CRIIRAD創立40年記念         フェスティバル参加報告

今年4月に40周年を迎えたチェルノブイリ原発事故。SNBの今年のかざぐるまデモはそれで、チェルノブイリ事故後すぐ活動を開始した人たちを招いて話を聞いた。お隣のフランスでは、反原発・反核運動をしている人たちの間では世界的に有名な、チェルノブイリ原発事故直後に創立されたクリラッドCRIIRAD(Commission de recherche et d’information indépendantes sur la radioactivité, 放射能に関する調査および情報提供の独立委員会)(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%89)が、創立40年を祝った。それを記念したフェスティバルが行われ、フランスで活動している、尊敬する友人の「遠くの隣人3.11」の杉田くるみさん(彼女は今年からこのCRIIRADの理事の一人となった)とよそものフランスの飛幡祐規さんが参加することを聞き、それに便乗させていただく形で私も参加した。

以下のリンクが、CRIIRADのそのフェスティバルに関する正式サイト:https://www.criirad.org/evenement/40-ans-de-la-criirad-montelier-26/

CRIIRADは南フランスのValenceという市に本部があるが、フェスティバルはそこから約12キロくらい離れたMontélierという町で開かれた。チェルノブイリ原発事故直後、当時の西ドイツではそれなりに情報が入り、それに応じた政策(例えば、子どもの遊び場を閉鎖したり、ホウレン草やサラダなどの収穫流通を禁じたり、東ドイツなどが外貨獲得のために作って西ドイツに売っていた野菜なども販売を禁じたり、など)をとっていたのに対し、ライン川・モーゼル川を越えたフランスでは最初、「高気圧がフランス上空をうまくブロックしているため、放射能はフランス国境内には入ってこない」というような子供騙しの嘘の報道をして何の警告もされず、市民を放射能汚染から守る政策が取られなかった。それを見て、これはおかしい、と思った市民たちが、国がやらないなら、自分たちでやるしかない、と立ち上がり、独自に放射能測定を始めるために設立した組織がCRIIRADだ。

5月23日の土曜日は、よりによってフランスとイギリスが猛暑に襲われた週末だった。会場はモンテリエの多目的ホール。ここに150名以上がゆうに座れる椅子・ベンチを並べ、舞台にはマイクやプロジェクターをしっかり用意して3つのテーマで「円卓会議」が行われた。敷地内には、テーブルと椅子を設けて人が食事したりできる場所が野外に作ってあるほか、食事やクレープなどを提供するスタンド、飲み物を提供するスタンドがあり、飲み物を購入するためのCRIIRAD40を印刷した洒落たコップや、メモ用紙が販売されていた(一番上の写真)。入場料は正式にはなし、もちろん寄付歓迎だ。

また当日はヴァランスの市民ラジオRadio Mégaがこのフェスティバルに特別中継所を設けており、CRIIRADの円卓会議で話をした人たちに順番にインタビューを行っていた。また、CRIIRADのみならず、ここに集まった環境団体やその他の市民運動グループがチラシやパンフレットを配ったり、グッズを販売するスタンドもあった。この中で私たちSNBも今年制作したドイツ語版小冊子「15年後のフクシマ」のフランス語版を制作したよそものフランスを代表して飛幡祐規さんがこれを持ってきており、それを参加者に配ることができた。同時に、福島第一原発事故の避難者たちが国・東電を訴えた裁判、いわゆる関西訴訟で、昨年の2025年12月24日に結審があり、そこで判決期日が2026年9月2日と定められたことは以前にここでも紹介した(https://sayonara-nukes-berlin.de/ja/2025/12/28/%e9%96%a2%e8%a5%bf%e8%a8%b4%e8%a8%9f%e7%b5%90%e5%af%a9-%e2%80%90-%e5%8e%9f%e5%91%8a%e5%9b%a3%e9%95%b7%e3%83%bb%e3%80%80%e3%80%80%e6%a3%ae%e6%9d%be%e6%98%8e%e5%b8%8c%e5%ad%90%e6%b0%8f%e3%81%ab%e3%82%88/)が、原告団が判決を前に、国の責任を認める「公正な判定を」求める署名運動を行った。その署名運動の内容と経緯を、杉田くるみさんがフランス語に訳し、このCRIIRADフェスティバルに出席している方たちからも署名を貰って、関西訴訟の原告たちを応援しよう、と署名用紙を持っていったところ、64人もの署名を集めることができた。(ちなみに、この署名運動は1万6000人を超えた数を集めることができ、6月11日に大阪地裁に提出された。それを報道したニュース動画が以下のリンクで見られる:https://www.youtube.com/watch?v=QZfZHnIWkv4

ヴァランスの市民ラジオRadio Mégaが設けた特別中継所でインタビューを受ける杉田くるみさん、飛幡祐規さん

私たちが到着した時には、最初の「チェルノブイリ:当局が義務を怠ったことからどのようにCRIIRADが誕生したか、このような大惨事があったとき、それぞれの地方はどのような影響を受けるのか」というテーマの円卓会議はすでに始まっていた。そのため途中からしか話を追えていないが、会場にはほとんどの席が埋め尽くされるほど、たくさんの人たちが座って熱心に話を聞いていた。これだけの人たちがチェルノブイリ事故から、そしてCRIIRAD創立40年、という記念行事に全国各地から集まって、真剣に耳を傾けている、ということがすごい。もちろん、40年前からこの問題に取り組んできた年配の方々が多いとはいえ、それでも若い人たちもかなりいることが嬉しかった。それに、CRIIRADの理事や本部でも、若手の人たちが活躍しているのだ。ドイツは、一応原子力による発電をやめて「脱原発」した(ことになっている、実際には矛盾がある)ので、ドイツの反原発運動はかなり萎んできている(頑張っているのは、それこそ年配の人ばかりだ)と日々感じているが、フランスはまだまだ闘わなければならない対象があり、その力が大きいだけに、反対している、またはこの問題をしっかり意識している市民の割合は全体から見れば少ないかもしれないが、問題視し、危機感を持って捉えている人たちの意識はとても高いことの証拠ではないかと思う。

世界各地の科学者や市民が、チェルノブイリ事故後、どのような調査をし、被災者たちを助ける支援運動をしてきたかを語る動画がプロジェクターに映し出され、創立者の一人であるRoland Desbordes氏、それから(フクシマ事故後も市民測定所を作る際、多大な支援を惜しまなかった)Bruno Chareyron氏の話は、私のフランス語聞き取り能力で理解できる限り、ベラルーシ・ミンスクの放射能安全研究所を支援し続けてきた人たち(先日私たちのかざぐるまデモで話してくれたSODIの人たちなど)の話と大いに繋がるところがあったし、実際に、地道にずっと調査をし続けてきて、明白なデータを揃え、分析をしてきた人たちの発言内容は力があると思った。

ベラルーシの研究所、などというと、かなり不自由で閉鎖的ではないかと偏見が持たれがちだが、ここの研究者たちは、フランスやドイツ、またはほかの国からの市民の支援、協力提携の申し込みを受け入れ、本当に長い間被害者たちを助ける立場に立ってずっと活動してきたこともうかがえる。フクシマ事故後、このような「放射能安全研究所」に相当するところがあっただろうか。市民レベルでなく、国立・県立・市立などの公共の研究機関で、海外からの支援、協力提携をどれだけ日本は受け入れてきただろうか(海外からの支援、といって思いつくところでいえば、東電が福一でフランス元AREVA社の協力を得て備えたALPS汚染水処理設備や、アメリカ政府による支援としてのトモダチ作戦はあったが、研究機関への支援は思いつかない。かえって支援の申し出を日本は断ってきたように記憶しているが、しっかり調べていないのでこれは私の勝手な思い込みである可能性あり)。

それでも、これだけの大規模な原発事故を起こしたのだから、もっと国、県、自治体が積極的に各地の線量を測り、子ども若者に対しことに力を入れて市民の被ばくの実態や被ばくの可能性について調査してきたら、甲状腺に限らずほかの疾患に対しても、それも若者に限らず、福島県内に留まらず、広域の市民を対象に健康調査を続け、なにかあればすぐにサポート・治療ができるシステムを作り上げてきていたら、せめて被ばくとあらゆる病気の罹患・健康の影響に関するデータをしっかり集めて、今後の放射線防護の役に立つように努力してきたら、と思うのは私だけではないはずだ。日本政府や自治体が、電通を始めとする広告代理店に渡してきた(そして今も湯水のように渡している)多大なる税金を、フクシマ事故で被災して故郷を失った方たち、被ばくした方たちを支援するために使ってきていたなら、健康被害を懸念して最初からあらゆる健康調査(子どもの甲状腺や福島県内に限らず)を徹底的に行ってきていれば、と恨めしく思うのは私だけではないと思う。この15年で、日本はあらゆることをわざと怠って調査しないで来たのみならず、チェルノブイリ法よりずっとひどい基準が日本では平気で押し付けられていることは、よく知られている。最悪の例は、フクシマ事故後避難指示の解除基準が通常の1ミリシーベルトから20倍に引き上げられて、それが15年経った今でも適用されていることだ。チェルノブイリ法では移住の権利は、年間被ばく線量1ミリシーベルトを超える地域の住民全員に保障されているのだ。

2つ目のラウンドテーブルのテーマは「最悪事故が起きた場合、CRIIRADはどのような任務を果たすことができるか」で、ここにはこれから理事となってさらに深くCRIIRADの人たちとの交流の中で発言力が増していくと思われる杉田くるみさん(遠くの隣人3.11)が発言者として舞台に並んだ。ここで杉田さんは、福島原発事故の放射能汚染と国など当局の対応について、ことに「レジリエンス、回復力、柔軟性あるいは(本当は特殊であってはいけない状態なのにそれに心身が馴染んでいく)対応力などを市民に求める政策、つまり国や東電の責任、ことに放射線防護をしっかりして市民を守るべき立場にある当局がそれを投げ出して、市民に自己責任という形で「順応と共生レジリエンス」を押し付け、放射線下での生活をやんわりと強制していく、またはそれが危険なものという「警戒」を故意に隠し、うやむやにしていく政策をとっていることを、さまざまな例・写真・表を見せながら、説得力ある報告発表をした。また、聴衆者側に座っていた飛幡祐規さんがそれを補う形で、今年小冊子「15年後の福島」フランス語版を制作したので興味のある方はどうぞ、と会場の人に伝えたので、このラウンドテーブルの後、たくさんんの人に小冊子を配布することができた。

フクシマについて発表する杉田くるみさん

ドイツ語版とはまったく違うおしゃれなフランス語版の小冊子表紙

ことに、動画などで顔なじみのBruno Chareyron氏(ブルノーさん)は本当に繊細な方で、ここでも、子どもたちがどんなに線量の高いところで普通の生活をさせられているか、実際に自分の目で見てきただけに、その話をすると毎度のことだが涙が止まらないようで、今回もつい、感極まって涙ぐまれていた。でも、それは彼が特別「繊細過ぎる、感情的過ぎる」からというよりは、本当なら絶対に人間が、まして感受性の高い子ども、若者が住んではならないような線量の高いところで普通に人が暮らしているということに対する、実は当然の強い衝撃なのだと思えば、ブルノーさんの反応の方が正しい、当然だと言える。いかに危険なところか、ちゃんと知らされずにそれまでと変わらない「普通の」生活を送るのが当然という風に子どもたちを含む市民がさせられていたことこそ、信じられないほど恐ろしいことであり、そして私たちも15年前から怒りながらも、そういう状態に、またはそういう人々の生活を見ることに「慣れて」しまっているとすれば、その方が、よっぽど怖いのだ、ということを改めて感じさせてくれたのがブルノーさんの涙だった。彼こそ、自主・強制避難者の方々の悲劇、またはとどまらざるを得ないでフクシマで事故後も生活していらっしゃる方たちの思いを遠いフランスで代表して表現してくれている、ということだと私は思った。

チェルノブイリの事故から40年経った今も、創立時に活躍していた方たちでリタイアされた方たちは多いと思うが、今では若いスタッフ、メンバーも多くいて、サイトでは測定や情報発信をしっかり続けている。まだ戦争が終わらないウクライナでは、チェルノブイリの新しい石棺がドローンで壊されたり、先日もチェルノブイリの廃棄物がおいてある場所すぐ近くにドローンが落ちたということだったし、山林火事もあったという。そうしたウクライナでの情報もCRIIRADは教えてくれている。(https://www.criirad.org/12-05-2026-incendies-dans-la-zone-dexclusion-de-tchernobyl-la-criirad-suit-de-pres-levolution-des-incendies/)

私はこの会場で、ドイツからフランスに移り住んでもう長い、そして政治参画するために、わざわざフランス国籍までとって、自分が住むアルデッシュ県の小さい村Gilhac-et-Bruzacの村長となって反原発運動をしている女性、Christine Hasse氏と話すことができた。数年前に私がフランスの原発と反核運動についてかざぐるまデモで演説をしてくれる人を探していた時、彼女がドイツ出身であることを知っていた飛幡祐規さんに紹介してもらい、かざぐるまデモに向けたメッセージを貰ったことがあった。それでメールのやりとりはあったのだが面識はなく、今回初めてお会いして話をすることができたというわけだ。

彼女は、反原発運動が盛んだったドイツで社会化されて育ったので、原発や核に対して反対の姿勢を持っているのは当然であり、フランスに来てからも、変わらず市民運動を続けようとした。しかし、すぐに気づかされたのが以下のことだそうだ。つまり、ドイツでは反原発運動をすることが、ある世代にとってはとっくに共通認識されている政治姿勢であったし、デモや反対行動など、反対意志の表現をマニフェストすることに対して、警察や取り締まる国や自治体側の態度も寛容(というか普通)であったので、それが当たり前と思っていたクリスティーネは、フランスでも変わらないはず、思っていたのだが、それは隣の国ではこれほど違うのか、と思い知らされることばかりだった、というのだ。核大国であるフランスでは、核技術を国家の誇りとし、そのためにも原子力発電でほとんどの国内の電力需要を賄っていくために、インフラストラクチャーや施設を維持していくことが国家の存在理由とも最優先の政策ともなっているため、核・原子力政策に反対するというのは国のその最重要な政策と存在理由を脅かす危険分子、敵だとみなされ、徹底的に警察や「お上」からマークされ、嫌がらせを受ける、ということを学ばざるを得なかったという。ことに、彼女は自分が住む場所・国で政治参画をするなら、ドイツ国籍のままだとEU選挙や地方選挙はできても重要な、例えば大統領選挙などでの選挙権がないので、まずフランス国籍を取ろうと必要書類を揃えて申請したら、かなりあからさまな「思想調査」を受けたという。つまり、彼女が国策である核政策に反対している、ということがネガティブな要素として細かく調査され、かなり意地悪なことを言われたという。ドイツ人がフランス人になるのでさえ、そんなに大変なのか! 日本人だった私がドイツ国籍を取ったときですら、そんなことはなかった、と国の違いを改めて感じた次第だ。

また、先日、私も一度招かれて演説をしに行って以来、交流のあるトリアーの市民グループから得た情報で私も知っているが、フランスの老巧原発CATTENOMの運転期間延長が準備されていて、それに反対して署名運動が行われている。この署名運動にはフランスの市民だけでなく、ドイツ市民も加わっているが、それはこの原発がドイツ国境から12㎞しか離れていないところに立っており、もしこのひびの入った原子炉で事故が起きれば、ドイツも簡単にフォールアウトに覆われることが明らかだからだ。この原子炉はもう何度もいろいろ問題を起こしているおんぼろ原子炉なのだが、その運転期間を10年延長しようとしている。それもあって、トリアーの市民グループとフランス側の市民グループで共同のデモ・人間の鎖を計画した。これは(おそらく)モーゼル川をフランス側からフランス市民、ドイツ側からドイツ市民が寄ってきて並び、橋を人間の鎖でつないでこの運転期間延長計画に反対しよう、というものだったのだが、クリスティーネはここで率先してフランス側のデモ申請に関わっていたという。ドイツでは何の問題もなくあっさりと許可されたのに、フランスでは「原発政策に反対するデモ」、しかも「人間の鎖」とはどういうことだ、そんなのはとんでもない、ということでなかなか許可が下りなかった。それでもへこたれずに何度も足を運び、説得して、どうにか許可を取り付けるまで、クリスティーネはかなり苦労をしたということだった。

私はベルリンのデモで、いつも協力的で、とても親切な警官とデモのオーガナイズのやりとりをし、当日もデモでは警察に気持ちよく丁寧にエスコートされ、和やかなデモをしているのに慣れているため、お隣のフランスで、同じようなことを計画するだけでこれだけ苦労している人の話を聞くのは不思議な思いだった。それにしても、労働組合などのデモがあれだけさかんなフランスで、核・原発政策に反対するデモはそんなに難しいのか、という感じだ。ドイツとフランスのことをよく知っているクリスティーネの話はだから、とても興味深かった。

それにしても、だからこそ、自分が「当たり前にやっていること」がまったく当たり前でないところが世界にはたくさんあるのだ、と意識することは大切だし、自分が見て慣れている物だけを「常識」と思ってしまうのは危険だ、と改めて思った。

日本でもデモをするのは大変だ。日本の友人からは、日本ではデモ隊が道路を占拠して行進できない、デモ隊が長いと途中で切られ、長い行列で練り歩けない、警察に早く行け早く行け、と背中を押され急かされる、いかにもブラックリストに載せますよ、という感じで何人もの私服警官に写真や動画を撮られ続ける、と話を聞いているから、それだけでもドイツでのんびりとデモができるのは、デモやこうしたマニフェストアクションは当然の市民の権利だとは思うものの、実は今の世界においてもありがたいことなのだ。

CRIIRAD創立40周年のフェスティバルに参加して、40年経った今もフランス各地で測定を続け、チェルノブイリやフクシマとの連帯も忘れず、情報発信を地道に続けている人たちがこうしてしっかりいること、それを支えている市民がお年寄りだけではなく若い世代も加わっていることが嬉しかった。私のフランス語能力では、ここにきている人たちとすぐに内容の深い交流ができるわけではないので、杉田くるみさんと飛幡祐規さんが参加するのに「便乗」し、いろいろ学ばせていただいたことに、この場を借りて感謝したい。(ゆう)

核施設がどれだけ水(地下水も含め)を汚染するかを説明したパネル展示

スタンドで質問に答え、署名を集め、さらに小冊子を配る飛幡祐規さん(その横で、同じくドイツ人でフランスに住み、反原発運動をしている女性と話すゆう)