島第一潜入記ドイツ語版出版記念講読会

[:ja]3月13日、ハンブルグに次いでベルリンでも”ヤクザと原発”のドイツ語版の出版を記念し、著者である鈴木智彦氏を招いての講読会が開催された。鈴木氏は、ジャーナリストという職業柄、自身が取材を受けるのは苦手であると断った上で、ジャーナリストとしては初めて事故後の福島第一原発に入ったので自分には応える義務があると、原発に関しては世界40~50か国からの取材を受けたそうだ。

また日本では福島の事故で民衆が分断し、大事なエネルギーの問題や将来の問題を話さなければならない中、それが叶わず、残念な状況にあると話された。

来場者を前に執筆の経緯を話す鈴木氏

もともとは原発への反対も推進する意図もなく、ジャーナリストとしてまだ誰もやっていないことをしようという目論見から潜入取材を試み、著書を出版された鈴木氏である。

著書については、ご自身が実際に見てこられた作業工程の他には、私たちのグループ内の読者からも不明瞭で精査性がないという感想が多かったように思う。私自身も疑問を抱えての読了、一部の単位や表現については合点がいかず専門家に確認する必要もあった。しかし一部のメンバーからは、ヤクザと原発をつなぐ着眼点がこれまでにない発想であるとの高い評価もあり、私は最終的には著書の中身よりも、この日、鈴木氏がお話になった演説や質疑応答にスッキリするものがあり、好感触を抱くことができた。

この日は本に書かれなかったことでは、原発の労働者にヤクザが入っていると疑ってから、福島県内で二番目に大きな指定暴力団を何度も観察に訪れるうち、所有車が次第に国産車から高価な外国車に移り変わる様子に気づいたという。会場からは度々笑いの声も。

日本の出版社からは暴力団からのクレームを恐れ、仮名表記との希望があった。そうした中、外国のメディアが取材に訪れては実名報道に勤しむ姿を目の当たりにし、この本を書いて日本の電力、権力がおかしいと思ったが、僕ら日本のメディアもおかしいのだと知ったと鈴木氏。

―東京電力の幹部から関連企業に”死んでもいい人間を集めてくれ” 事故当時、労働者を集めることができるのは暴力団だけだった

ヤクザがその体制を生かし、普段から組員一人当たりが10人から20人ほどの労働者を囲い、仕事に応じて派遣するのを知っていた鈴木さんは、東京や大阪の日雇い労働者をあたる。しかし事故後の混乱の最中では、信ぴょう性の薄い情報が飛び交い、次第に鈴木氏は自身が労働者の中に入っていく必要性を感じることとなる。

―みなさんが僕の目を借りて、原発を見るわけだし、日本を見るわけだし、なるべく正確に応えようと思っている

会場は満席、活発な質疑が寄せられた

事故後の福島第一原発で働く労働者たちの中には、一定の被ばく線量に達することで職を失う事から、線量計の位置をずらしたり、休憩時間にカバンにしまうなどの工作をされる方がよくいたそうだ。

来場者から途切れることなく寄せられた質疑Qと鈴木氏の回答Aの一部を以下に紹介する。

Q:”使い捨て作業員”信じられないが、一緒に働いていた仲間が線量を浴びて病気になったり亡くなったりするのを見て怖くなったり辞めたいと思うような作業員はいないのか
A:そういう人は爆発の時点で辞めていった。事故後に来ている作業員で後の健康等を考えている人間はほとんどいなかった
Q:なぜヤクザは(原発から)なくならないか 
A:原発はみんな嫌だ、土地にはお金が落ちて東電や東芝らは書類さえ揃えば良いと、地域のことは地域でやってくれと丸投げする、そうして原発が建つまでのプロセスに初めからいることで排除できなくなっている
Q:潜入取材の中で親しくなって、作業員らが本当に放射線への恐れも知識もない、それは信じられないが、他にも話を聞いたか
A:子どもをつくることができなくなるなどの多少の知識やパニックはあったが多くの作業員がヒロイズムに浸り、酔っていた。たくさんの労働者が逃げて、自分は日本を救うために残った、怖いとは言えない。直後であったために冷静に考える余裕がなかった
Q:原爆の被害をよく知っているはずの日本の方たちが、こんなに技術や学業が発達した国で、どうしてこのような仕事ができるのか 
A:日本は学歴やステータスによってまるで住む世界が違う。(原発の)末端の労働者は情報弱者、知らないし知ろうともしない人たち
セバスチャン・プフルークバイル(Sebastian Pflugbeil)博士、物理学者・ドイツ放射線防護協会会長

ここでセバスチャン・プフルークバイル博士から、原発というのはもともと技術が発達してはじまったわけだが、ウランを扱うところからも健康被害があると最初からわかっていた技術でもあり、被害がないという事はあり得ないのが原発である。作業員の使い捨てということが前提となって行われている技術なのだから、もっとフェアに労働者を雇い、被害があった場合に対策をすることを考えなければならない。線量が高いということもあり、もしどんなにきちんと防護服やマスクを身に着けても被ばくを防げないことがあるはずだというようにおっしゃった。

Q:東電をかばうつもりはないが、あんなに暑い中でも防護マスクや防護服を身に着けなければ働けなかったわけでそれなりのことはしているのではないか
A:防護服はただの紙で、放射線を防ぐ役目はない。目的はホコリの中に舞う放射線物質の持ち帰りと拡散を防ぐことのみ
翻訳に携わったフェリックス・ヤヴィンスキ(Felix Jawinski)氏

同時通訳をされ、著書の翻訳にも携わったライプツィヒ大学のフェリックス・ヤヴィンスキ(Felix Jawinski)氏から、防護服というものは鉛ではなくて、完全に被ばくを防ぐものではないとの補足が。

 

 

 

 

 

―鉛で遮蔽されたスーツなんてないんです。そんなものが必要な可能性は絶対にないから、そんな装備はいらないというのが日本の原発の考え方

実際に現場で着衣される作業着を広げる鈴木氏。これではほとんどの放射線を防ぐことはできない
Q:私たちはどのように助けることができるだろうか
A:技術的なことでは仏アレバをはじめとする世界中の技術者が参入し事故の収束に当たっていることからも心配はないと思う。しかし日本はこんな事故の後でも原発をつくろうとしていて、理性的に原発のことを話せる場を日本人は持つべきだ。外国の報道を見て日本や原発の様子がおかしいことに気づくし、ドイツでの議論がマスコミを介して日本に伝わることで、もっと日本での議論の手伝いになる
© Verlag Assoziation A ヤクザと原発ドイツ語版 ”INSIDEFUKUSHIMA”

以上、この日の質疑応答の様子が素晴らしかったので、ライブ形式での記事とした。R


鈴木智彦:(すずき ともひこ、1966年 – )日本のカメラマン、フリーライター、ジャーナリスト、元『実話時代BULL』編集長。ジャーナリストで初めて作業員として事故後の福島第一原子力発電所に潜入した。著書に、「潜入ルポヤクザの修羅場」「ヤクザ1000人に会いました!」「極道のウラ知識」など。

 [:de]Von Felix Jawinski

Ⓒ Tsukasa Yajima

Vom 10. März bis 14. März weilte der Autor des Buches Inside Fukushima – Eine Reportage aus dem Inneren der Katastrophe Suzuki Tomohiko in Deutschland. Die europaweite Buchpremiere fand am sechsten Jahrestag der Dreifachkatastrophe von Nord-Ost-Japan im Rahmen des Lesefestivals „Lesen ohne Atomstrom“ im Hamburger Völkerkundemuseum statt. Als Ergänzung zu den Anti-AKW- Demonstrationen am 11. März in mehreren deutschen Großstädten erinnerte die Veranstaltung nicht nur an die Katastrophen und deren Folgen, sondern auch daran, wie die japanische Regierung gemeinsam mit vielen weiteren Akteuren des sogenannten japanischen Atomdorfs versucht(e), die Lage im geborstenen AKW Fukushima Daiichi in den Griff zu bekommen. Suzuki Tomohiko ist genau dieser Frage nachgegangen und hat sich drei Monate nach der Katastrophe für mehr als zwei Monate im havarierten AKW Fukushima Daiichi als AKW-Arbeiter verdingt. In Japan bekannt als Journalist und Spezialist für die Yakuza, über die er seit Jahrzehnten berichtet, setzte er sich auch vor der Katastrophe mit dem gesellschaftlichen Phänomen der organisierten Kriminalität auseinander. In der Ausnahmesituation nach dem Super-GAU entschloss er sich dann genau dorthin zu gehen, wo viele seiner Kollegen sich nicht mehr hinwagten. Anfänglich als Begleiter der Yakuza in Hilfsgüterlieferungen in die betroffenen Gebiete eingebunden, merkte er schnell, dass die Verbindungen der Yakuza in das AKW-Gewerbe und die Rekrutierung von Arbeitskräften tiefer waren, als er es bisher für möglich gehalten hatte. Verstrickungen der Yakuza in viele Bereiche der Wirtschaft, wie z.B. dem Baugewerbe, dem Glücksspiel, aber auch ins Rotlichtmilieu, waren ihm auch vorher bekannt. Hellhörig wurde Suzuki Tomohiko aber, als ihn in den ersten Tagen nach der Katstrophe beständig ranghohe Mitglieder der Yakuza anriefen und ihn fragten, ob er nicht jemanden kenne, der im AKW arbeiten wolle, bzw. ob er nicht Leute kenne, die Arbeiter vermitteln könnten.

In den Diskussionen auf den Veranstaltungen kamen folgende Fragen immer wieder auf. Zum einen erklärte Suzuki den Unterschied zwischen der japanischen Yakuza im Vergleich zur italienischen Mafia. Die Frage, wieso er sich hier offen präsentieren könne und keine Angst vor Vergeltungsaktionen haben müsse, spielte dabei genauso eine Rolle, wie das Interesse daran, wie es überhaupt möglich sei, über die Yakuza zu berichten. Weitere Erklärungen stillten die Neugier des Publikums nach den Arbeitsbedingungen, den Schutzmaßnahmen vor Radioaktivität und seinem Doppelleben als AKW-Arbeiter und Journalist. All diese Fragen erläuterte Suzuki Tomohiko sowohl in Hamburg und dann am 13. März 2017 noch einmal in Berlin, bei einer Lesung im Verlag Assoziation A. Die Veranstaltung in Hamburg fand großen Zuspruch der Bürgerschaft. Ungefähr 500 Menschen kamen und wollten dabei sein. Darüber hinaus wurde die Veranstaltung aufgezeichnet und sogar live gestreamt und kann deshalb auch jetzt noch online nachgeschaut werden. Die Diskussion wurde in Hamburg von der Mitgründerin von Greenpeace Deutschland Monika Griefahn geleitet. Auf dem Podium saßen außer Suzuki Tomohiko der Präsident der Gesellschaft für Strahlenschutz Dr. Sebastian Pflugbeil und der bekannte Undercover-Journalist Günter Wallraff. Sowohl in Hamburg als auch in Berlin ging den Diskussionen eine Lesung voraus. Während in Berlin der Schauspieler Richard Schnell, der schon an der Aufführung von Stimmen aus Tschernobyl mitgewirkt hatte, eindrucksvoll und stimmgewaltig die Situation der AKW-Arbeiter in den Raum projizierte, übernahm diesen Part in Hamburg die Schauspielerin Anna Thalbach. Auch in Berlin überstieg die Besucherzahl die Erwartungen – es kamen mehr als 100 Interessierte und folgten seinen Ausführungen.

© Verlag Assoziation A

In den Medien fand die Buchpremiere ebenfalls großen Anklang.Vom 6. – 9. März lief eine vierteilige Radiosendung mit dem Titel „Weiterleben“ der Journalistin und Japanologin Judith Brandner im ORF.Darüber hinaus verfasste sie eine Rezension für die Schweizer WOZ. Der WDR berichtete in einer Radiosendung ebenso wie der NDR. Am 11. März berichtete die MOPO über das Buch im Zusammenhang mit einem Interview mit Günter Wallraff. Als Reaktion auf die Berliner Veranstaltung erschienen Beiträge in der Tageszeitung Junge Welt, und bei Telepolis. An dieser Stelle sei noch einmal allen Beteiligten von Lesen-ohne-Atomstrom, dem Verlag Assoziation A, den DolmetscherInnen und OrganisatorInnen dieser Leseveranstaltungen gedankt, ohne die das Projekt so nicht hätte realisiert werden können. Allen LeserInnen wünschen der Autor und die ÜbersetzerInnen nun viel Freude bei der Lektüre! Wer mehr über die Struktur der AKW-Industrie, den Autor oder über die weitere Diskussion des Themas AKW-Arbeit in Japan erfahren möchte, kann gern den Text des Mitübersetzers Felix Jawinski zurate ziehen.


 

Felix Jawinski:

2007 – 2011 Bachelorstudium der Japanologie und der Politikwissenschaft an der Universität Leipzig, Auslandsstudium in Japan an der Aichi Prefectural University 2009 – 2010. Thema der Masterarbeit: „Atomkraft und Arbeit: Versuch einer Annäherung am Beispiel Japans“. Seit 2010 zunächst studentische Hilfskraft, dann wissenschaftliche Hilfskraft und seit Oktober 2014 wissenschaftlicher Mitarbeiter am Institut für Japanologie Leipzig.[:]

(Deutsch) Zwangsräumung des Anti-AKW-Camps in Tôkyô. Gedanken zu einer Nacht- und Nebelaktion/ Steffi Richter

[:de]

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Han-genpatsu keisanshô-mae tento hiroba (kurz: Tento hiroba) in Tôkyô

Zwangsräumung des Anti-AKW-Camps in Tôkyô. Gedanken zu einer Nacht- und Nebelaktion

Steffi Richter

 

Anlässlich der ersten Wiederkehr des Tages, an dem Nordost-Japan von der Dreifachkatastrophe verheert wurde, erschien in der Online-Ausgabe von „The Wall Street Journal“ vom 10. März 2012 ein Artikel, der mit „March 11, One Year On: Occupy METI” betitelt war. Der Journalist Obe Mitsuru beschreibt darin eingangs eine Szenerie, in der auf einem kleinen Eckplatz direkt vor dem mächtigen Ministerium für Ökonomie, Handel und Industrie (METI) im Tôkyôter Regierungsbezirk  Kasumigaseki ein vergleichsweise „wackeliges Zelt“ steht, geschmückt mit bunten Bannern und Plakaten, auf denen Japans Ausstieg aus der Atomkraft gefordert wird. Mit einem „Welcome to ‘Occupy METI,’ Japan’s take on Occupy Wall Street“ (OWS) leitet Obe dann zum Hauptteil seines Artikels über. http://blogs.wsj.com/japanrealtime/2012/03/10/march-11-one-year-on-occupy-meti/

Nun, genau gesagt, sind es mittlerweile drei Zelte, die dort – gar nicht „wackelig“ – stehen; und auch das Gleichnis, ‚Occupy METI‘ sei eine Anlehnung an OWS, ist zumindest dahingehend zu präzisieren, dass mit dieser etwas später auftauchenden Bezeichnung zwar sehr wohl ein Bezug zu den New Yorker Ereignissen in Herbst 2011hergestellt worden ist. Die Belagerung des Platzes vor dem mit der Atomwirtschaft besonders eng verbundenen METI aber hatte bereits wenige Tage vor dem 17. September – dem Beginn von OWS –, am 11. September begonnen. An jenem Tag waren genau sechs Monate seit „3.11“ vergangen, weshalb verschiedene Protestaktionen in Tôkyô (aber auch in anderen Teilen des Landes) stattfanden: Eine Menschenkette sollte das METI einkreisen, was auch gelang; im Subzentrum Shinjuku war eine weitere Genpatsu Yamero-Demonstration („Schluss mit den AKW“) mit anschließender Kundgebung geplant, ca. 20.000 Menschen nahmen daran teil; und direkt vor dem METI traten vier junge Leute unter der Losung „Nachdenken über die Zukunft“ in Front vom METI in einen Hungerstreik. Sie waren extra aus Kaminoseki  (Präfektur Yamaguchi) angereist, wo gegenüber der Insel Iwaishima in der zu den schönsten Landschaften Japans gehörenden Inlandsee (Setonaikai) bereits seit Anfang der 1980er Jahre ein AKW errichtet werden soll, was lokale Atomkraftgegner lange Zeit verhindern konnten. Als dann Anfang 2011 mit Aufschüttungsarbeiten begonnen worden war, ereignete sich jedoch die AKW-Erdbeben-Katastrophe von Fukushima Daiichi, woraufhin das Vorhaben erneut auf Eis gelegt wurde. Vom Tisch ist der geplante Bau allerdings bis heute nicht, zumal laut Energieplan der jetzigen nationalkonservativen LDPJ-Regierung unter Abe Shinzô Atomstrom auch in Zukunft eine „Grundlastenergiequelle“ bilden soll (20-21% bis 2030).

Fuchigami Tarô渕上太郎(*1942) erinnert sich (vgl. in Oguma 2013: S. 79-82), dass ihm und einigen anderen Teilnehmern der Menschenkette plötzlich die Idee gekommen sei, doch nicht einfach wieder auseinanderzulaufen, sondern dass es eines realen Raumes bedürfe, um der Anti-AKW-Bewegung zu mehr Kontinuität zu verhelfen. So sei noch am gleichen Abend – auf besagtem Eckplatz – ein erstes, sechs tsubo (reichlich 18m²) großes Zelt errichtet worden, in Nachbarschaft zu den vier jungen Leuten, die sie als eine Art Enkelgeneration wahrgenommen hätten. Letztere haben insgesamt 10 Tage, bis zum 19. September, ausgeharrt, während die wesentlich älteren „Zeltleute“ – unter ihnen auch (wie Fuchigami) ehemalige Kämpfer gegen den Sicherheitsvertrag mit den USA, deren durchaus auch radikale politische und soziale Protesterfahrungen bis in die 1960er und 1970er Jahre zurückreichen – nach einigen Beratungen sowie Verhandlungen mit Beamten des METI beschlossen haben zu bleiben . Sie  stellten einen Antrag auf Erlaubnis der Nutzung des staatlichen Bodens. „Auf diese Weise wurde der Zeltplatz vor dem METI in Kasumigaseki , mitten in der Hauptstadt – eben dort, wo sich alle Ministerien und Behörden dicht aneinanderreihen – zu einer Willenserklärung des Protestes gegen die Befürworter von Atomkraft, also gegen TEPCO als Verursacher der Havarie im AKW Fukushima Daiichi und gegen den Staat in Gestalt des METI.“ (80) Einen guten „Rundumblick“ über das Areal, in dem Tento hiroba liegt – eine vielbefahrene und sonst vor allem von Beamten und Geschäftsleuten frequentierte Straßenkreuzung – bietet die folgende knapp eineinhalbminütige Videosequenz von „Voicesofprotest“ aus YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=WcMag_O45Tc ). Der offizielle Name des Camps lautet seither  Datsu/Han-genpatsu keisanshô-mae tento hiroba (kurz: Tento hiroba): „Zeltplatz vor dem METI gegen AKW/für den Ausstieg aus der Atomkraft“.

In wenigen Tagen wäre dort der bereits in Vorbereitung befundene 5. Jahrestag begangen worden – wenn nicht in einer Nacht- und Nebelaktion der Polizei und staatlicher Behörden in den Morgenstunden des 21. August 2016 in nicht einmal zwei Stunden das Lager geräumt und damit der weltweit längsten „Occupy“-Aktion ein Ende bereitet worden wäre. Es war diese der 1807. Tag seit Beginn der Besetzung, ein Tag, an dem sich, wie einer meiner Studenten in Erfahrung bringen konnte, einige der Aktivisten in Fukushima aufhielten, um dort an verschiedenen Veranstaltungen teilzunehmen – was darauf hindeutet, dass die Planer der Räumung über die Aktionen der (vermutlich rund um die Uhr beobachteten) Zeltbewohner Bescheid wussten. Und es war auch der Abschlusstag der Olympischen Spiele in Rio, an dem die ohnehin große Aufmerksamkeit der Bevölkerung und der Massenmedien sich Stunden später noch einmal auf einen besonderen Höhepunkt richten wird: auf die Abschlussveranstaltung, bei der nicht nur die Olympische Flagge an Koike Yuriko überreicht wird, also an die gerade neu gewählte Gouverneurin von Tôkyô, dem Austragungsort der 2020er Spiele. Es wird auch Premier Abe Shinzô auftauchen, der als „Superma-Rio“ verkleidet ist und – vom Kasumigaseki-Regierungsviertel kommend – via Subzentrum Shibuya durchs Erdinnere mitten ins Maracana-Stadium gebeamt wird. Dort hält er einen roten Ball in der Hand, den er nach einer furiosen Laser-und Tanzshow in die Hände japanischer Olympiateilnehmer legt und mit ihnen gemeinsam ruft: „See you in Tôkyô!“. Ein Gruß, der als Schriftzug auch in der Spielfeldmitte  erscheint, darüber die illuminierte Silhouette der Megalopolis mit dem „heiligen“ Weltkulturerbe Fuji-san, dem Fuji-Berg, im Hintergrund (leider ist diese YouTube-Videosequenz aus urheberrechtlichen Gründen nicht mehr abrufbar).

Doch lange bevor dieser Gruß aus dem virtuellen Tôkyô auch über die Bildschirme japanischer Zuschauer flimmerte, waren – ebenfalls dank Hightech und der Neuen Medien – bereits erste Protestaktionen gegen die sehr reale Zwangsräumung im realen Tôkyô im Gange, auch wenn diese sich von der Zahl der Teilnehmer in Grenzen hielten. „Ein Gefühl tiefer Enttäuschung, des Verlustes geht einher mit stillem Zorn. Der Gedanke, etwas Unersetzbares verloren zu haben, Trauer, die wohl nicht so schnell verschwinden, nicht zu trösten sein wird, und von der ich auch nicht möchte, dass sie verschwindet. Ich schaue auf die kalt und hoffnungslos aussehenden Mauern der Macht, und möchte doch diesen Anblick nicht vergessen. Das bleibt als Erinnerung tief in mir erhalten, war  vielleicht der Sinn für mich als Mitorganisator der Zelte.“ Das sind erste Reflexionen des Publizisten (und ebenfalls ehemaligen studentischen Aktivisten der 1960er/70er) Mikami Osamu三上治 (*1941), die er an den Tagen 1 und 2 nach den 1807 Tagen im „Zelt-Tagebuch“ (Tento nikki, vgl. hier: http://tentohiroba.tumblr.com/ ) niederschreibt. Ja – das ist die neue Zählung von Aktivisten wie Mikami, die von Beginn an dabei waren – und deren Sicht ist es vor allem, die ich in diesem kleinen Text referiere. Wurde also vom 11.9.2011 an die Zeit in Tagen gemessen, die das Lager bestand (und zwischendurch auch in Tagen, an denen ganz Japan atomstromfrei ist und war) , so wird nun in „Tagen danach“ gezählt. Und es sind keineswegs nur solch verhalten-nachdenkliche, in die vergangenen knapp fünf Jahre zurückschauenden Einträge, die das Tagebuch nun bestimmen, sondern schon wird zu den nächsten Aktionen aufgerufen, die an das, was bisher geleistet wurde, unmittelbar anknüpfen. So wird am „Tag 5 danach2 (26.8.2016) davon berichtet, was seit dem Tag 1807 (bzw. 1 danach) eben dort passiert, wo bislang die Zelte gestanden haben, nun aber eine mit grünen Blättern bemalte Absperrung errichtet wurde: Sit-ins, Gesprächsrunden im Stehen, Ansprachen von den Zelt-Aktivisten selbst (von denen einer den originellen Gedanken äußert, dass die Zelte zwar beseitigt wurden, die AKW ja aber noch nicht, weshalb nun wohl nichts anderes übrig bleibe, als dass jede, jeder einzelne nun selbst zum Zelt werden und bleiben müsse), aber auch Beiträge von Leuten, die  „Occupy METI“ in der einen oder anderen Weise unterstützt haben. Auch der Bauer Yoshizawa Masami吉沢正巳 (*1954) kommt aus seiner nur 14 km vom havarierten AKW Fukushima Daiichi entfernt in der  „No go-Zone“ gelegenen „Farm der Hoffnung Fukushima“ (Kibô no bokujô Fukushima) angereist, wo er auch nach „3.11“ mit seinen etwa 300 kontaminierten Rindern lebt und sich weigert, die Tiere notschlachten zu lassen, wie die Regierung es ganz nach dem Motto „Was stinkt – Deckel drauf“ per Dekret eigentlich verordnet hatte (vgl. auch Richter 2013: 407-411). Ausführlich – in Form von Live-Video-Mitschnitten – informiert über diese Aktivitäten das unabhängige und alternative Live-Stream-Medium „Independent Web Journal“ (IWJ) von Iwakami Yasumi岩上安身 (*1959) und seinem Team, das am 21.8. ab etwa 9 Uhr vor Ort filmte; siehe hier: http://iwj.co.jp/wj/open/archives/326652 ; http://iwj.co.jp/wj/open/archives/326859 . In einer auf YouTube auch einzeln zugänglichen Sequenz der IWJ-Dokumentation (https://www.youtube.com/watch?v=gQ_ISk8jWr8) kann man Yoshizawa auf seiner „Nostalgie-Kuh“ (bôkyô no ushi) sitzen sehen – eine drahtige Skulptur, die er von der Künstlerin Tomotari Mikako (*1965) 2012 geschenkt bekommen hatte und mit der er seither an Anti-AKW-Demonstrationen auch in Tôkyô teilnimmt, stets mit einem Abstecher zum „Occupy METI“.

Umringt von zahlreichen Polizisten, versucht Yoshizawa die im doppelten Sinne aufgeheizte Atmosphäre zu beruhigen, bevor er von seiner „Nostalgie-Kuh“ heruntergezerrt wird. Später von einem IWJ-Mitarbeiter interviewt, erzählt er, dass er natürlich am kommenden 11. September am (bereits vor dem 21.8.) geplanten „AKW-Ausstiegs-Wut-Festival“ (Datsu-genpatsu 9.11. ikari no festibaru) partizipieren werde, dafür habe er jetzt auch seine Kuh mitgebracht, die er dann in einen Mikoshi – einen tragbaren Schrein – verwandeln und mit ihr durch die Straßen prozessieren werde. Und im Hintergrund hört man ein knarzendes Saxophon, auf dem der auch als Punk- Rocker und DJ bekannte Kamuro Tetsu (alias Kaenbin (=Molotov) Tetsu, der auch die oben erwähnte Zelt-Idee äußerte http://fukusimatotomoni.blog.fc2.com/ ) „We shall overcome“ spielt.

Mit diesen wenigen Impressionen soll gezeigt werden: Die Aktionen gehen weiter, und zwar in der Weise, die auch bisher prägend gewesen war. Der schon mehrfach erwähnte Zorn (ikari) ging und geht stets auch mit einer Prise Humor einher; es wurde und wird diskutiert, gestritten, musiziert. Im Laufe der knapp fünf Jahre wurde zudem gemeinsam gekocht und gegessen, auch getanzt, geweint, getrauert – um verstorbene Aktivisten und Aktivistinnen. Mikami  Osamu fasste, als das Zeltlager 500 Tage alt wurde, das Leben dort in seinem Bericht „Fast zwei Jahre: Der Zeltplatz an der Ecke vor dem METI (3)“ (Keisanshô no ikkaku ni datsu-genpatsu tetnto sonzoku shiteiru (3)) folgendermaßen zusammen. „Viele Leute kommen her, um sich auszutauschen, treffen sich hier. Auch Versammlungen finden häufig statt, und traditionelle Tänze wie der „Kansho odori“ werden aufgeführt. Auch unschöne Dinge geschehen. Mal herrscht eintöniger Alltag, dann wieder passiert etwas und bringt alles durcheinander. Hier ist ein wirklich unbeschreiblicher Raum (Platz) entstanden … Mag sein, dass das nichts als unsere Sehnsüchte sind, doch ich jedenfalls empfinde es so.“ http://www.alter-magazine.jp/index.php?%E7%B5%8C%E7%94%A3%E7%9C%81%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A7%92%E3%81%AB%E8%84%B1%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AF%E5%AD%98%E7%B6%9A%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%EF%BC%883%EF%BC%89 .

Zu den unschönen Dingen gehören sicher die Provokationen von rechtsextrem-nationalistischen und AKW befürwortenden Kräften, die mit ihren schwarzen, mit Mega-Lautsprechern bestückten Autos immer mal wieder aufkreuzen und Drohungen ausstoßen (zuletzt am 14.8., worüber auch IWJ berichtete, vgl. hier: http://iwj.co.jp/wj/open/archives/325531 ), zuweilen auch handgreiflich werden würden, würde nicht die Polizei zwischen beide Fronten gehen.  Und sicher gehört auch die gerichtliche Klage dazu, die die staatliche Behörde gegen zwei der „Okkupanten“ (neben Fuchigami auch gegen Masakiyo Taichi 正清太 (*1938) erstmals Ende März 2013 erhoben hat. Auch jetzt stehen noch und wieder jene Schilder vor der errichteten Absperrung, auf denen zu lesen ist: „Staatseigenes Land. Betreten für Unbefugte verboten“ (Kokuyûchi – kankeisha igai tachiiri kinshi). Da die Aktivisten als Unbefugte gelten (das heißt, ihrem Antrag auf Nutzungserlaubnis wurde nie stattgegeben) haben sie dieses Verbot verletzt und müssen sich wegen widerrechtlicher Besetzung staatlichen Landes vor dem Obergericht Tôkyô juristisch verantworten – die Räumung des Platzes wird gefordert und eine Schadenssumme in Höhe von ca. 33 Mio. Yen (= knapp 290.000 Euro; pro Tag 21.917 Yen = 292 Euro). Unterstützt von zahlreichen Rechtsanwälten wehren sich die Angeklagten natürlich gegen diese Vorwürfe und führen immer wieder die Gründe an, mit denen sie ihr widerständiges Handeln rechtfertigen. Denn was heißt schon „unbefugt“? Mit ihren Aktionen wollen sie auf das unverantwortliche Handeln des Fukushima Daiichi-AKW-Betreibers TEPCO wie auch des Staates/METI im Gefolge des Supergaus aufmerksam machen. Tento hiroba sei zu einem Ort geworden, an dem sich all jene treffen können, die den Ausstieg aus der Atomkraft verwirklichen wollen; ein Ort, an dem die Gedanken und Empfindungen der Menschen zusammenkommen, die aufgrund der Havarie haben fliehen müssen und die es in alle Winde zerstreut hat; ein Ort, der einer nach Tôkyô evakuierten Frau aus Fukushima zur „zweiten Heimat“ geworden sei – so ist es zu lesen auf der Homepage http://tentohiroba-saiban.info/ , die Materialien und Informationen über den laufenden Prozess und den Widerstand dagegen bereitstellt.

In der Tat ist der „Zeltplatz“, ist „Occupy METI“ seit dem 11. September 2011 zu einem zentralen Ort, zu einem Knotenpunkt der Anti-AKW-Proteste geworden, die bereits seit April des gleichen Jahres anschwellten und seither andauern. Über sie berichtet der Dokumentarfilm „Tell the Prime Minister“ des japanischen Soziologen Oguma Eiji小熊英二 (*1962) – mittlerweile selbst Aktivist –, der zu Beginn des Jahres 2016 auch in verschiedenen deutschen und europäischen Städten zu sehen war (vgl. auch das von Oguma 2013 auf Japanisch herausgegebene Buch „Leute, die die AKW stoppen. Von 3.11 bis zu den Protesten vor der Residenz des Premiers“, das auch Fuchigamis obigen Bericht enthält). Zu einem solchen rebellischen Raum konnte er sich dank des Zusammenwirkens der folgenden drei Momente konstituieren

  1. Die Präsenz und die verschiedenen Aktivitäten der „Okkupanten“ selbst, die sich in ihrer Anwesenheit einander abwechselten und so dafür sorgten, dass die Zelte stets, Tag und Nacht, bei Hitze und Kälte, während Taifunen und Erdbeben, besetzt waren: zunächst Zelt 1, seit Ende 2012 Zelt 2 als das „Atomkraft, nein danke!-Frauenzelt: an der Seite von Fukushima“, und 2013 kam ein drittes hinzu.
  2. Von ebenso großer Bedeutung sind die vielen in- und ausländischen Besucher der Zelte, die an diesem Ort aus unterschiedlichen Motiven zusammenkamen und mit ihren sehr verschiedenen Ideen, Aktivitäten und (finanziellen, logistischen, Ess- und Trinkwaren-) Unterstützungen dessen Langlebigkeit überhaupt erst ermöglichten. Am lebendigsten war, ist, und wird es wohl sein an den Freitagen, an denen viele Teilnehmer ´vor oder nach dem „Freitagsprotest vor dem Amtssitz des Premierministers“ (Kinyôbi kantei-mae kôgi) einen Abstecher auch zum nahegelegenen Zeltplatz machen. Diese Protestaktion fand erstmals am 29. März 2012 und dann seit dem 6. April freitags zwischen 18 Uhr und 20 Uhr statt, seither Woche für Woche um die gleiche Zeit – über die Zahl der Teilnehmer gibt die eine Homepage Auskunft, die von den Organisatoren Metropolitan Coalition Against Nukes  betrieben wird: http://coalitionagainstnukes.jp/?p=6199 ). Auch die künstlerische Komponente ist zu erwähnen, die zur Anziehungskraft des Platzes beitrug. So verwandelten die Frauen von Zelt 2 ihr Domizil Anfang Dezember 2015 zugleich in ein „Anti-nuclear Tent Museum“ (Han-genpatsu bijutsukan)  um, in dem schon wenige Tage später, am 19. Dezember, ein „Anti-Atom(bombe wie auch –kraftwerk)-Holzschnitt-Workshop“ veranstaltet wurde, organisiert und durchgeführt vom “A3BCollective/ Anti-War, Anti-Nuclear and Arts of Block-print Collective”, Illcommonz, Misato Yugi und anderen Künstlern. Die dabei entstandenen Werke wie auch alle anderen Artefakte des Museumsbestandes wurden am 21.8. ebenfalls von den Räumungsvollstreckern mitgenommen und einer Zwischenlager-Firma übergeben. Werden die Dinge innerhalb eines Monats nicht abgeholt, würden sie versteigert – meldet die Facebook-Seite des Museums am 27.8. (10:35 https://www.facebook.com/antinuketent2015/ );
  3. Neben diesen beiden Formen der „physischen“ Präsenz spielt zudem die mediale Präsenz von Tento hiroba eine zentrale Rolle. Das Internet-(online-)Tagebuch wurde bereits erwähnt, hinzuzufügen ist vor allem auch der TV-Sender Aozora („Blauer Himmel“), der wesentlich von der Journalistin Matsumoto Chie 松本ちえgeprägt wurde. Wie vom Namen angedeutet, geht dieses Livestream-Fernsehen „unter freiem Himmel“ über den Äther – erstmals am 14. September 2012 und dann über Monate hinweg (fast) jeden Freitag ab 16 Uhr. Das ermöglichte Interessenten in Japan wie auch außerhalb, live vom Zeltplatz aus über aktuelle und / oder länger laufende Anti-AKW-Aktivitäten im ganzen Land informiert zu werden und Hintergrundwissen dazu zu erfahren – je nachdem, wer vor die Kamera geladen war und berichtete. Und wie die spontanen Protestaktionen unmittelbar nach der Zwangsräumung am 21.8. zeigen, sind natürlich auch die sozialen Netzwerke wie Twitter, Facebook oder Mixi unverzichtbar für die Alltagskommunikation und damit den Bestand dieses umkämpften Raumes mitten im Regierungsviertel.

Ich fasse einstweilen zusammen – mit dem wohl überflüssigen Hinweis darauf, dass eine Analyse des Tento hiroba in seiner zeitlichen Gesamtheit, seiner Bedeutungsvielfalt, einschließlich der eben erwähnten medialen Quellen (unter denen das Tagebuch wohl die größte Herausforderung bildet), aussteht. Eine Analyse, die aber zweifellos eine lohnenswerte und notwendige Aufgabe darstellt, denn die Aktivitäten des „Frauenzeltes“ etwa wurden hier noch gar nicht berührt bzw. in den Blick genommen:

Vor knapp 50 (1967) Jahren erschien Henri Lefebvres inzwischen zum Klassiker gewordene Schrift „Recht auf Stadt“. Es war dies eine Zeit, in der Leute wie Mikami, Fuchigami oder Masakami mit Helmen und Knüppeln auf die Straße zogen und sich dort sowie in den Universitäten verbarrikadierten, um sich vor der Bereitschaftspolizei zu schützen; in der sie sich in den Dienst des proletarisch-antikapitalistischen Kampfes verschiedener radikaler Organisationen stellten. Auch darüber reflektieren sie im Tento hiroba-Tagebuch, diskutieren sie untereinander und mit Besuchern. Tento hiroba ist ein Forum, ein Ort, an dem Demokratie verteidigt und der Stimme „des Volkes“ Raum gegeben werden soll. Es geht, so Fuchigami, auch um die Verteidigung des Artikels 12 der japanischen Verfassung, der da lautet: „Das Volk wird unablässig bestrebt sein, die durch diese Verfassung garantierten Rechte und Freiheiten aufrechtzuerhalten. Es wird sich jeden Mißbrauchs dieser Rechte und Freiheiten enthalten und immer dafür verantwortlich sein, daß sie im Interesse des öffentlichen Wohles wahrgenommen werden.“ Fuchigami fährt fort: „Die Zelte zu errichten und den Willen zum Protest Ausdruck zu geben, eben das ist unserer Meinung nach unablässiges Bestreben des Volkes, Recht und Freiheit aufrechtzuerhalten.“ (81). Dafür einen zentralen Ort, einen Raum zu konstituieren, wo den verschiedenen Forderungen der AKW-Gegner immer wieder Gehör verschafft wird, ist auch eine wichtige Praktik, Recht auf Stadt und ein gutes Leben darin zu beanspruchen. Möge es auch weiterhin – ganz im Sinne von Kamuro Tetsu – viele Zelte geben.

Literatur:

Fuchigami, Tarô: „Keisanshô-mae tento wa gôhôsei o mezasu“. [Die Zelte vor dem METI streben nach Legalität]. In: Oguma Eiji (Hg.): Genpatsu o tomeru hitobito – 3.11 kara kantei mae made [Leute, die die AKW stoppen. Von 3.11 bis zu den Protesten vor dem Amtssitz des Premiers]. Tôkyô: Bungeishunjû, 2013, S. 79-82.

Richter, Steffi: „‘Fukushima‘. Wissen er/fahren: Vor Ort“. In: Gebhardt, Lisette/Richter, Steffi (Hg.): Lesebuch „Fukushima“. Übersetzungen, Kommentare, Essays. Berlin: EB-Verlag Dr. Brandt, 2013, S. 400-421.

(Mit Erlaubnis der Autorin etwas gekürzte Fassung)[:]

民主主義、それは捨ててもいい ツァイトオンラインの記事和訳

[:ja]

Japan: Demokratie, das kann weg

―民主主義、それは捨ててもいい

 
                  フェリックス・リル、東京、ツァイトオンライン
日曜の参院選で、日本人は彼らの自由について採決するのかもしれない。安倍首相はそれを制限したい。しかし多くの有権者はそれに気づいていないようだ。
東京の通りのプラカードはいつもと同じような約束を意図する。
安倍が首相になってから近年の快適なテーマ:人びとにもっとお金が回るために消費税の値上げの遅延。
より多くの雇用をもたらす経済回復。そして国家の強化:日本はもちろんすべての人の福祉のため、ますますグローバル化する世界で力強さを保つ。誰がそのような曖昧な言葉で表現したアイデアにノーを言うでしょう。
 
安倍晋三は2012年、2013年、2014年の選挙の勝利の後、今回も過半数を制するようだ。日曜、日本人は影響の少ない参議院の選挙をする。そこで242議席の半分が新しく与えられる。まず第一に、重要でない投票には見えるが、国を根本的に変化させる選挙になる可能性がある。つまり安倍は、自民党とその同志で三分の二議席が取れるなら、彼の好きではない日本の憲法を変える重要な障害物を取り除くことを完了し、日本はもう第二次世界大戦後に自由であった国ではなくなるだろう。
 
三年半前から、有罪判決を受けた戦争犯罪者である総理大臣の孫、62歳のナショナリストは、かつて日本をアジアの中の最初の自由な民主主義国家にした分子を弱らせようとしている。彼の経済戦略による経済ブームを約束し、2012年の年末には確かな過半数で選挙された後、まもなく特定秘密保護法を通過させた。それからは政府がある際どいと判断したテーマを公衆から遠ざけておく権利があり、告発またはそれについての報道は今では刑務所で処罰される。
その上まもなく安倍は日本国憲法の新しい解釈を達成した。第二次世界大戦の後で戦勝国の米国に決定的に書かれたテキスト、憲法9条はいかなる場合も武力の行使を禁止する。
 
安倍のようなナショナリストから見ると日本は9条によって去勢されている。多くの人々が憲法違反だと考え、アンケートでは日本人の多数が誤りであるとした新しい解釈は、ある特定な条件で軍隊の海外派遣を容認する。例えば日本の存在に関わる意味のある連合国の安全を防衛する場合。新解釈は国防予算の増員と日本の軍需品の輸出の新たな可能性を伴う。
去年安倍内閣は学問に的を絞った。すべての国立大に宛てた手紙で、当時の文部科学大臣が、大学から社会学と精神科学をなくすことを催促した。研究と教育は、実用的でもっと応用的な教育を提供し、社会のニーズにより望ましく適合させるべき。これに従い、コンピューター、ロボット工学と医学のような学科を増進させるべき。哲学と外国語ではなく、これらは未来の成長産業部門である。政府は、学校では生徒と教師は政治的な活動をしてはいけないということを明確にした。公にイデオロギーにとらわれない学習空間を保証するためだ。
(本記事の中の “praktischere, mehr angewandte Bildung anbieten, die besser auf die Notwendigkeiten der Gesellschaft eingestellt” は、本来は実際の大臣の文言をじかに表しているのですが、原文を見つけることができなかったため、こちらも翻訳しました)
※後半部は近々更新します。

2index

Verfassung wie in den 1930er Jahren

-1930年代の様な憲法

 

これらの多くの歩みは一つ一つ見ると、今の日本の特殊な状況によって正当化できる。日本は北朝鮮や中国のような好戦的で拡張主義的な国々に囲まれていて、NATOのような軍事同盟のメンバーでないので、平和主義の憲法の新解釈には意味があり得る。その上、太平洋での戦略的提携国アメリカは、徐々に軍事展開を縮小している。

同様に安全保障は正当化できる:すべての国は同じような法律を持っている。なぜ日本はいけないのか?しかし、この場合のタイミングが怪しい:安全保障はいつ実施になったかというと、福島の事故の後で、政府と東京電力の有罪と公然の陳述の嘘を明らかにしている詳細が重ねて表面化していた時であった。安全保障が実施になってから、福島については妙に静かになった。報道の自由の国際的比較で、日本は他の自由な国より大変に遅れを取っている。また研究と教育への干渉の理由は、就職市場とイデオロギーにとらわれないことだけでないようだ。安倍の文教政策の反対者は、ますますの経済化だけではなく、反政府勢力が口止めされることにも慷慨している。そしてそれらは特に学校や精神科学と社会学の学部に集中している。

現在、安倍の自民党の半民主主義的志操を一番明らかにしているのは参院選で可能になる予定の憲法改正である。安倍は、平和主義的な9条だけでなく、出来れば全てのテキストを作り直したがっている。政府党の憲法案によって、表現の自由と集会の自由は公の秩序に障ると、すぐ制限できるようになる予定である。憲法案では公の秩序というものは定義していない。だが、インプリケーションが明らかである:それによって、個人の権利は集団の権利に従属させられる。東京の名高い明治大学の法学教授のローレンス・リピタによると、安倍が予定している憲法テキストの人間像は1930年代のそれだ。

改憲案によっては、今後の憲法改正も今より簡単になる。今までは、衆院でも今選挙される参院でも三分の二以上の賛成の上に国民投票が必要だが、新しい憲法ではその障害物を安定多数まで下げる。衆院では、安倍の自民党と憲法改正を望んでいる他の勢力は必要な賛成を得そうだが、参院では得るのが難しく121のうち79の賛成票が必要である。憲法改正が国会を通るのであれば、何人かのオブサーバによると多くの投票者の政治的常識が足りないために国民投票はより低い障害物となる。

現実となれば、日本は報道の自由と世界一流の研究の展望、一意的で平和主義的な憲法にさようならと云うだけではなく、どの現代的な民主主義国家にもある一番基本的な自由も、個人的な政治家の見計らいに依存するものになる。それを止めるために、野党は珍しく力を合わせた。社会民主党と共産党は今回の選挙で共同に候補者を立てている。安倍晋三がこれ以上に強くならないように。
それが足りるかは不確かである。安倍の選挙対策の焦点にあるのは、前の三つの選挙の時と同じように、多くの投票者がまだ期待をかけている経済政策のテーマである。その上、3.11以来、当時の政権を握り、一番力を持っている野党の民主党(現民進党)の信用性は大変に弱くなっている。
前回と同じように、有権者の半分ぐらいは選挙に行かないだろう。多くは失望している。だから、安倍晋三は比較的高い支持率を得たまま、それが変わらない様に特に何もしなくてもいい。彼はただ経済政策の他に何を企画するかについてあまり高らかに話さないほうがいい。しかし、それは熟練している。

(2016年7月14日更新)

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元記事:

Japan: Demokratie, das kann weg | ZEIT ONLINE:

http://www.zeit.de/politik/ausland/2016-07/japan-oberhaus-wahl-demokratie-shinzo-abe

[:]

橋本美香さんに聞く「核エネルギーと民主主義」

[:ja]福島の原発事故から5年、チェルノブイリの事故から30年の節目の今年、ベルリンで3月11日から長期にわたって開催中の「核エネルギーと民主主義」をテーマにしたProtestival2016。このテーマに沿って様々な職業人の立場からいただいたインタビューを連載しています。第七回目はシンガーソングライターで、制服向上委員会の名誉会長でもある橋本美香さんにお話を伺いました。

続きを読む 橋本美香さんに聞く「核エネルギーと民主主義」