フクシマ原発事故15周年を機に寄せられたフクシマ出身の女性二人のメッセージ

今年も、3.11を前に武藤類子氏と森松明希子氏から寄せられたメッセージをお届けします。

このメッセージは、ドイツ語、フランス語、英語にそれぞれ翻訳されて公開されます。

原発事故15年後の福島

武藤類子

福島県三春町在住、福島原発告訴団団長

東電福島原発事故から15年。現在の福島では、復興の物語の中で、事故の被害や避難者、事故後に起きている様々な問題が見えなくされ、無いものとされつつある。

 2025年3月5日、最高裁判所は東電旧経営陣たちの原発事故の責任を問う刑事裁判の上告を棄却し、彼らの無罪が確定した。夥しい量の放射性物質を環境にまき散らし、今も人の住めない土地と故郷に帰れない人々を大量に生んだ原発事故の刑事責任は、誰も取らないことになった。2022年の福島原発事故関連の4件の損害賠償裁判で最高裁が「国の責任はない」とした判決後、ほとんどの損害賠償裁判が最高裁の判決に倣い国の責任を否定している。東電刑事裁判をはじめ、東電株主代表訴訟の控訴審(1審の東電旧経営陣に13兆円を支払う判決が賠償責任ゼロになった)、子どもたちの被ばく避ける権利を闘うこども脱被ばく裁判、避難住宅追い出し裁判なども同じように影響を受けている。

2015年から始まった、福島の復興の加速化を謳う福島イノベーション・コースト構想には、毎年100億円単位の復興予算がつぎ込まれ、最先端技術の企業が福島県浜通りを中心に事業を展開し、その総数が今年で433件となっている。浪江町に研究都市を造り、福島のイノベーション・コースト構想の司令塔となるF-REI(福島国際研究教育機構)は、最初の7年間で1000億円の予算とし、ロボット、農林水産、エネルギー、放射線科学、原子力災害に関連するデータや知見の集積を主な研究として、世界から50の研究者チームを招聘しようとしている。その家族のための学校、保育所などが整備されている。一方で早々に、ロボット関連企業、食品加工工場やスポーツウェアの縫製工場、断熱材製造業の工場、太陽光発電システム製造会社の工場、食堂などが経営破綻している。被害者の望む復興とは乖離した惨事便乗型の資本主義は、被災地の助けになるとは思えない。植民地化していくだけではないだろうか。

汚染水の海洋投棄や汚染土の再利用などの放射性物質の再拡散が福島復興と廃炉のためにと行われている。事故後に心身の疾患を病んだ住民は多く亡くなった人もいるが、数字に表れているのは、福島県が行なう唯一の健康調査で発見された甲状腺がん(当時未成年だった県民対象)だけで、それについても原発事故との関連は否定されたままだ。政府の各省庁や福島県などが広告代理店や大手メディアなどに発注する国策のプロパガンダが、特に若い人に向けて盛んに行われ、被害者の不安や疑問を封じ込め、住民の健康や人権がますます蔑ろにされている。

2025年にはエネルギー基本計画が改定され原発が主要な電源として位置付けられた。各地で止まっていた原発の再稼働が進められている。隣県の宮城県女川原発が2024年に再稼働され、新潟県の柏崎刈羽原発の再稼働を新潟県知事と県議会が容認した。隣接する福島県は再び原発事故による被ばくの危険に晒される可能性がある。

しかし、抗うことを諦めてはいない人々もいる。2024年には、ジャーナリストの後藤秀典さんの取材で最高裁判事との癒着を明らかにした。このことに衝撃を受けた多くの裁判の原告団や弁護団、支援者が結集し、2024年から最高裁の包囲行動を開催し、司法の独立を訴えている。ALPS処理汚染水の海洋投棄を止めるための裁判を闘ったり、廃炉に関する市民集会や廃炉機構との話し合いを開催している。また、事故時のヨウ素剤配布の事例の冊子[注1]を作成した。

政府や原子力推進勢力のお金と力を使ったブルドーザーのような勢いに対して、小さくてもできることを一つずつ積み重ねていこうと思う。

[注1]「あの日 風しもの町で起きたこと」東京電力・福島第一原子力発電所事故直後の福島県三春町での「安定ヨウ素剤」の配布。 発行:「風しもの村 風しもの町」実行委員会

基本的人権として放射線被ばくのない生を求める

森松明希子                          東日本大震災避難者の会代表                  原発賠償関西訴訟原告団代表

事故直後、私たち一般市民には放射能汚染の情報は知らされず、無用な被ばくを重ねました。空気、水、土壌が汚染される中、私は放射性物質が検出された水を飲むしかなく、生後5ヶ月の乳児に母乳を与え、子どもたちを被ばくさせてしまったことを後から知りました。

多くの核災害被災者が、事故から15年が経過した今現在も被害に苦しんでいます。(ここでは、行政の線引きに関わらず、すべての被害者を含めます。)その理由は、放射能汚染という客観的事実が残存しているからです。そして私は子どもたちにこれ以上、1マイクロシーベルトたりとも無用な被ばくはさせたくないため、今なお避難を続けています。

「万が一にも事故を起こさない」と約束した加害者の側は、事故後、「これくらいの被ばくなら良いだろう」と都合よく基準を緩め、加害者の論理で誰が被害者であるかを一方的に線引きし、被害者同士を分断させました。

私たちは、「被ばくしたくない」「健康を享受したい」という、生命と生存に関わる根本的な権利を侵害されています。この尊厳を踏みにじる行為を決して許してはなりません。

原発問題は基本的人権の問題です。

日本の司法は、国が原発事故後に一方的に緩和した「安全基準」を追認し、最高裁判決以来、避難者が起こした民事訴訟で賠償を勝ち取ることは極めて困難な状況にあります。これは、「無用な被ばくを避ける権利」という人権が、日本の司法の場で尊重されていないことを意味します。

放射線被ばくから免れ健康を享受するという基本的人権(「被ばくからの自由」)を人類の普遍的な権利として確立することによって、全世界の核被害を根絶することが可能となります。それが、私たちが目指すべき未来です。

唯一の戦争被爆国である日本は、第二次世界大戦の終結から80年を迎えました。日本被団協のノーベル平和賞受賞や、ヒバクシャの世界的なスピーチにより「被ばく」に注目が集まる今こそ、広島、長崎、福島を経験した日本は、この「被ばくからの自由」という基本的人権を普遍的な権利として確立すべきオピニオンリーダーとしての役割を果たすべきだと私は考えます。

世界の核被害を訴える人々、例えば、原水爆実験の被害者、ウラン採掘による被ばく被害、核ゴミや汚染水の海洋放出による環境汚染なども、広い意味では核被害の拡散にあたります。福島を経験した私たちは、軍事利用・民間利用を問わず、誰もが核被害者になりうることを知っています。私たちはこうした世界中の全ての核被害者とつながり、この「被ばくからの自由」という普遍的な権利を確立すべきだと考えます。

放射線被ばくの脅威から免れる権利は、地球上の全ての人が有する基本的人権です。この普遍的な権利の確立のために、福島核災被害者である私も、声を上げ、闘い続ける決意を新たにしています。

このメッセージを読んでくださっている皆さまとともに、無用な被ばくを避け、自らの命や健康に対する権利を手放さないこと、被ばくするかしないかは私たち一人ひとりにそれを決める権利があること、その命に関わる基本的人権の確立のために、これからもともに歩んで参りたいと思います。ともに声を上げ続け、この権利を勝ち取りましょう。