
©Takezo Takahashi
原発事故で関西に避難してきた人達が、2013年に国と東京電力に対し損害賠償請求を求めた訴訟が始まってから12年。これまで避難者による約1万人を含む原告団による訴訟は30ほどあったが、国と東電の責任を認めた判決が控訴審で出されたのは3件(2020年の「生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!」訴訟、2021年の千葉と愛媛の訴訟)、しかし最高裁はその後2022年6月に、事故は予見できなかったものとみなして国の賠償責任を否定し、4件(前述の訴訟3件と群馬訴訟)で原告の訴えを却下した。
その一連の「原発事故避難者による訴訟」の中で、この「関西訴訟」は「しんがり」裁判でもあり、2013年9月17日に訴訟を起こしてから実に12年を経て、やっとこの2025年12月24日に最終口頭弁論・結審を迎えることとなった。この間、原告全員である79の家族が尋問を受けた。それまでの裁判では、原告全員ではなくて限られた人が尋問を受けるだけだったが、ここで大阪地裁の方法は違っていた。原告の尋問は月一度のペースで2025年9月まで行われてきた。もう一つ異色だったのは、長く続く裁判では裁判官が交代して変わっていくことが多いのだが、この関西訴訟ではずっと同じ裁判官が続けたことである。それだけに、この判決がどういうものになるのか、市民の注目を集めている。
結審は2025年12月24日に行われ、判決期日は2026年9月2日と定められた。
この日に関西訴訟の原告団長、森松明希子氏が心打つ最終陳述をしたが、そのテキストをここに紹介する。
最終意見陳述書(森松明希子)
原告番号1−1の森松明希子です。
最終意見陳述を法廷で述べる機会をいただき、ありがとうございます。
1.家族の分断と平穏生活の喪失
福島県郡山市から大阪市に2人の子どもを連れて、今日も母子避難を続けています。
夫を福島に残し、家族バラバラの生活も14年9ケ月となります。
震災当時0歳と3歳だった子どもたちも、今は15歳と17歳になりました。
中学3年生、高校3年生という多感な時期を迎えており、父親は健在であるにもかかわらず、人生について様々な相談やアドバイスを求めたくても子どもたちのそばに居られず、この14年間、子どもの成長を夫は毎日見ることができず、子育ての苦楽を私たち夫婦は共有することができませんでした。子どもたちは、「家族が、一堂に集まり、楽しく会話をしながらリラックスして過ごす」という平穏な時間、すなわち家族団欒を一切合切失うことになりました。これは原発事故による明白な被害です。
2. 「被ばく」を避けたいという切実な願い
それでも、私たちが母子避難を続けているのは、2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により福島県郡山市はもとより広範囲に放射性物質が降り注いだからです。放射能汚染がそこに「ある」から避難を続けるのです。本来しなくてよい「被ばく」を避けたいから、そこから避難し続けているのです。
そして、「強制避難」ではないからこそ、苦肉の策としての「母子避難」を敢行しているのです。強制避難区域の外側からも含め、現在わかっているだけでも2万6,597人(復興庁2025年12月5日「全国の避難者数」)が今なお避難を続けています。これほど多くの人々が実際に避難を続けていても、国はこの14年間、避難者を保護する制度や施策をほぼ何も実施して来ませんでした。
私たちは「自主避難」ではなく「自力避難」を強いられ、苦境に立たされて来ました。原因は、国策による原発事故の放射能汚染だと誰が見ても因果関係が明確であるにもかかわらず、原発避難の統計や母子避難の実態を正確に把握する努力もせず、差別や誹謗中傷の標的として晒され続けてきました。
3. 被ばく強要という「自己決定権」の侵害
私は、パニックを起こして避難をしたわけではありません。
2011年3月11日、その日に存在していた基準・規範に基づいて避難することを判断し、客観的な汚染の事実と照らし合わせて避難を続けたいと申し上げているのです。
通常一般人の公衆被ばく限度が年間1ミリシーベルトだったものを、3.11後に年間20ミリシーベルトに引き上げて(ゆるめて)、それで大丈夫と言われても、納得も許容もできるはずがありません。なぜ福島だけ高い被ばく線量を受け入れなければならないのでしょうか?これは、明らかな差別です。
もう一点、「自主避難」に対する誤った世論があります。
それは、自主避難者は避難するか、しないかの選択肢があたかもあるかのように捉えられています。避難の選択をしたのは自由意思に基づいた自己責任であり、自分勝手に避難したのだから被害はないかのように理解されている点です。
これは明らかに誤りです。私たちは、避難するか、しないか、という選択肢を与えられたのではなく、「放射能に被ばくし続けるか」、それとも「被ばくが嫌なら避難するか」という、どちらも選びたくない二つの苦痛を、平穏な生活の場で、強制的に選ばされたのです。
その被害について、何ひとつ触れずに、加害者が決めた「これくらいの被ばくなら大丈夫だろう」「我慢せよ」という被害の押し付けに甘んじるつもりは毛頭ありません。
4. 「広報」は真実を教えてくれない
本人尋問の中で、被告東京電力は、毎回避難元の「広報誌」を提示して「広報を見ていないのか?」「安全だと書いてある」と言わんばかりの主張を繰り返しました。
私は裁判官の皆さんにお聞きしたいです。
「祭り」や「入学式」を「広報」で宣伝すれば、放射能汚染の事実は無くなるのでしょうか? 自主避難区域には様々な理由でその地にとどまっている住民の方々がいます。人が住んでいれば花見もすれば夏祭りで花火も打ち上げます。「がんばろう東北」の掛け声と莫大な復興予算が投入される中、大きなイベントも開催し、あたかも「復興」したと盛り上げることはできるでしょう。
「広報」は国や行政が税金を投入して国民(市民)に知らせたいことを知らせるものです。私は「プロパガンダ」や「大本営発表」という言葉も知っています。歴史上どういう役割を果たしてきたかも理解しています。国や行政が、国民に知らせたいことだけを伝える「広報」は、私たち避難者の知りたい真実を何一つ与えてくれるものではありませんでした。
一方で、私の避難元の郡山市では午前・午後通しで時間制限なく屋外で運動会が再開されたのは2018年になってからです。(原発事故からは実に7年も経ってからです。)
避難した当時、100万人に1人か2人しかかからないと言われた小児甲状腺がんは、約37万人しかいない福島県の当時18歳未満だった子どもたちの県民健康調査の結果では、現在400人近くが発症しており、誰の目にも多発の事実があります。放射能は県境では止まりませんが、公費で大規模に健康調査がされているのは福島県だけです。
そして、当時、6歳から16歳までだった子どもたちが、東京電力を被告として小児甲状腺がんにかかったのは福島原発事故が原因だと集団訴訟を提起しています。そこでの子どもたちの証言を聞くと、「何も知らずに無防備に雨風に当たった」「親には外に出ないように言われたが友達と遊びに出てしまった」と被ばくに対して脆弱な子どもたちが無防備に放射線被ばくに晒されつづけ、それを後悔しているという事実が証言されています。
5. 裁判官への問いかけ
裁判官の皆さん、具体的な生活者の視点で、1人の人間として、想像してみてほしいのです。外で運動会もできないようなところで子育てをしたいと、あなたは本気で思いますか?
あなた方にお子さんがいらっしゃるかどうか、私は知りません。ですが、あなた方にも子どもだった時代はあったはずです。運動会をはじめ、外遊びの時間を制限されながらのびのびと自由に遊びに出掛けられなかった記憶はありますか?食べ物に関して、触るものに関して、いちいち、被ばくしないだろうか、健康被害は出ないだろうかと心配して過ごす毎日を送ることが、どれほどの負担になるか、考えたことはありますか?
ましてや、毎日飲む水道水に「放射性物質が検出された」と報道されて、その水を飲み続けることが、あなたにはできるのか? ご自身に置き換えて、そして育ててもらった親の顔を想像して、考えてみてください。
親であれば誰しも子どもに1マイクロシーベルトたりとも無駄に被ばくはさせたくないと思うのが通常一般人の合理的意思ではないでしょうか?
放射線量の寡多は問題ではなく、被ばくするかしないか、が問題なのです。
被ばくするかしないかは、私が決める。それが憲法で保障された「自己決定権」を行使できる状況ではないでしょうか?
6. 絶望を終わらせてほしい
私は闇雲に避難したい、避難を続けたいと言っているわけではないのです。
何度でも繰り返します。
放射線被ばくから免れ健康を享受する権利は、人の命や健康に関わる最も大切な基本的人権にほかなりません。
誰にでも、等しく認められなければいけないと、私は思います。
少しも被ばくをしたくないと思うことは、人として当然のことであり、誰もが平等に認められるべきことです。
また、これから先、将来のある子どもたちに、健康被害の可能性のリスクを少しでも低減させたいと思うことは、親として当然の心理であり、子どもの健やかな成長を願わない親は一人としていないと思うのです。
そこには、一点のくもりもなく、放射線被ばくの恐怖、健康不安があってはならないと思うのです。
裁判で、客観的な汚染の事実をいくら提示しても、事故を矮小化したい国と東京電力が、加害者主導で賠償基準を勝手に決めて、そのまま裁判所の賠償認定にも影響を与えるということでは、とても公平な裁判所とは言えないと思います。
避難するためには費用もかかります。東京電力福島第一原発事故による避難の特徴的な形態となった母子避難世帯の場合、居所を2箇所に分けて二重に生活費もかかります。家族再会の費用も自力で負担しなければなりません。父子再会の費用を抑えれば、それだけ子どもが親と会えない精神的負担を強いられます。原発事故がなければ、誰も好きこのんで家族バラバラに避難することなどしません。
そしてこれらはすべて、原発事故による放射線被ばくから免れるために、つまり、被ばく防御のための苦肉の策としての私たち家族の最善であり、明らかに原発被害なのです。
2022年6月17日に最高裁判所が国の責任を認めないという論理的にも説得力を欠く不当判決を言い渡しました。それ以降、被害実態にそぐわない不当に矮小化された損害認定が下級審でも量産されています。
しかし、司法がいかなる判断を下そうとも、原発事故による放射能汚染を原因とする私たち被害者の被害が消えて無くなるわけではありません。私は今日も避難を続ける必要があり、苦渋の決断で、今日もまた避難を続けています。 つまり原発事故による損害は間断なく、今この瞬間もこうむり続けているのです。
不当な判決が出されるたびに、私は司法からも「絶望」を与えられ続けています。
そして、無用な被ばくを避ける権利を人類が手放す「危機感」しか感じられないでいます。
松本展幸裁判長、右陪席の寺田幸平裁判官、左陪席の清水康平裁判官、どうか、これ以上、原発被害者に「絶望」を与えないでください。
放射線被ばくから免れ健康を享受する権利を奪わないでください。
人の命や健康よりも大切にされなければならないものはあるのでしょうか?
私は放射線被ばくから免れ、命を守る行為が原則であり、そのことが最優先で尊重される判決を心から希望します。
私からは以上です。