ヒロシマ・ナガサキ原爆投下から80年
高橋博子氏の演説

本日2025年8月6日は、アメリカ合州国政府による広島への原爆攻撃から80周年にあたります。この攻撃による「爆風」「熱射」「放射能」によって残酷な被害をもたらしたこと。そのことを正面から考えなくてはなりません。
この原爆攻撃によって何が起こったのか。現在に至っても核被災の実態は人類共有の体験として充分には共有されてきておりません。とりわけ核のフォールアウトの人間や環境への影響については実態が隠されています。その理由としては、第1に、原爆の影響については日本占領期に情報統制があったこと、第2に、放射線影響研究そのものが軍事機密情報として扱われ続けていること、第3に、米国政府は原爆の威力については公表するけれども、国際法違反に問われかねない情報については公表せずにきたことがあげられます。そうした中で核被災者の救済や援護は国際政治の中でも国内政治の中でも構造的に放置されてきました。
広島・長崎の場合、爆風・熱射・放射線が生じますが、原爆の炸裂後1分以内に発生する放射線を初期放射線、それ以降に発生する放射線を残留放射線という。残留放射線のうち放射性物質がチリ・ほこり・雨などに付着して広い範囲に降下することを核のフォールアウト(放射性降下物)といいます。この影響は過小評価され、核被災者の救済や援護は国際政治でも国内政治でも構造的に放置されてきました。核被災者を軽視することから、更なる核被災者が出てきているのです。
米ソ冷戦下「国家安全保障」の名の下で、国家レベルでは核被災者は放置されてきましたが、ジャーナリスト・科学者・知識人、そして市民による実態解明・救済活動はこの80年様々な形で実施されてきました。フランスでも1959年に公開されたアラン・レネ監督の映画『HIROSHIMA MON AMOUR』は広島での悲惨な原爆の影響を示す映像を使用しました。
グローバル・ヒバクシャによる運動も高まってきました。逆に訴えなければ何も救済されない80年間だったのです。原爆症認定集団訴訟、広島「黒い雨」訴訟、ビキニ水爆被災訴訟、長崎被爆体験者訴訟、福島原発訴訟と核被災者は裁判に訴え続けてきました。いずれも直接的・間接的の違いはあるものの被告は日本国政府です。日本政府はアメリカによる原爆攻撃直後、毒ガスの使用や不必要な苦しみを与え続ける兵器を禁止したハーグ陸戦条約違反だとしてスイス政府を通じてアメリカに抗議しました。しかし日本政府による抗議はこれだけです。現在に至るまで80年にわたって、日本政府は抗議するどころかアメリカと一緒になって原爆の残虐性を否定し続けています。日本外務省の公式な見解としては「日米同盟の下で核兵器を有する米国の抑止力を維持することが必要です」、「核兵器禁止条約では、安全保障の観点が踏まえられていません。核兵器を直ちに違法化する条約に参加すれば、米国による核抑止力の正当性を損ない、国民の生命・財産を危険に晒(さら)すことを容認することになりかねず、日本の安全保障にとっての問題を惹起(じゃっき)します」などと言って核兵器禁止条約にも参加しません。それどころかアメリカと一緒になって核兵器の残虐性、とりわけ残留放射線・内部被曝・フォールアウトの影響を過小評価したり否定しているのです。また、放射線被ばくは成長する子どもたちにとりわけ大きいことは早くからわかっているにも関わらず原発事故の影響も含めて子どもたちへの影響は隠されてきました。
こうした日本政府に対して、私は幾つもの裁判で、放射線人体研究が人を救うためではなく、核戦争の準備や放射線兵器の開発のため、いかに医学研究として問題があるのかについて歴史的に検証した意見書を提出してきました。これは私の「原爆投下肯定論」「核抑止論」「戦争正当化論」に対するレジスタンスです。そして未来を核被災から守るためのレジスタンスなのです。
核によって脅すことも脅されることも、被害者になることも加害者になることも、核被災を隠蔽することも隠蔽されることにも、レジスタンスすることを呼びかけます。

右側が演説をする高橋氏(左は通訳の飛幡祐規さん)
高橋博子:奈良大学文学部 史学科 教授、広島・長崎原爆による黒い雨・米核実験による放射性降下物の歴史的検証研究で知られる。この演説は、2025年8月7日から10日にかけて行われたフランス・ノルマンディー地方での大きなレジスタント(抵抗)フェスティバルで、ナガサキ原爆投下80年の8月9日に行われた。