デモは、13時に集合ということだったが、演説者の一人、ドイツ最大規模の反原発団体Ausgestrahltの代表Jochen Stayの到着が遅れ、さらに彼のインタビューが終わるのを待っていたため、開始が遅れた。警察からもクレームがついたせいか、進行関係者は苛立つことになった。カズマ率いるMad World Danceの核の鎖をテーマにしたパフォーマンスはインパクトが大きかったが、いつもと同じように、前に陣取っていないと見えない、時間が長かった、パフォーマンスが終わっても挨拶などが長かったために演説にすぐ移れなかった、演説が始まってみると、今度は一人5分という制約はほとんどの人が忘れて長々と話す人が多かったなどから、さらに出発が遅れた。
最終日には数本映画が上映された後、賞の発表があった。最優秀賞に今回選ばれたのは「ムルロアから愛をこめて」という、フランスが行った一連の核実験で被ばくした元兵士や軍務関係者をレポートしたフランスのジャーナリストLarbi Benchiha監督のドキュメンタリー映画だった。短編映画最優秀賞にはブラジル・ゴイアニアの放射能事故をテーマにした劇映画Algo do que Fica (Something that remains)が選ばれた。それから今年は特別にBerlin Audience Awardというのが作られて、松原保監督の「被ばく牛と生きる」が受賞した。ジャンクアートを製作するブラジルのアーティストGetúlio Damadoが一つ一つ手作りする賞がそれぞれ手渡されるのだが、私は松原監督に賞を渡す役を引き受け、その時にSNBからのプレゼントとしてエコバッグとNo Nukesのステッカーを数枚贈らせてもらった。その時には舞台でばっちり、SNBが毎年かざぐるまデモを行っていることも宣伝してきた。
Face Book(以降FB)やその他のネット情報でイベントの宣伝をし、フライヤーを配ったりポスターを貼ったりはしたものの、実際にどれだけ人が集まるか、蓋を開けてみるまではわからない状態だった。FBで来る、と言ってくれていた人たちがかなりいたそうだが、FBをしない人もいるので、最後まで不安はあった。ところが、ACUDの映画館は定員が約80名だったのが、入場開始前の6時半頃よりどんどん人が入り始め、7時ちょっと前にはもう座席が 満員となるほど、入場数を数えた。それからもさらに入場者が訪れ、 7時を過ぎた頃はもう階段など、床にも人が座って満員状態になり、これ以上は人を入れることはできない、ということになったほどだ。おそらく100人は入っていたと思う。イベント開始後も会場に入らず、外で待機してくれていた人たちの話では、始まってからもさらに人が来て、断らなければならなかったのがさらに30名近くいた模様だ。来場者の85%は日本人ではないベルリン市民(ドイツ人を主とする)だったことも、私たちはとてもうれしく思った。急に暑くなった日で会場内は定員を超す人数のため蒸し暑く、決して快適ではなかった。
私も最初、Werkstatt der KulturenからのMLでその通知を読んだとき、信じられませんでした。ベルリン市参事会は2017年6月に、1994年に「Wissmannstrasseビール醸造工場e.V – WERKSTATT DER KULTUREN」と締結された「Wissmannstrasseの旧ビール醸造工場利用契約」を2017年12月31日をもって解約する旨を言い渡したというのです。
そこで、関係者、愛好者、ファンが集まって、その廃止決定に反対する運動が始まりました。
WERKSTATT DER KULTURENは開設以来、あらゆるルーツ、文化背景をもつベルリン市民が、その多彩性をそのままに表現をし、同時に政治的・社会的問題を捉えて議論し合い、音楽・芸術・映画・講演などを通して訴えることのできる、素晴らしいプラットフォームとして活動してきました。
去年SNBがProtestivalであらゆるイベントを計画した時にも、ちょうどベルリン在住のジャズミュージシャンである安藤明さんがイニシエートし、Werkstatt der Kulturenで実現することになったFukushima the Aftermathに共催させていただけることとなり、ここで芸術・音楽・言葉を通じてフクシマの現状を提起・議論する場所を設けてもらい、たくさんの観客が動員できたことは、皆さんの記憶にもまだ新しいと思います。ここでは私たちのあらゆる質問や問題の担当者となってくれたRätherさんが、誠意をもって最後まで対応してくれ、すばらしい共同作業を行うことができました。このような場所を与えてくださったことをもう一度感謝すると同時に、この場所がなくなることを認めたくありません。こうした場は、ベルリンにこそなくてはならないもので、これをベルリンがみすみす「廃止」してしまうというのは断固として納得できません。
多彩な文化をそれぞれが持ち寄り、複雑かつ味わい深い社会を可能にし、それぞれの多彩性、違いを謳歌しながら共存する社会を私たちは望んでいます。そのことをいち早く取り上げ、プログラムに反映させてきた存在として、WERKSTATT DER KULTUREN はベルリンだけでなくドイツ全体でも珍しいものです。ここでは旧植民地、移民・難民、差別されてきた(いる)あらゆる少数波グループの問題、その他政治・社会問題をあらゆる文化・芸術・アクション形式にして取り上げ、議論し合うプラットフォームを提供し続けてきてくれました。
日本では環境省が広河氏や樋口氏の写真展をイベントに招くなどということは決してあり得ないであろうことを思うと、ドイツの連邦省であるBMUBにProtestivalの写真展「Nuclear, Democracy and Beyond」を招いてもらったという事実は、とてもシンボリックな意味があったと思う。そして、Freundeskreis von Willy-Brandt-Hausからの口添えがあったからだとはいえ、私たちのメッセージと写真展を、縮小版ながらももう一度ここで紹介することができたことはうれしいことだった。環境省で私とずっと交渉してくれた担当の人は、「どの人もじっと写真を見、キャプションもしっかり読んでいた。とても好評で、私たちも喜んでいる。成功だった」と感謝してくれた。
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